6、守るべきもの【完結】

 そのあとも相変わらずの頻度で本が倒れたり、謎の音は聞こえた。


 けれど、私は少し変わった。

 私は毎日、マリーちゃんにあいさつをするようになった。


「おはようございます」

「おつかれさまでした」


 何のことはない。マリーちゃんをお化けだと思うから怖いのだ。塩を撒いて払うより、これは生徒で同僚で仲間だと思って仲良くすればなんてことはない。

 もしかしたら、私を見張る上司かもしれないが……。


 怖いと思っているから怖いだけで、私が優しく接しかわいいと愛でれば、それはかわいいのだ。


 今まではガラスケースの埃をバサバサとはたきで払っていたが、雑巾で優しく拭うように変えた。

 あの青い目もだいぶ優しくなったような気がする。

 人形とは人の心を映す鏡なのかもしれない。


 しかし、マリーちゃんと折り合いをつけた後も、誰もいない図書室で本はパタリと倒れた。

 もう、いくらでも倒れてもらって構わない。


 慣れたもので『はいはい』と倒れた本を直し。からの教室からイスの音が聞こえても『しーっ!』と言ってやり過ごした。

 人間、声を出すと力が出るもので気にならなくなった。


 わからないものだから怖かっただけで、分かってしまえば怖くないのだ。


 学校にお化けがいるとしたら、それはマリーちゃんだったり、子供たちやメダカだったり……そんなものだろう。

 私よりも小さくて、私よりも庇護を必要とするものばかりだ。

 ならば何も恐れることはない。


 学校にいる大人がすべて『先生』と呼ばれるように、学校にいる霊もすべて『子供』と思っていい。

 子供も子供の霊も人形も怖くはない。

 それはすべて、大人として守るべき対象だ。


 不思議なもので、あれだけ怖がりだった私も気付けば一人前の大人だった。


 そして、私の職場である図書室は私の管理下の場所。お化けや幽霊に好きにはさせないのだ。

 新米とはいえ司書として、学校にいる大人としての矜持きょうじが芽生えていた。

 

 そうして、夏休みの残りもせっせと働き図書室の整備が終わり、図書目録も完成した。

 夏休みが終わると、生徒たちが戻ってきた。

 読書感想のカードを書いて来てくれたものを掲示する。長期貸し出しをしていた本も返ってきた。

 図書室とマリーちゃんと私だけの楽しい生活は、あっという間に過ぎて行った。

 

  *


 私は、6か月の任期を終えた。


 その日々は私にとってとても楽しく色鮮やかで、それでいて不思議だった。

 あれだけ怖いと思っていたお化けのしっぽを見たはずなのに、6か月も何食わぬ顔で勤め上げたのだから。


 先生なんて名ばかりなのに、ただの会社員であった私が先生のふりをして小学校で過ごしたことも驚きだ。

 働きの成果として図書室を整備し目録データを引き渡した。


 はずかしながらお別れの会もしてもらい、壇上で挨拶もした。


 最後に、私は図書室の黒板に絵とお別れのメッセージを書く。


『短い間でしたが、たくさんのお友達と仲良くなれて楽しかったです。これからもいっぱい本を読んでくださいね』


 そのお友達には、生徒だけでなくマリーちゃんも、イスの音の主も含まれる。


 後日、教頭先生に聞いたのだがその黒板に子供たちが返事をたくさん書き込んでくれたらしい。もう私は見れないのに……。


 それを聞いたとき、うれしいと同時にひどく泣きたくなった。


 あの怖いと思っていた人形が妙に懐かしい。


 マリーちゃんも私に何かメッセージを書いてくれただろうか?

 そうであったらいいなと想像する。


 

 まさか、次の赴任地の小学校にもメリーちゃんという人形がまたしても待ち受けているとは知りもせず。



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