111.永遠のいのちを味わってもらうの

「いやいや」

【ッ!?】


 こんにちは、音虎ねとら 玲子れいこです。

 ようやく尻尾を見せた間抜けの姿にニッコリ笑顔を浮かべると、私はぴょいんと中庭から屋上までジャンプして奴の眼の前に着地した。

 周囲に人目が無かったのは確認済みだし、御影の校舎屋上は事故防止のため生徒の立ち入りは禁止されてるからね。多少派手に動いても問題無いっつー寸法よ。

 予想通り、私は人型のカブトムシみたいな姿の悪霊とタイマンの状況に持ち込むことに成功した。


「チマチマと雑魚を放って意味のない邪魔ばかり。直接手を出してこないってことは、要するに殴り合いで勝つ自信がありませんって言ってるようなもんでしょ」

【小娘が……!】


 おっ、喋れるのかこいつ。

 これまでの悪霊よりも随分とシュッとしたキャラデザしてるし、どうやらこれまで祓ってきた雑魚どもとは格が違うようである。

 人語を理解する知性に、挑発に憤る人間同様のメンタリティ。呪術廻戦方式で判断するなら特級呪霊と言ったところか。

 まあ会話が出来る相手なら、それは好都合。私はぺらぺらと減らず口を叩いた。


「見逃してあげるから、早く御主人様・・・・の所に帰ったらどうですか? 小娘一人に邪魔されたので、おつかいが出来ませんでしたってね」

【人間風情が! 少しばかり力を持っている程度で自惚れるなよ!】


 ……こちらの言葉を否定しなかったな。

 口から出任せでカマをかけただけだったが、こいつが今回の一件の親玉じゃないことは確定か。めんどくせぇ。

 校舎に傷がつかないように、カブトムシくんから飛んできたエネルギー弾みたいなのを弾いたり躱したりしながら、私はため息を吐いた。

 しゃーなし。もうちょい情報を引っ張り出すか。

 攻撃を全部スカされて呆然としているカブトムシくんに、私は警戒心を解すようにポンポンとフレンドリーに肩を叩いてあげた。


【うっ……な……】

「少し待て。今考えてる」


 ふーむ……よし、これで行こう。


「目的はサトリちゃんでしょ? 手伝ってあげるから付いてきなさい」

【な、なんだと?】

「あれ、名前までは知らなかった? ほら、私と一緒だった金髪の背が高い子。あなたの狙いはあの子でしょ?」

【……友人を売る気か?】


 やっぱりサトリちゃん案件だったか~。

 悪霊の出現傾向から薄々感づいてはいたが、今回も話の中心はサトリちゃんだったようである。ポンコツどもの誘拐事件といい、サトリちゃんはオカルト担当か? 

 サトリちゃんとの接触が多い人間ほど、周囲に悪霊が湧いている辺りから何らかの因果関係は疑っていたが……ユウくん達とのお昼ごはんを断ってまで、女子だけで集まっていたら案の定カブトムシくんが釣れた時点でほぼ確信はしていたが、これで敵の狙いが彼女なのは確定である。

 ユリちゃんか私がターゲットである可能性も無くはなかったが、悪霊案件は高校入学の時期――もっと正確に言えば、サトリちゃんと知り合った辺りから発生した案件である。まあ可能性としては一番妥当な結果を引いたという所だろう。

 とりあえずサトリちゃんを売るフリをして、もう少し情報を喋ってもらおう。カブトムシくんを処すのはいつでも出来る。


「どこかに連れて行くのか、それとも殺したいのか――いや、それにしてはやり方が迂遠すぎるから無いか。肝心のサトリちゃんに悪霊が取り憑いていない辺りから、狙いは孤立……いや、もっと別の――」

【……信用出来るか!!】


 ブツブツと考え事をしながら前を行く私に、カブトムシくんがかめはめ波みたいなのを撃ってきた。

 信頼して背中を見せてあげたというのに、なんて酷い奴なんだ。私はとても傷ついた。まあ肉体的にはノーダメなんだが。


「馬鹿が」


 私は片手を突き出してカブトムシくんのかめはめ波を弾く。

 あーもういいや。

 ここまで人を信じることが出来ない悲しきモンスターから情報を引き出すのも面倒だ。

 消すか。もうすぐお昼休み終わっちゃうし。

 私は親指に歯を立てて軽く血を滲ませると、飛沫を払うようにカブトムシくんに向かって振るった。


カイ


 次の瞬間、カブトムシくんの両腕が宙を舞う。

 なんとなく宿儺ごっこをしてしまったが、私は御廚子みずしを持っていないので、呪力による斬撃なんて真似は出来ない。

 タネとしては血流操作の応用。加圧した血液を刃のように打ち出しただけだ。

 細かい解説が必要ならば、呪術廻戦二期の虎杖VS脹相戦を見てくれ。大体あんな感じだ。


「人じゃなくても腕は惜しいか? カブトムシくん」

【く、くそっ!!】


 文字通り打つ手の無くなったカブトムシくんは、ヤケクソになったのか私に向かって突っ込んできた。破れかぶれのバンザイ突撃とは、笑わせてくれるじゃないか。

 来いッ! 無駄なあがきをしにッ! 

 トドメを刺されによォ~~! 


 ***


「ほら、頑張れ頑張れ」

【フーッフーッ……!】


 両腕に続いて両足も失い、無様に地面に転がっているカブトムシくんの頭を踏んづける。

 手足の再生ぐらいしてくるかと思ったが、どうやら本当に打つ手が尽きたようだ。とんだ期待外れである。


「なんでサトリちゃんを狙うの? あなたに指示を出しているのは誰? 仲間の数と配置は? 教えてくれたら助けてあげる」

【だ、誰が喋るか……ブッ】


 未だ元気十分な様子のカブトムシくんの頭を踏みつける足の力を強くする。


「仲間の数と配置は?」

【知ら……ぐぶっ!】

「仲間の数と配置は?」

【言、言わな……がががっ!】

「仲間の、数と配置は?」


【……体液の操作による身体能力の向上と、それを応用した遠距離攻撃】

「ん?」

【下等な技だ。知らないようだから教えてやる。お前の力は大したことがない】

「もっと言葉を選んだ方がいいんじゃないか? 今際の際だぞ」


 ……負け惜しみか? 

 もういいや。殺す。

 サトリちゃんを狙う目的については、また別の悪霊がちょっかいかけてきたら、そいつを尋問すればいいや。


 私は血のカッターでカブトムシくんの首を斬り飛ばし




 ***




「――――――え?」


 気がつくと、私は自室のベッドで目を覚ましていた。


 ……何が起こった? 私はさっきまで校舎の屋上に居た筈だぞ。

 自分の姿がパジャマであることを訝しみながらも、状況を確認しようと部屋の扉を開ける。

 すると、ちょうど同じタイミングで隣室のチーちゃんが顔を出した。


「くぁ、おはよーレイ」

「お、おはようチーちゃん。……ねえ、昨日って私に何かあった? 気がついたらベッドで寝てたんだけど……」

「はぁ?」


 私の言葉に、チーちゃんが胡乱な眼差しを向ける。


「何かって……別に普通に飯食って風呂入って寝てたんじゃねえのか?」

「いや、昨日は学校でお昼ごはん食べた辺りから記憶が……」

「……はあ? 昨日は日曜だろ。寝ぼけてんのか?」


 ――なに? 

 その言葉に私はチーちゃんを置き去りにして、自室のスマートフォンで今日の日付を確認した。


「時間が、巻き戻っている……?」


 ディスプレイに示された日時は、私がカブトムシくんと遭遇した日の朝であることを主張していた。

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