121.由利IFルート:ブラックサレナ

『119.音虎玲子FREEDOM』からの分岐です。

ユリちゃんとユウくんが正史よりも少しだけ心が弱ぇ奴だった場合のIFルートです。



***


「ユリちゃんは、私にどうしてほしい?」


 レイちゃんの言葉に、私は――白瀬しらせ 由利ゆりは、抑え込んでいた理性を放棄することを決めた。


「……私は、レイちゃんの……恋人になりたいです……」

「えっ……?」


 戸惑うようなレイちゃんの声に、私は縋り付くようにまくし立てる。


「立花くんと別れてなんて言わない。一番じゃなくてもいいです。立花くんの次でいい。でも、もう"ただの友達"は嫌。貴方の……レイちゃんの特別になりたいの」

「ユリちゃん……で、でも、私は……」

「お願いします。私を……レイちゃんの特別にしてください……」


 自分が最低で支離滅裂なことを言っている自覚はあったが、止められないし止める気も無かった。

 良識や善意なんかでは、欲しいものは何も手に入らない。

 たとえそれが眼の前の無垢な少女を、自らの悪意で汚すことだったとしても……私は諦められなかった。


「レイちゃん……」

「ユリ、ちゃん……」


 私の震える手が、彼女の手を握りしめる。

 涙で滲む私の瞳を見つめた彼女は、深呼吸をひとつした後に震える言葉で告げる。


「……本当に、ユウくんと別れなくてもいいの?」


 その言葉が意味することに、私という最低な人間の心が歓喜の声を上げる。


「う、うん。そんなこと言わないよ? 二人が付き合っていても嫉妬なんてしない。ただ、私ともお付き合いしてくれれば、それだけでいいの」

「……分かったよ。ユリちゃんは、私の大切な人だもの。そんな貴方のお願いを蔑ろになんて出来ないよ……」

「レイちゃん……っ」


 私の声色が明るくなったが、レイちゃんはそれを制止するように言葉を付け加える。


「でも、ユウくんに内緒でっていうのは駄目。ちゃんとこの事を話して、ユウくんに納得してもらうこと。お付き合いをするなら三人同意の上じゃなきゃ駄目。それでもいい?」

「う、うん! うん! もちろん分かってるよ。ありがとう、レイちゃん!」


 人目も憚らず、私はレイちゃんに抱きついた。

 周囲から多少怪訝な視線が向けられるが、そんな些細なことは気にならなかった。

 私とレイちゃんがお願いすれば、立花くんの性格からして三人での交際を拒否する可能性は低い。

 腕の中にレイちゃんの体温を感じながら、私は打算と欲望で醜悪な笑顔を浮かべる。

 人の悪意というものに鈍感な彼女は気づかない。

 私がどれだけ醜い欲望と劣情を、彼女に抱いているのかを。


 もう逃さない。

 この清廉な天使は――彼女は私のものだ。

 たとえ悪魔に魂を売ってでも、二度と手放したりするものか……



 ***



「――ユウくん、そろそろ帰ろっか!」

「あ、ああ……うん。そうだねレイちゃん……」


 放課後の教室で僕――立花たちばな 結城ゆうきは、恋人であるレイちゃんに声をかけられて、上の空で帰り支度を始める。

 大好きな彼女との登下校。普通であれば心躍るシチュエーションなのだが、今の僕はそれを素直に喜べる心境では無かった。

 それというのも――


「ユリちゃーん、一緒に帰ろっ」

「うん、それじゃあ行こうか。レイちゃん。立花くん」

「う、うん……そうだね、白瀬さん……」


 レイちゃんの親友である白瀬さんが、穏やかに微笑んで僕達の隣に並ぶ。

 僕が曖昧な笑みを浮かべていると、白瀬さんが楽しげに口を開いた。


「ねえ、レイちゃん。立花くん。今度の週末なんだけど、良ければデートに行かない?」

「わっ、いいねぇ~。どうかな、ユウくん?」

「あ、ああ、うん……そうだね……」


 ……僕達三人は、それぞれが恋人同士なのである。


 この歪な状況の発端はあの日――僕が白瀬さんの秘められた想いを知ってから数日後のことだった。


『ユウくん……私とユリちゃんとユウくんの、三人でお付き合いって出来ないかな……』


 レイちゃんと白瀬さんが、僕達三人で交際をしたいと言い出したのだ。

 その異常な提案に、僕はもちろん戸惑ったのだが彼女達の真剣な様子と、断れば僕とレイちゃんの関係が破綻するのかもしれない……という恐怖から、結局僕はその提案を飲み込んでしまったのだ。


