133.臨時ギターびっちちゃん

「へぇ、ライブハウスってこんな感じなんだな。初めてだけど悪くないな」

「少しアングラな雰囲気でワクワクするよね」


 神田くんの初ライブの応援にやってきた僕――立花たちばな 結城ゆうきは、フユキくん達と一緒にドリンクを片手に、フロアでライブの始まりを待っていた。

 他のみんなは既に集まっているが、レイちゃんの姿はまだ見えない。直前のスマホのメッセージでは、そろそろ着く筈なんだけど……

 そんなことを考えながら入口付近へ視線を向けると、見慣れた顔の少年を見つけた僕は、手を振って彼に呼びかける。


「――おーい、チヒロくん!」

「あっ、ユウキさん。どもっス」


 軽く会釈をしながら、レイちゃんの従姉弟である山茶花さんざか 千尋ちひろくんが僕たちの隣へやって来る。


「おう、チヒロも光一の応援に来たのか?」

「フユキさんもどーも。まあ、レイに引っ張られてきたってのも有りますけど、光一さんにも色々世話になってるんで、こういう時ぐらいは駆け付けないと」

「ははっ、律儀だなぁオイ」


 フユキくんにバンバンと肩を叩かれて、チヒロくんは困ったような曖昧な笑みを浮かべていたが、なんだかんだで気兼ねなく接してくれるフユキくんに対して、彼も満更でもなさそうである。

 チヒロくんはレイちゃんと僕繋がりで、フユキくんや神田くんとも結構親しくしているのであった。みんな御影学生だから、チヒロくんも色々と聞けることがあるだろうしね。


「チ、チヒロくん。何だか付き合わせちゃったみたいでごめんね? 受験勉強とかで忙しいのに……」

「別に平気ッスよ白瀬さん。皆さんのおかげで、この間の模試の結果も悪くなかったし……まあ今日は息抜きってやつです」

「それならいいんだけど……ところで、レイちゃんは? チヒロくんと一緒じゃないの?」


 白瀬さんの言葉に、チヒロくんは「あー」と頭を掻きながら困ったような顔で、レイちゃんの動向について説明を始めた。


「それが……ここに着く直前で、俺達の目の前で派手にすっ転んだバンドマンが居まして」

「おいおい、そいつ大丈夫だったのか?」

「パッと見は問題無さそうだったんスけど、念の為に救急車を呼ぼうとしたら、そいつがどうしても仲間の所へ行くって聞かなかったもんですから……レイはそいつに付き添って今頃バンドの控室に居ると思います。俺は先に皆さんの所へ行って事情を説明しておいてくれって……」

「そ、そうだったんだ……」

「はぁ~……なんつーか相変わらずトラブル体質だな。レイの奴」

「ほんとッスよ。見てる方はハラハラしっぱなしなんで、もうちょい落ち着いてほしいもんなんですけど」

「あ、あはは……」


 いつも通りのお人好しを炸裂させているレイちゃんにみんなで苦笑を浮かべる。まあ、とりあえず事故に遭ったりしている訳では無さそうなので一安心である。


「とりあえず、ライブハウスにはもう来てるんだろ? それならレイの奴もすぐに来るんじゃねえの」

「でも、神田くん達の演奏は一番最初だからなぁ。そろそろ始まっちゃうけど、レイちゃん間に合うかなぁ……」


 僕の不安を的中させるかのように、ステージが俄にざわめき始める。どうやらライブが始まってしまうようだ。


「あちゃ、始まっちまったか」

「とりあえず、レイちゃんにメッセージだけ送っておくね。神田くんは残念かもしれな――」




『どうも初めましてー! 【放課後Holic】でーす!』

「………………レ、レイちゃんっ!?」


 僕たちの耳に聞き慣れた可愛らしい高音が届くと同時に、全員がステージの上でギターを持っているレイちゃんの姿に目を見開いた。

 えっ、ど、どういうことなの……!? 

