123.少年少女のバイト事情
私の名前は
都内の片隅で喫茶店『ディアボロ』を経営している極々普通のおじさんである。
不況が叫ばれて久しい昨今ではあるが、先代からお店と共に受け継いだコーヒーと料理の腕で食っていけている程度には、店が繁盛しているのは密かな自慢の一つだ。
そんな『隠れた名店』なんて一部で呼ばれていた当店ではあるが、情報の流通が激しい現代では光るものがあれば、隠れてなんていられないのが必然。近くに新しくオフィスビルやら商業施設やらが出来た事情もあり、自分一人で店を回すのも少しばかり厳しく感じてきていた。
とりあえず店の入口に手書きの張り紙を設置するという令和とは思えないバイト募集をした所、たまたま高校入学を機にアルバイトを探していたという男子高校生
飲食系バイトの経験こそ無かったが、真面目そうな人柄を気に入った私はすぐに山田くんの採用を決定。まあ、元々一人で回せていた店なのだ。実務能力よりも人間性優先である。
そして山田くんを採用してから一ヶ月後。
新しい体制による営業も安定してきた頃合いに、大学時代の同期から連絡があった。
「益巣、お前たしか店のバイトを探してるって言ってなかったか?」
「ん? ああ、そういえば前の飲みで言ったな」
「それなんだが……もし良ければ、ウチの娘を雇ってもらえないか?」
「お前の娘さんを?」
正直、山田くんが居れば人手にはそこまで困っていないのだが……
まあ、山田くんが私用や急病で欠勤する時のことを考えれば、もう一人ぐらい雇っておくのも悪くないか。そんな風に考えた私は、彼の娘さんと面接をすることにしたのだが……
「
「うん、よろしくね。面接とは言ってもそんな固いやつじゃないから、楽にしてもらって構わないよ」
にっこりと微笑む少女の姿を見て、私は内心では結構驚いていた。
彼女の父親から飲みの席での娘自慢はしょっちゅう聞いていたが、親馬鹿効果による補正が相当入っているのだろうと話半分に聞き流していた私は、彼の視点に曇りがなかった事を実感していた。
誓って子供にいかがわしい視線を向けるような趣味など持っていない私だが、それでも目の前の少女を形容するならば『美少女』以外の言葉が見つからなかった。
こんな場末の喫茶店で働くよりも、モデルとかアイドルのような相応しい場所があるのではないかというのが正直な感想である。
いくつか雑談めいた質疑応答を重ねたところ、人間性やコミュニケーション能力にも何の問題も感じない。
彼女さえ良ければ採用は決定なのだが――
「マスター、面接中にすいません。業者さんから急ぎで確認したいことがあるって電話が――」
控えめなノックと共に、山田くんが申し訳無さそうな顔でバックヤードにやって来た。
そんな彼の姿を見て、少女が驚いたような顔で声を上げる。
「えっ、山田くんっ!?」
「……へっ? ね、音虎さんっ!? ど、どうしてここにっ!?」
「ん、君たち知り合いだったの?」
業者との対応を手早く済ませた私は、彼らに軽く話を聞いた所、どうやら二人は中学時代にクラスメイトだったことがあるらしい。
お互いに知り合いならば、やや人見知りの気がある山田くんもやりやすいだろう。彼女の採用理由が更に追加された私は、その場で彼女に採用を伝えると、向こうもそれを了承する。私達はすぐさま細かいシフトを決めていくのであった。
***
そんなこんなでアルバイトを二人雇ってからの経営は順調そのものであった。
業務に慣れてきた山田くんは勿論のこと、働きたての音虎さんに至ってはシフト初週から凄まじい働きぶりを見せてくれた。
ウェイターと諸々の雑務を完璧にこなし、接客に関しては私よりもレベルが高いんじゃないか? と考えてしまう程である。
「こちらレシートでございます」
「あ、ああ。ありがとう」
「いつもありがとうございます。また来てくださいね?」
ぎゅっと男性客の手を握って、にっこりと微笑みながらお釣りを渡す音虎さんに、男性客の鼻の下が伸びる。
……まあ、接客サービスがやや過剰な点が、彼女の欠点といえば欠点か。
いや、別に店としてはプラスなのかもしれないが、年頃の娘さんにしては警戒心が無さすぎて、見てる方としてはヒヤヒヤしてしまう。
働き始めて半月程度で、既に男女問わず固定ファンを作り始めている彼女に、私は空恐ろしいものを感じていた。本人に悪意が欠片も感じられないのも、ある意味たちが悪いだろう。
あの恵まれた容姿で万事がこの調子なのだ。
きっと無意識下で何人も男の子を勘違いさせて、陰で泣かせてきたであろうことは容易に想像がついた。
そして、そんな陰で泣かされているであろう青少年の一人が彼女に近づいていく。
「あ、音虎さん。そこのテーブルは鉄板だらけで重いだろうから俺が……」
「ううん、これぐらい大丈夫だよー。山田くんはアイスコーヒーのサーバー確認してもらってもいいかな? 今日はよく出てるから、いつもより減りが早いかも」
「う、うん……」
ひょいひょいと重ねた鉄板を両手に6枚ほど抱える音虎さんに、にこやかにバッサリいかれた山田くんがトボトボとキッチンに引っ込む。うーん申し訳ないけどちょっと面白い。
本人は隠してるつもりなのだろうが、山田くんから音虎さんに矢印が伸びているのは明確であった。
現役高校生の甘酸っぱい恋愛模様を生で見ることが出来るのは、学生時代を終えてウン十年のおじさんには最高のエンタメである。趣味が悪いことは自覚している。
先ほどのような感じで、重いものを持ってあげようとしたり、たちの悪い客から音虎さんを守ってあげようとしたりと、山田くんは健気なアピールを続けているのだが、彼の行動は残念ながら今のところ概ね空振りである。
というのも、音虎さんが少し完璧すぎるのだ。
一応ほんの一ヶ月程度とはいえ先輩である山田くんより基本的に仕事が出来てしまうし、逆にたちの悪い客に絡まれている山田くんを音虎さんが助けてあげるような場面すら有るのだ。逆スパダリである。
「二人ともー。お客さん居なくなったし、まかない出そうか? 何か食べたいものある?」
「やった! マスターのごはん美味しいから嬉しいですっ。山田くんは何が食べたい?」
「え、えっと、俺は音虎さんと同じでいいよ」
「ええ~、何にしようかなー」
まあ、音虎さんも山田くんには結構好意的に接しているように見える。脈は有るぞ山田くん。多分。
子供の色恋沙汰におじさんが口を出すのも野暮ってものだ。私はただ二人を見守るだけである。
喫茶店ディアボロは少年少女のピュアな恋愛を応援しています。
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