あの日のブルマーをもう一度
平賀・仲田・香菜
あの日のブルマーをもう一度
口内に残るうがい薬が鼻に抜ける。つんとした刺激が粘膜を傷付けるようで、何度経験しても慣れることがない。商売女の着替えを待つこの間もまた慣れない。
コスチュームのオプションは有料であり懐に与える物寂しさも厳しいところではあるが、目的はここにある。
「着替え終わりました。どうですか?」
ああ、とか、似合っている、などという私の気のない返事は機嫌を損ねたようで。体操服姿の女は私をベッドに押し倒すと、頬に手を当ててぶっきらぼうに唇を合わせてきた。
うがい薬の味がまた広がる。同時に漂う消毒薬の香り、そして体操服。プレイの開始は私の意識を旅に連れていく。終着点は十数年前、私が純朴な青年であった高校時代であった。
盛るほど、
隙あらばいきり勃つ愚息に悩む時期もあったし、聞かん坊に困る私は育児ノイローゼともいえた。
虐待しようにも殴れば殴るほど熱く硬くなる様は鋼鉄を連想させるし、優しく慈しめばつけあがる。
十八の私は常に前屈みの猫背だった。
しかし、若くして息子の躾に追われた日々も悪いことばかりでなく、その悩み苦しんだ経験こそは我が人生の糧となった。有体にいえば、私は同学年よりも精神が大人だったのだ。
旧友の相談に応じればすぐさま悩みは解決に向かう。教師に至っては授業の進め方までも私に訊ねるほどであった。
気が付けば私は生徒会長。壇上の教卓は勃起のカモフラージュにも丁度よかったし、全校生徒の前で勃たせるプレイには幾度となく絶頂していた。
生徒会長の私といえば飛ぶ鳥を落とす勢い。新たな挑戦を試みれば試みるほど成功する。
そんな折であった。近隣の高校と合同で学園祭を開催する計画が持ちあがったのは。
当時は感染症がよく流行っていたが、やはり対面の打ち合わせに勝る会議はない。私はたった一人、他校に訪れ喧々諤々としていた。
白熱した会議は大分煮詰まり、緊張も解けた私が尿意に襲われることは自然であった。
雉を撃ちに向かう私はやはり一人。西陽の差し込む教室を横目に歩いていた。とっぷりと日が暮れる間近なようで、在校生徒はもはや会議室にいるのみと思える。
その時、雉は鳴いた。
ああ、雉も鳴かずば。
目撃者など誰一人いないそのシチュエーションは、教室の机に忘れ去られたあるモノを目撃した私にとって絶好の機会だったのだ。
鳴き声に誘われた私は教室に侵入すると、音もなく扉を閉める。机上に忘れられたモノとは。
「ブルマー、ではないか」
ブルマー。運動をする女性が身につける衣類である。しかし当時ですら令和の世、絶滅したという話を聞いて久しい存在だ。私の親ですら現物を目にしたことは無いという。
はたして本物だろうか。見分けがつくわけもない。
もちろん私も初めて目にかける。アニメーションやグラビアにしか存在を確認できないそれに、私はツチノコのような神秘性すら覚え始めていた。紺色の布地は夕陽を反射してきらきらと光るようにも見える。
今すぐにブルマーを頬擦りしたいと本能は暴走をしているが、理性で現実を見据えよう。
「ブルマーの持ち主が美人とは限らない」
いくら性欲に支配された我が身としても、無駄撃ちは避けたい。およそ人生で排出できる精液にも限りはある筈なのであるから。
座席に記された名前を見てもその顔は想像に難い。写真付きプリントシールでも貼っていないかと座席周りを観察しても徒労であった。
「そもそも、ブルマーの持ち主はこの席の生徒なのか?」
絶滅して久しいブルマーを体育の授業で日常的に履いているとも考え辛い。ブルマーが体操服として用いられている高校があるのならば私の耳に入らないこともおかしい。その存在が明るみにさえあれば、私が受験していないことも不自然であるからだ。
もしや母親のお下がり、もしくは父親から受け継いだ宝か。考えれば考えるほど混乱は熾烈を極め、我が愚息も勃つべきか否かの堂々巡り。その軌道は下着の中で無限大の記号を描き続けている。
「ええい、ままよ」
私は下穿と下着を思い切りよく脱ぎ捨て、教室入口のアルコール消毒薬を手に取った。
アイドルイベントなどでは、握手の直前に手を消毒して臨むという。これは、消毒すればどんな神格化された偶像でも触れることが許可されるということに他ならない。
つまり消毒さえすれば私の下半身すら清潔に違いなく、眼前のブルマーを履く権利を得るということである。
この行為はおよそ避妊具を装着したセックスとも変わらない。ブルマーの持ち主と間接セックスを行うことが私の目的である。
持主の顔面こそ未だ不明であるが、据え膳食わぬは漢の恥。旅のマスはカキすて。この機会を逃せば一生の後悔が付いて回ることだろう。
私は消毒液を股間に思い切りぶっかけた。
聡明な人間ならば、その後の私がどうなったかは想像に難くないだろう。
手指用高濃度のアルコールは繊細な粘膜を焼き、さらには体内に吸収した。あまりの激痛にもんどりをうったその後に急性のアルコールは意識を奪い、私は下半身を露出したまま気を失ってしまった。
他校の生徒会長が陰茎を露わにして教室で倒れていた。あまりにもニュースはキャッチーであり、私の信用は没落の一途をたどり今に至る。後ろ指を刺され生徒会長の座を降ろされ、大学受験も失敗。日雇いのアルバイトを繰り返し、金が貯まれば風俗をハシゴ。
体操服のオプションを毎回つけているのはその経験があってこそ。
没落のきっかけを作った事件ではあるが、私の脳裏に焼き付いたあの日のブルマーは頭から離れることがなかった。
あのブルマーをもう一度。ただ一度だけでいいからあの日のブルマーにもう一度出会いたい。あの日のブルマーで思い切り精液を吐き出したい。
不可能だということはわかっている。そもそも初めて目にしたブルマー、触れて全容を確認したわけでもない。ただ紺色の布が机の上に忘れ置かれていただけの話だ。
存在さえあやふやに揺蕩うブルマーを求めて、私は今日も風俗でオプションをつける。
あの教室に忘れた私の性欲は未だ見つかっていない。
あの日のブルマーをもう一度 平賀・仲田・香菜 @hiraganakata
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