びっち・ざ・ろっく!
132.転がるビッチ
「へぇ~、
「
昼食時。
いつものメンツで弁当をつついている中で俺――
「ちょっと神田くん! バンドやってるなんて初めて聞いたんだけどっ」
「そりゃ話してなかったからな」
「むぅ、言ってくれれば応援とかしたかったのに。そういうのって、ちょっと水臭いと思うなー」
「……別に隠してた訳じゃねえけど、そんな何でもかんでも話す必要無くね?」
俺のつっけんどんな言葉に、音虎は新城と白瀬の女子連合で俺を非難し始めた。
「男の子ってこーいう所あるよね~サトリちゃん」
「ふふ、仕方ないよレイコ。男子はこういう所がある生き物なんだから」
「そ、そんなに言ったら可哀想だよ二人共。神田くんはこういう所がある男の子だって知ってたでしょ?」
「……なあ、俺そんなに言われるようなことしたか?」
俺が若干遠い目でフユキと立花に問いかけると、二人は曖昧な苦笑いを浮かべつつ俺を慰めた。
「ま、まあまあ……レイちゃん達も悪ノリはそれぐらいにしなよ」
「そうそう。別に隠し事って訳じゃねえし、今こうして話してくれたんだから別にいいじゃねえか」
「あはは、神田くんごめーん」
「ったく……別にいいけどよ」
ペロリと舌を出す音虎の姿に、俺は軽くため息を吐いて空を見上げた。
……まあ実のところを言うと、バンドのことを積極的に彼女たちに話さなかった理由が無いわけではなかった。
元々音楽は好きだったが、それでもバンドを組むほどに熱心に取り組むようになったのは、音虎が理由の一つだったからである。
……有り体に言えば失恋というやつだ。
「ユウくん、卵焼きとウインナー交換しない?」
「いいよー。はい、どうぞ」
目の前で音虎と立花が、弁当のおかずの交換をしているのを見ながら、俺は胸にチクリと感じる痛みを誤魔化すように頭を掻いた。
高校入学を機に、二人が交際を始めたことを知った俺は、失恋の痛みを忘れられるような打ち込める何かが欲しかったのだ。そこで逃げ場所として俺が選んだのが、前々から趣味にしていた音楽だったという訳である。
動機としては正直不純と言えなくもないが、バンド仲間の「モテたいから」という理由よりは幾らかマシだろう。
「それじゃあライブする時は教えてね! 絶対に応援に行くからっ」
「あー、それなら週末に隣町のライブハウスでブッキングライブが……」
……妙なことを考えていたからだろう。
何も考えずに初ライブの予定を口にしてから『しまった』と思ったが後の祭り。
俺の発言に目をキラキラと輝かせた音虎が何を言い出すのか、手に取るように分かってしまう。
……失恋を忘れるために始めた音楽で、こうも失恋相手から逃れることが出来ないのは一体どういうことなのか。神様はそんなに俺のことが嫌いなのか。
その場で流れるように音虎達のライブ参加が決まっていくのを見ながら、俺は胃がシクシクと痛むのを感じるのであった。
***
「っあ~~……やべ、緊張でお腹痛くなってきた」
「今朝から何度目だよ。少しは落ち着けって」
そしてライブ当日。
俺はスタジオでバンドメンバーの青い顔を見ながら、何度目になるか分からないため息を吐いた。
「つーか神田は何でそんなに落ち着いてんだよ! 初ライブだぞ初ライブ! もっと緊張しろよ~!」
「お前ほど顔に出てねえだけだよ。俺だって緊張してるっての……それより、アキラの奴はまだ連絡つかないのか?」
「ああ、『もうすぐ着く』ってメッセージは来てたから大丈夫だろ。迷うような場所じゃねえし」
「……ならいいんだけどよ」
正直なところ、初ライブそのものよりも未だに会場に現れないバンドメンバーの方が俺は気がかりだった。
几帳面な奴ではないが、こんな遅刻をするようなタイプではない筈なのだが……
「……ぅお~~い」
そんなことを考えていたら、スタジオの入口から亡者のように力無い声が聞こえた。
俺ともう一人のバンドメンバーが声の方へ視線を向けると、そこには件のバンドメンバーの姿が……
「え、えっと、神田くん?」
「……ね、音虎っ!?」
何故かボロボロの姿になっているバンドメンバーと、そんな彼に肩を貸している音虎の姿があった。
「お前なんで……っつーか、アキラはどうしてそんなボロボロになってんだよ!?」
「いや、実はここに来る直前に階段で派手にすっ転んでな……安心しろ。ギターは守り抜いた!」
「私はフラフラの彼がライブハウスに向かってるのを見て、救急車を呼ぼうとしたんだけど『どうしても仲間の所に行かないと』って聞かなくて……見てられなかったから、ここまで付き添って来たんだけど」
「ああ、なんつーか……ウチの馬鹿が迷惑かけた。すまん音虎」
なんとも阿呆な話に、俺は頭痛を堪えるように眉間を押さえた。
「……とりあえず、アキラは病院行け。今は大丈夫でも何か有ったらやべえだろ」
「ま、待ってくれよ! 今日は記念すべき初ライブだぞ!? 俺なら大丈夫だって――」
「えぇっと、アキラさん? その、言いにくいんですけど……多分折れてますよ。手」
音虎が申し訳無さそうにアキラの右手を指差す。スタジオに居る全員の視線が倍ぐらいに腫れ上がっているアキラの右手に注がれた。
「うわっ!? なんだこれ!? 俺の右手がシオマネキみたいにっ!」
「多分、今は興奮状態で痛みを感じてないかもですけど……放って置くと普通に不味いです」
「この馬鹿! さっさと病院行け! さもないと縛り付けて救急車呼ぶぞ!」
「う、うぐぅ~~!!」
流石に身の危険を感じたのか、アキラは渋々と病院へと向かった。
残された俺達は深くため息を吐いてから後始末に思考を傾ける。
「……で、どうするよ。ライブ」
「……仕方ねえ。神田と俺、ベースとドラムだけでやるぞ」
「いやいやいや、流石に無いだろ。普通に話通してキャンセルさせてもらうぞ」
「エアロだって横浜ライブで、ギターが一人欠けててもライブをやったんだぞ! 俺達だって……」
「流石にエアロを例に出すのは烏滸がまし過ぎるだろ」
「だよなぁ」
打つ手がないことを悟った俺達は、観念してスタッフに事情を説明しに行こうとしたのだが、音虎がそんな俺達を引き止めた。
「神田くん、今日のセットリストと楽譜って見てもいい?」
「はぁ? 急に何を……」
「いいから」
「お、おう……」
音虎の真剣な表情と勢いに押されて、俺はセットリストと楽譜が印刷された用紙を彼女に手渡した。
「――うん。これなら私やれるよ」
「……はぁ?」
音虎はスタジオの片隅に置いてあるアキラのギターケースを見つめながら、真剣な表情でそう告げるのだった。
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