118.白瀬由利は気にされる

しかったねー、ユウくん」

「う、うん。そうだねレイちゃん」


 夕暮れ時。

 帰りの電車に乗った僕達は、オレンジ色の陽が差し込む車内で雑談をしながら、今日一日を振り返っていた。


「夏休みは泊まりで海水浴とかも行ってみたいねー。ユリちゃん、また一緒に水着選ぼうよっ」

「うふふ、気が早いよレイちゃん」


 ……レイちゃんと楽しそうに話す白瀬さんの姿に、僕は複雑な心境が表情に出ないよう努める。


『立花くん、私は……私は、あなたが……レイちゃんが……っ!』


 砂浜で聞いた白瀬さんの慟哭が、僕の耳にこびり付いて離れてくれない。

 彼女の想いを知った上で、僕は今まで通りにレイちゃんと付き合うことが出来るのだろうか。

 レイちゃんの恋人でありながら、白瀬さんの友達で居ることが許されるのだろうか。

 彼女を傷つけていると知りながら、僕は――


「――ユウキ? 聞いているのかい?」

「……えっ? あ、何? サトリさん」


 内的思考に囚われて皆の話を聞いていなかった僕に、サトリさんがやれやれといった様子で苦笑を浮かべる。


「夏休みの話だよ。良ければ、ここに居るみんなでオレの別荘に遊びに来ないかって話。手前味噌だけど、新城コーポレーションのお墨付きなら、保護者の人に泊まりの旅行も説得しやすいだろう? 今ならプライベートビーチ付きだよ」

「ガキの頃に一回だけ遊びに行ったっけ? 殆ど覚えてねえけど、金持ちは休み方のスケールが違うねえ」

「まあ、流石にコーイチが遊びに来た時から大分様変わりはしているけどね。それで、どうだい?」

「え、えっと、僕は……」


 唐突な話に、咄嗟に返事を返せずにいた僕だったが、レイちゃんが楽しそうな顔で割って入ってくる。


「ユウくんも行こうよー。ユリちゃんも行くって言ってるし」

「……っ」


 レイちゃんの口から白瀬さんの名前が挙がる度に、僕は僅かに身を固くしてしまう。


「僕、は……」

「……まあ、まだまだ先の話さ。一応、選択肢の一つとして考えておいてくれるかい?」

「う、うん。考えておくね。誘ってくれてありがとう、サトリさん」



 ***



「ただいまー……」


 考え事をしながらの帰路は、光のような速さの体感時間で過ぎていく。

 皆と何を話したのかも曖昧な記憶の中で、僕は自宅へ戻るとベッドに倒れ込んだ。

 肉体的な疲労もそうだが、今日はそれ以上に精神面での負荷が大きかった。

 夕食の時間まで、少し仮眠でも取ろうかと考えていた僕だったが、スマートフォンから鳴り響く着信音がそれを引き止める。


「……サトリさん?」


 ディスプレイに映る名前に首を傾げつつ、僕は通話ボタンをタップする。


「やっ、ユウキ。疲れてる所悪いね」

「ううん。それは大丈夫だけど、何か有った?」

「ああ、帰りの電車で話した夏休みの件なんだけど、別荘の立地とかの資料をメッセージで送っておいたから、一応目を通しておいて貰えるかい? 機密とかでは無いから、ご両親に何か聞かれたら見せてあげても構わないから」

「うん、分かった。態々ありが――」

「――というのは建前」

「えっ?」


 そんなサトリさんの言葉に、僕が思わず声を上げると、電話越しの彼女は本題を切り出してきた。


「ユウキ。ユリと何かあったのかい?」

「……っ!?」


 思わず息を呑んでしまった僕に、サトリさんは自身の推測が当たっていた事を察したようだった。


「どうして……」

「……まあ、ただの勘って奴だよ。帰り道で君もユリも少し様子が変だったから、気になってね」

「……白瀬さんには」

「ユリにはまだ何も言ってないよ。……彼女も心配だったけど、君の方がちょっと危なそうだったから」

「えっ?」

「ああ、こっちの話。それで、何か困っているなら相談に乗るけど?」


 サトリさんは軽い口調ではあったが、その裏には僕や白瀬さんに対する確かな気遣いを感じた。

 ……でも、話す訳にはいかない。

 事は僕だけの問題ではないし、第三者に相談するということは、レイちゃんに心配をかけたくないという白瀬さんに対する裏切りになってしまう。

 黙り込んでしまった僕に、サトリさんは続ける。


「……話せない、か。君は優しいからね。きっとそれはレイの……いや、ユリのためなのかな?」

「……」

「分かった。返事はしなくてもいい。でも、一つだけアドバイス」

「……?」

「"ちゃんと話し合え"」

「……えっ?」

「これはオレも最近気付いたことなんだけど、人って結局"言葉"が一番重要な情報だと思うんだよね。……例え心が読めたとしても、ちゃんとそれを口に出すか出さないかで、その人が伝えたい真意は全然変わってくる」


 彼女の迂遠な言い回しに、僕は困惑しつつも電話口に耳を傾ける。


「オレが見た限り、君とユリには話し合いが足りていないかな」

「……そんなこと」


 話し合いなら、もう済んでいる。

 彼女の真意を知った。

 僕はそれを拒絶した。

 決して相容れない平行線。それが、僕と白瀬さんの結論で……


「ユウキはどうしたいのか――いや、君は"ユリにどうしてほしいのか"ちゃんと話したかい?」

「……えっ?」


 想像もしていなかったサトリさんの言葉に、僕は思わず声を上げてしまう。


「相手の要求を聞くのと同じぐらい、自分の要求を話すのは大事だよ。そこから妥協点が生まれるかもしれないし、新しい視点に気づくかもしれない。まずは言葉を尽くせ。一人で悩むよりも、二人で悩め」

「……」

「ふふ、すまない。説教臭くなってしまったね? それじゃ、オレはこれ以上この事に首は突っ込まないし、ユリにも余計なちょっかいは出さないと約束するよ。まあ、助けを求めてくれるなら、力にはなるつもりだけどね」

「……うん。ありがとう、サトリさん」

「ふふ、じゃあね」


 サトリさんとの通話を終えて、僕は天井を見上げる。

 僕がするべき事は――

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