第三章:十八話

「……蛍琉。俺には、お前にそうやって救ってもらう資格はないよ」


「え?」


「だって、お前を眠りにつかせた本当の原因は俺だろ?」


「……」


「吉村が盗作したあの曲のこと」


「……夏川、それは」


「まずは謝らせてくれ。ごめん。あの曲、お前が俺に作ってくれた曲なんだよな」


「……覚えてなかった?」


「違う。そもそも聴いてないんだ俺」


「は?」


「お前とさよならした日、俺、気が動転してて。一人じゃちゃんと家にも帰れないくらいに。途中で明人と雄大に会って、あいつらが俺の荷物持って、俺を家まで送ってくれたって」


「そう、だったんだ」


「そのあと、俺はお前から貰ったウォークマン、それを見るとお前を思い出して辛くて。どうしようもなくて、それで勉強机の奥底にしまって鍵をかけたんだ。そのことも、明人たちからその日の出来事について話を聞くまで、記憶から抜け落ちてた。でも思い出した時にはもう、机は使わないからって処分したあとだった。中の引き出しを確認することもなく。だから、もう、ないんだ。現実の俺は、お前の曲を聴いてない。聴けなかった」


「じゃあ、コンクールで吉村が出した曲、あれを俺にいい曲だって言ったのは」


「本当にごめん。お前の曲だと知らなかった。しかもよりによって俺のために作った曲だったなんて。お前の治療に失敗した次の日、俺、明人と雄大に会ってさ。その時、明人にたまたまコンクールのホームページを見せて、一緒に吉村が提出してた曲を聴いた。それで、あいつが教えてくれたんだ。これ、お前が俺に作った曲だって。あいつ、あの曲聴いたことあったんだろ?」


「……なんだ、そっか。そういうことだったのか」


「お前はあの日、ちゃんと俺が送ったURL開いて、そこにのってる曲、聴いてくれたんだよな。そのうちの一つがまさか、自分の曲だとは知らずに」


「うん。びっくりしたよ。ねっしーがあのコンクールに出ることは知ってたから、お前から俺と同い年のやつが出てるって聞いた時、もしかしたら、くらいには思ってた。案の定同じ歳の出場者はあいつしかいなくて、お前に褒められるってどんな曲作ったんだろうって思いながら再生したら、あの曲が流れてくるんだもん」


「……」


「あの日さ、お前も俺の記憶見たと思うけど、はっしーと色々あって。口では友だちだって言っておきながら、その実俺はあいつの苦しみに何一つ気づいていなかった。それどころか俺、あいつを傷つけた。自分に吐き気がしたよ。何も知らず、呑気に弾いてた自分のピアノにも。それで、みっともなくお前の前で取り乱した」


それが、あの日、第四ピアノ室で起こった一連の出来事の真相だった。俺が、当時理解することができなかった、蛍琉の心。


俺がピアノ室を出て行ったあと、蛍琉はしばらくそこで気持ちが落ち着くのを待った。そして、その日はもう真っ直ぐ家に帰ったのだと言う。そして寝る前にふと、俺が送ったURLのことを思い出した。それを開いて、俺が伝えた件の人の曲を聴くと、それは、よりにもよって彼が俺に贈ったはずの曲だった。裏切られたと思った、そう言って彼は苦笑した。吉村にも、俺にも裏切られたと思ったのだ、と。


「ごめん。俺のせいだ」


「いや、違う。そのあとちゃんと確かめればよかったんだ。一つ一つ。もう一度はっしーと話して、ねっしーと話して。夏川とも話さなきゃいけなかった。でもみんなのこと、大事だったはずなのに、信じられなくて。話すのも聞くのもこわくなって、俺は逃げた。一回逃げて、そのまま夢の中に今日まで逃げ続けていたんだ」


「そんなの……」


「今回、この世界に入って予想外だったのは、副作用なんだ。最初は記憶の混濁が起こった。すぐには今の俺の現状を思い出せなかった。だからお前には苦労かけたよな。途中で思い出せてほっとしたよ。この世界が終わる前に、きちんと夏川やみんなと話をしようって、そのつもりでここに来てたから」


「……こわいに決まってる。俺がお前でも、こわくて何もできない。本当は俺が、ちゃんと気づかなきゃいけなかったんだ」


俺は追い打ちをかけた。橋田との一件で、ただでさえ傷ついていた蛍琉に。あの時、そんな状態で、更に吉村と俺の件について、冷静に判断して行動しないといけなかっただなんて、誰も言うことはできないだろう。人はそんな器用にできていない。


「あの日、逃げたのは俺の方だ。お前のこと、ちゃんと見なきゃいけなかった。それなのに、俺は様子がおかしいお前をそのまま一人残して帰った。お前が大事だったのに、一度もちゃんと向き合おうとしなかった。だから、信じてもらえなくて当然だよ。俺がお前を」


「夏川」


「俺がお前を」


「それ以上はだめだよ。夏川」

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