131.そして歯車は狂いだす

「お待たせレイちゃん。えっと、そっちの人は……」

「バイト先のお友達だよ。ほら、中学で同じクラスだった……」

「え、えっと、俺は――」


 唐突な状況に俺がまごついていると、音虎さんの隣に立つ彼はパァッと表情を明るくした。


「山田くん、だよね? うわぁ、久しぶり! 僕のこと分かるかな?」

「あー……うん、もちろん覚えてるよ……久しぶりだね立花くん。元気だった?」


 立花たちばな 結城ゆうき

 中学時代のクラスメイトで、音虎さんの幼馴染の男子。

 正直な所、彼とは大して交流があった訳ではないが、それでも嬉しそうに声をかけてくれた彼に対して、俺はなんともいえない曖昧な表情を浮かべることしか出来なかった。


「ごめんね山田くん。これからフユキくん――友達の誕生日プレゼントをユウくんと一緒に買いに行く予定なの」

「そ、そっか……うん、気にしないで」

「あれ? レイちゃんに何か用事があったなら、僕は待ってても構わないけど……」


 ……牽制や嫌味ではなく、純粋に善意から言っている立花くんの姿に、俺の胸の中に"ある感情"が渦巻いた。


「……いや、たまたま音虎さんを見かけたから、もし一人なら一緒に座らないかなって声をかけただけだよ。特に用事があった訳では無いから気にしないで」

「そうなの? それじゃあ、僕たちは行こうかレイちゃん」

「うん。じゃあね山田くん。またバイト先で!」


 そう言ってその場を後にしようとする二人の姿に。

 楽しそうに彼に微笑みかける音虎さんの姿に。

 俺は――


「――あ、あのっ!」

「えっ?」

「どうしたの、山田くん?」


 俺は、思わず二人を呼び止めていた。


「……ごめん。一つだけ聞きたいことがあるんだけど、いいかな」

「?」


 自分が何をしているのか、俺自身よく分かっていなかった。

 それでも、まるで脳を介していないかのように俺の口が勝手に動く。


「……二人は、音虎さんと立花くんは……付き合っているの?」

「ちょ、山田っ!?」


 俺の言葉に、ここまで静観していた友人達が声を上げた。

 自分の発言がどうかしているのは理解している。それでも聞かずにはいられなかった。


「……う、うん。その、ユウくんとは高校に入学したタイミングで、お付き合いをさせてもらっています……」


 音虎さんは、恥ずかしそうに微笑みながらそう告げた。

 その言葉を聞いた瞬間、胸が締め付けられるような感覚と、"ある感情"が荒れ狂うように俺の全身を駆け巡った。


 ああ、そうか。

 音虎さんは――


「そっか……二人とも、急に変なこと聞いてごめんね」

「も、もうっ。本当だよ山田くん! 私だって人並みに羞恥心とか有るんだからね?」


 怒っているような、照れているような。それでいて喜んでいるような不思議な感情を音虎さんから感じる。

 ついぞ俺には向けられることの無かった彼女の心。

 音虎さんは彼と幸せになったんだ。

 それを知って、俺は――


「……音虎さん、立花くん。二人ともおめでとう」


 二人が結ばれたのを知って、俺は――


「………………うんっ! ありがとう、山田くん!」



 ***



「あー……山田、大丈夫か?」


 音虎さんと立花くんが居なくなってから、友人達が気まずそうな顔で俺に声をかける。


「……そうだな。思ったよりダメージ受けてないかも」


 ケロッとしている俺の顔を見て、友人達はへなへなと脱力したようにテーブルに突っ伏した。


「……はぁ~~?」

「なんだよ~~めっちゃ心配したじゃんか~~……」


 友人達の脱力した声に、俺は思わず苦笑いを浮かべる。正直、自分でも少し驚いていた。

 もちろん、少しは傷ついたりもしている。音虎さんに抱いていた恋心は、決して偽りや半端な気持ちでは無かったのだから。


 ……それでも、幸せそうだった彼女を見て。

 その彼女の隣に立っている彼が、彼女が長年片思いをしている相手だと俺は知っていたから。

 二人が付き合っていると知った時、俺は心底"よかった"と思っていたんだ。


「……これでやっと、諦められるって分かったから。何だか少しホッとしてるんだよ。強がりとかじゃなくてさ」

「山田……」


 ……思えば、彼女はいつもニコニコと微笑んでいて、薄暗い影の雰囲気を感じさせる女の子では無かった。

 それでも、俺が気を張らない相手だったからなのか。ふとした瞬間に何処か遠くを見ているような顔をする時があったのだ。

 それが俺には『本当に欲しいものを我慢している』ような、どこか辛そうな顔に見えたのだ。

 当時の俺はそれが何なのか分からなかったが、今ならば分かる。

 それはきっと、立花くんへの"想い"を抑え込もうとする顔だったのだろう。

 気持ちを伝えることへの恐怖は、俺だってよく知っている。俺は結局、最後まで彼女に想いを伝えることは出来なかったけど……

 でも、彼女はその恐怖を乗り越えて、想い人と結ばれることが出来たのだ。

 ……なんというか、純粋に尊敬してしまう。すごいカッコイイ女の子だなって。

 そんな彼女を好きになって良かったと、本気で思える自分が居た。


「……ぃよしっ! 山田、この後ラーメン行くぞ! 今日は俺が奢っちゃる!」

「はぁ? なんだよ急に……」

「いいからいいから。お前頑張ったんだから! 素直に受け取っておけって!」


 何やら当事者をよそに盛り上がっている友人達に、俺は苦笑いを浮かべながら連れ出される。

 ……ああは言ったが、音虎さんへの想いを綺麗に吹っ切れるまでは、まだ時間が必要かもしれない。

 バイト先で顔を合わせる度に、胸が少し痛むかもしれない。

 それでも、その痛みを胸に刻みつけよう。

 青春時代に出会った、素敵な女の子への初恋をいつでも思い出せるように……



 ***



 お前には本当にガッカリだよ。

 こんにちは、音虎ねとら 玲子れいこです。


 ユウくんとの待ち合わせ先で出会った山田くんから、美味しいBSSを味わえると思っていたというのによぉ~~。はぁ~~つっかえ。

 ちなみにスタバで山田くんと出会ったのは完全に偶然だったのだが、私はいつでも山田くんの脳を芸術的に破壊出来るパターンを複数用意している。今回はパターンCだな……ぐらいの感覚でつまみに行ったらこの有り様である。

 なにやら満足したような悟り顔で、私へのアツイ想いを青春の淡い思い出として処理しようとしている山田くんに、私は心底ガッカリしていた。


 ……まあいい。まぁ~~いいさ。

 まだまだ山田くんと私の物語は始まったばかりだ。

 テラフォーマーズで言うなら、バグズ2号編が終わったようなもんである。本編はここから始まるのさ。連載再開おめでとうございます。

 それに物は考えようである。

 今は悟ったような顔をしてスッキリしている山田くんを、この手でグズグズの憎悪の汚泥に叩き落として、獲得した尊厳を破壊するのも実に楽しそうではないか。

 私は確かめずにはいられないのだ! 

 愛が! 心が! 信念が! 本当に尊ばれるべきものなら! 私なんかに奪われる事など無い筈なのだ!! 

 ということで、ここからは山田くんの精神の耐久テストに移行しよう。

 どこまで負荷をかけたら壊れちゃうのか楽しみである。

 山田くんは身の丈にあった不幸を生涯噛み潰していればいいのだ。

 ユウくんと一緒にフユキくんへの誕プレを選びながら、私はベロリと舌なめずりをした。

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