128.ラムダくん
ジャンプのステマを終えると、私の周囲の風景がひび割れるように変わっていく。
ガンダムくんの生得領域的な結界が崩壊したのだろう。まるでゴーストタウンのようであった無人の見慣れぬ街並みが、喫茶店周辺の馴染み有る景色に変わっていく。
「おっと、のんびりしている場合じゃないか」
元々人気のない通りだったとはいえ、誰が見ているか分からない。私は未だ気を失っている山田くんを近くのベンチに寝かせると、そのままもう
「
私はしゃがみ込むと、胴体と泣き別れしている神父様――ラムダの首を持ち上げた。
「――ふふ、ご無事でなによりです。玲子様」
私の声掛けに白目をむいていた生首の瞳に生気が宿ると、こちらに穏やかな笑みを浮かべる。
「よく言いますよ。私がピンチの時も死んだフリをしていたくせに」
「玲子様ならば、あの程度の
慇懃な態度の生首に私はため息を吐いた。
この生首の名前はラムダ。
ぽんこつどもの仲良しサークル"
私はラムダの首を胴体にくっつけながら状況を確認する。
「サトリちゃんの護衛はどうなっていますか?」
「ただいま確認しましたが、特に異常はありません。あの
「足止め、或いは陽動という線もあります。引き続き警戒するように部下達に伝えておきなさい」
くっついた頭と胴体の具合を確かめるように、首を回しているラムダに指示を出す。
悪霊どもの動きが活発になってからというもの、私は
私がやりたいのは現代伝奇モノではなく学園ラブコメなのだ。
悪霊どもの手で街に変死体などあがろうものならば、私とユウくん達とのアオハルにケチがついてしまう。
私の空気を読めない奴は全員死ねばいいのだ。
「有象無象ならともかく、あのレベルになると
「今後は手に負えないと判断したなら私を呼びなさい。口ぶりからして今回は敵の中でも相当上澄みだったとは思うけど」
「承知しました。ところで、その
ラムダの言葉に、私は手をひらひらと振って応じる。
「必要ないわ。むしろあんな事が有ったあとでニュースにもならず神父様が急に居なくなる方が怪しいもの。適当に誤魔化すから、ラムダは話を合わせなさい」
「ふふ、酷いお方だ。彼は本気で貴方を守ろうとしていたのに……彼は何も知らずに滑稽に踊り続けるのですね」
「いいえ、これこそが山田くんの『幸福』なんですよ。圧倒的な上位者である私に支配されるという幸福。弱者でいられるという権利。自由などという曖昧なものを与えられ、無意味に血を流し、争い、奪い合う……そんな修羅道から私が救ってやるのさ。山田くんは私が示す道に従って生きていけばいいの」
ラムダくんから『お前さっきと言ってることが違くね?』みたいな視線が向けられる。
それはガンダムくんに啖呵を切った時はそういう気分だっただけである。ブチ上がったテンションの時にくっちゃべった事を真に受ける方がおかしいのだ。
私は言う事がコロコロと変わるが、その時はそういう気分だったというだけで、この口から出る言葉はいつだって嘘偽りの無い本心なのである。私の中では一切矛盾してないんだよな~。
興が乗った私はラムダくんに人間の幸福についてレクチャーしてあげることにした。
「……人間は誰でも不安や恐怖を克服して安心を得るために生きているの。人のために役立つだとか、愛と平和のためにだとか……全て自分を安心させるため。安心を求める事こそ人間の目的なの」
「……」
「そこでだ……私に支配されることに何の不安感がある? 私に支配されるだけで、全ての安心が簡単に手に入るのだ。山田くんには永遠の安心感を与えてあげるの。大事な友達だからね……」
言ってることが殆どディオになってしまったが、まあ言いたいのは私が人の幸せを考えることが出来る心優しい人間ということである。
「それじゃあ、とりあえず山田くんを教会に運びましょうか。ラムダ、お願い出来ますか? 私が彼を背負うのはちょっと人目につきますから」
「ええ、かしこまりました。玲子様の着替えのご用意と治療も必要ですね」
「ああ、傷の手当なら不要ですよ。もう殆ど治っていますから」
「……ほう」
私はザックリ切れていた筈の額を見せるように前髪をかき上げる。
傷跡や肉芽の凹凸もなく、ぴかりんと綺麗なオデコを見てラムダは僅かに目を細めた。
「さっきの戦いでコツを掴んだので、治癒力の強化も出来るようになったみたいですね。他にも色々出来るようになってそうだし、さっきの悪霊にはある意味感謝しないと」
「……なるほど」
「おっと、そんなことよりも山田くんが起きる前に、口裏を合わせておかないとですね。それじゃあラムダには――」
私は山田くんに吹き込む出任せのストーリーテリングを考えながら、ラムダの教会へと向かうのであった。
***
『ラムダ、恐れることは無いんだよ……私と友達になろう?』
この女と初めて出会ったあの日を思い出すたび、私――ラムダの機械仕掛けの身体は、まるで血が通う本物の人間のように恐怖に震えだしそうになる。
大首領が倒れ、権力のバランスが崩れた
あの時、音虎玲子に出会った時……私の足はすくみ、全身が凍りついた。
この女を見て、動けない自分に気づき「金縛りにあっているんだな」と思うと、有機パーツの胃が痙攣し、造り物の胃液が逆流した。反吐を吐く一歩手前だった。
『ゲロを吐くぐらい怖がらなくてもいいじゃあないか。安心しろ……安心しろよラムダ……』
玲子はそんな私を見ながら、優しく子供に言い聞かせるように言うのだ。
奴を本当に恐ろしいと思ったのはその時だった。
奴が話しかけてくる言葉は……心が安らぐのだ。血の通わない合理と電気信号で構成されている筈の私の思考回路に対してだ! 危険な甘さがある……だからこそ恐ろしい!
未だにこの女を消して
この女に目をつけられた時点で
「あーあ、山田くんとのごはん楽しみにしてたんだけど……今日はもう駄目そうだなぁ」
まるで無垢な少女のように、クスクスと微笑みながら少年の頬をつつく女の姿に、私は首筋に死神の鎌を当てられているような寒気を覚える。
"悪"とは犯した罪の多寡でも規模の大小でも測れない。その精神性にこそ本質が宿る。
この女の行動や信念には、一切の一貫性が無い。
"悪"に理由が無いのだ。私はそれが恐ろしい!
この女は、その日の気分次第で世界を地獄に変える凄みと才覚がある。今は偶々この女の関心がそちらへ向いていないというだけなのだ。
「――それじゃあ、そういう感じで口裏を合わせてくださいね?」
「……はい、承知しました」
「ふふ、ラムダは頼りになりますね。これからも色々と手伝ってもらうかもしれませんが、よろしくお願いしますね?」
「ええ、お任せください……」
私に出来るのは、この女の関心がこちらへ向かないように怯えながら息を潜めることだけ……現状を理解出来ていない残党どもの暴走を抑えつけ、得体の知れない悪霊どもから人間達を守り、悪魔の不興を買わないように必死に媚びを売ることだけなのであった。
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