「……いいんじゃないかな。三人で行こうか」

「やった! 楽しみだね~ユリちゃん! ユウくん!」

「うふふ、そうだねレイちゃん」


 僕の言葉に二人が楽しそうに指を絡ませている。

 その仲睦まじい様子を僕がなんとも言えない表情で眺めていると、その視線に気付いたのか白瀬さんが妖艶に微笑んで提案する。


「……ねぇ、レイちゃん。立花くん。私の家、今日は両親の帰りが遅いんだけど……どうかな?」

「え、ええっ!? ユ、ユリちゃん……そんな急に言われても、私も色々準備とか……」

「……」


 白瀬さんの言葉に、レイちゃんが頬を赤らめて慌てふためいている。

 ……レイちゃんと白瀬さんからお願いされて、僕達は既に三人で身体を重ねていた。

 確かに二人とも凄い美人ではあるが、この状況を役得だなんて喜べるほど、僕は能天気ではいられなかった。


 ……こんな歪な関係、いつか絶対に破綻する。

 必ず訪れる破滅に向かって突き進んでいるような現状に、僕の気分はハーレムどころか絞首台へ向かう死刑囚の心地であった。


「レイちゃんは私とするの嫌?」

「うぅ、その言い方はずるいよユリちゃん……可愛くない下着でも笑わないでね?」

「ふふ、決まりね。立花くんはどうする? 急だったし、無理にとは言わないけれど……」

「………………」


 断るべきだ。

 いや、そもそもこんな関係を維持するべきではない。

 ちゃんと三人で話し合って、付き合い方を見直すべきだ。見直して――


 ……だけど、この関係が破綻した時に捨てられるのは誰だ? 


 僕はレイちゃんとは幼稚園の頃からの付き合いだ。

 だから彼女自身が気付かないような些細な変化にも、僕は気付いてしまう。

 三人で交際を始めてからだろうか。

 彼女は変わらずに僕のことを愛してくれるが……その瞳に宿る熱は、以前よりも少しだけ冷めていた。


 分かってしまうのだ。

 今の関係が破綻した時、彼女に捨てられるのは僕なのだと。


「……いや、僕も行くよ」

「そう? うふふ、良かったねレイちゃん?」

「う、うん……ユウくん、優しくしてね?」


 だから、僕は自らこの底なし沼に身を投じる。

 少しでも長く、この頭がクラクラするような甘い地獄が維持されるように。

 いつか訪れる致命的な破綻を、少しでも先延ばしするように――



 GOOD END B 『ブラックサレナ』








 ***


 ――人間の本質とは先延ばしである。


 たとえば三ヶ月後に担当さんに提出しなければいけない書籍化の改稿原稿が有ったとしよう。

 それに手を付けるのはいつからになると思う? 二ヶ月前? 一ヶ月前? 甘い甘い。

 友人との飲み会だの、ソシャゲのギルド対抗イベントだのにかまけた結果、改稿作業に手を付け始めるのは一週間前になる。なんなら前日に徹夜で仕上げて「三ヶ月分の仕事を一日で終わらせるとかタイパ良すぎかよ」とかアホなことを言い始めるのが人間なのだ。

 なんだか例が妙に生々しいが、これたとえ話ね? フィクションの話だから。そこんとこ間違えないでくれよ。


 今回のユウくんも同じさ。要するに人間とは臭いものに蓋をするのが大好きなのである。

 眼の前で爆弾の導火線に火が付いていようと、爆発する前になんやかんやあって無事に終わるだろうと体育座りで火を見守るのが人類の本質なのである。誰も自分だけがリスクを背負って状況の解決などしたがらないもんなのだ。


 不都合な真実は全て穴を掘って埋めてしまおう。

 深く深く、底が見えない程の暗い穴に……

 私はそんな皆にドリルとスコップを配って回る慈愛のボランティア。

 光も届かない闇の底の底に腐敗臭のする悪意を押し付けてこそ、人類は先に進めるのさ。

 私達が立っている大地は悪意の埋立地なのである。


 ……私達はどこで道を間違えたんだろうな? 

 人類の業の深さに、私はガンダム種の最終回のキラ・ヤマトみたいなアンニュイな表情を浮かべてしまう。

 劇場版で種熱が再燃したのでTVシリーズを見返しているけど、色々と再発見があるものである。

 やっぱ人類に必要なのはデスティニープランだな。

 ホモサピって自由にしておくとロクなことしねえし。私が言うとなんだか凄い説得力を感じるな。


 というわけでユウくんとユリちゃんは私が管理する。最高のタイミングで一夫多妻を爆発させた時、ユウくんがどんな顔を見せてくれるのか……想像しただけで脳から快楽物質が止まらなくなってしまうゼ。

 甘い果実の味を夢想し、私はベロリと舌舐めずりをするのであった。

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