 思わず彼女の隣でベースを握っている神田くんを見つめてしまう。僕たちの視線に気づいたのか、神田くんは手を縦にして小さく『ごめん』のジェスチャーをした。ほ、本当にどういうことなの……


「な、なあユウキ。これって一体どういう……」

「ご、ごめんフユキくん。僕にも何がなんだか……」

「……というか、レイの奴って楽器出来るのか? あいつがギター弾いてる姿なんて見たことないぞ……」


 僕たちの混乱をよそに、全く物怖じした様子のないレイちゃんがMCを続ける。

 し、神経が太すぎる……臨時の方ですよね……? 


『それじゃあ早速一曲目! みんなも知ってるあの曲です!』

「だ、大丈夫なのかな……いくらレイちゃんが器用でも、いきなりこんな場所でギターなんて弾ける筈が――」

「……いや、レイコなら大丈夫さ」


 白瀬さんの不安そうな声に、サトリさんが後ろで腕組をしながら不敵な笑みで答えた。


「彼女の"心の色"、全く乱れていないから」

「えっ? サトリさん、今なんて――」


 次の瞬間、僕の疑問の言葉を掻き消すように、ステージから演奏が鳴り響く。

 その音は――


「――すごい……」


 バンドに詳しくない僕の耳にも、明らかにレベルが違うと感じさせる演奏だった。



 ***



 まあ、楽器の演奏はバンドグループを崩壊させるための必須技術だからな。


 前世でいくつものバンド男子とバンド女子を脳破壊するついでに、身につけた演奏技術をステージで炸裂させながら、私は神田くんに小さくウインクをして彼の情緒を不安定にさせた。

 こんにちは、音虎ねとら 玲子れいこです。


 さて、最初に言っておくが、正式ギターであるアキラくんの事故に関してだが、今回は完全に私はノータッチである。どいつもこいつも人のことを疑いやがってよぉ~~。

 理不尽な風評被害に対する正義の怒りが、私の演奏テクを加速させていく。聴衆は大盛りあがりだが、私はそれ以上に義憤の炎を燃やしていた。

 ……確かに私はこれまでに沢山の過ちを重ねてきた。罪を自覚しながらも、悔い改める姿勢を欠片も見せなかったかもしれない。真人間としてやり直せるチャンスはきっと無数にあったのだろう。そしてそれを全てスルーしている姿に『ああ、こいつはどこまでいっても"呪い"なんだ』と思う奴がいるのも仕方ないのかもしれない。


 だが、だがしかしだ。

 確かに前世の私はどうしようもないクズだったかもしれないが、今の私は違う。

 怪我を押してでもライブに出演しようとするアキラくんのアツイ心意気に、私は胸を打たれたのだ。

 私は人の想いを尊重出来る女。アキラくん達【放課後Holic】の初ライブを当日欠場なんて悲しい記憶で終わらせるなんて出来る訳がない。気がついたら私は臨時ギターとして、神田くん達の初ライブに協力してたってワケ。


『みんな反応いいねー! それじゃあ二曲目いくから、楽しんでねー!』


 私の演奏に引っ張られるように、神田くん達もリハーサル以上のポテンシャルを出せているようだ。額に汗を輝かせながら、活き活きとしている神田くんの顔を見て、私は微笑みながらこう思った。


 これは神田くんNTRルートの導入に使える……ってナ。


 どーもここ最近の私は調子が悪い。

 本来ならフユキくんやユリちゃんに山田くん、綺羅星のようなNTRルートへの道がいくつも見えていた筈なのだが、何故かそこに辿り着くことが出来なかったのだ。

 これは良くない。私が丹精込めて育ててきたNTR要員達が、その素晴らしき才能を活かせず無為に朽ちていこうとしているのだ。私は辛い! 耐えられない!! 

 人の想いを尊重出来ない世界に、なんの意味が有るというのか。

 私の想いも尊重しろォ~~。

 人間が絶望ゥーする姿をかぶりつきで見たいっつー私の想いをよォ~~。

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