110.貴方は私の特別


「おはよー、ユリちゃん! サトリちゃん!」

「お、おはよう。レイちゃん」

「おはよ、レイコ。今日も綺麗だよ」


 HR前の朝の教室。

 女子達が集まって華やかな空気を作り出しているのを、僕――立花たちばな 結城ゆうきは遠目からぼんやりと見守っていた。


「よっ、立花。彼女取られてるじゃねえか」

「おはよう、神田くん。あと朝から縁起でもないこと言わないでよ……」


 制服を着崩した神田くんが、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら、僕の向かいの席に腰掛けた。


「まあ、実際アイツ等の人気凄いからな。注意してないとマジで取られちまうぞ? "御影一年の三女神"だっけ?」

「うぅっわ。レイ達そんな恥ずかしい二つ名で呼ばれてるの?」

「あっ、おはようフユキくん」

「おう、おはよーさん」


 珍しく神田くんよりも遅れて登校してきたフユキくんに声をかけると、僕たち男子トリオは教室内で一際注目を集めている女子グループ――レイちゃん達の談笑を眺めた。


 ――御影一年の三女神。

 誰が呼び始めたかは知らないが、レイちゃん達はいつの間にか学園の男子達から影でそんな風に呼ばれ始めていた。


 日本人離れした外見に社交的な人柄で男女問わず人気の王子様ことサトリさん。

 控えめで儚げな雰囲気に反して、えっと、胸が、その…………身体の一部が高校生離れしたスタイルを持つ白瀬さん。

 そして容姿端麗、文武両道で品行方正。外見も内面も完璧な非の打ち所のないミス・パーフェクトことレイちゃん。


 揃いも揃って振り返らずにはいられない美貌を持つ彼女たち三人に対して、脳を灼かれた男子たちは畏敬の念を込めて三女神と呼んでいるそうなのである。


「実際のところ、カレシさんとしてはどうなんだよ? そんな女神様とお付き合いして」

「嬉しいけど、正直それ以上に気が休まらないかな……」

「まあ、イケイケな奴らから露骨に狙われてるもんなー音虎。もっと『僕たち付き合ってます』ってアピールしてみたらどうだ?」

「別に隠しているつもりでは無いけど、積極的に公言して回るのもおかしいでしょ。レイちゃんもあんまり目立つのは嫌だろうし……」


 ……それに、僕と彼女が付き合っていることを知った上で、レイちゃんに近づいてくる男子がそれなりに居るのを僕は知っている。

 もちろん、彼女がそんな人たちに靡くとは欠片も思わないが、レイちゃんはお人好しで押しに弱い所があるからなぁ。

 口八丁で悪い男に騙されたらと考えると、正直気が気じゃなかった。


「正直、レイちゃんがフユキくんや神田くん以外の男子と一緒に居るのを見ると……こう心臓がキュッとするんだよね……」

「あれ、俺達はいいのか?」

「? それはそうでしょ。フユキくんや神田くんは友達だし、レイちゃんと変なことになるなんて疑ったりしてないよ」

「お、おう……」

「そ、そうか……」


 なんとも言えない微妙な表情を浮かべる二人に首を傾げていると、僕はフユキくんの様子が少しおかしいことに気がついた。


「……フユキくん、なんか疲れてる?」

「え? ……そんな風に見えたか?」

「少しね。珍しく神田くんより朝も遅かったし」


 僕がそう指摘すると、フユキくんは苦笑しながら自分の肩を叩いた。


「新生活の疲れかねぇ。最近なんだか肩が重いというか、眠りも浅くて疲れが抜けないんだわ」

「おいおい、大丈夫かよ」

「んー、風邪って感じでも無いんだけどなぁ」


 僕たちがそんなことを話していると、レイちゃん達がこちらへと歩いてきた。


「おはよ、神田くん。フユキくんも」

「ああ、おはよう。レイ」

「中々来ないから遅刻するかと心配しちゃった。珍しいよね? フユキくんが寝坊なんて」

「あー、それは――」


 先程まで話していた体調不良についてフユキくんが説明をすると、レイちゃんが心配そうな顔を浮かべた。


「うーん、心因性の不調なのかなぁ?」

「おいおい、こいつがそんな繊細な奴かよ」

「こら、神田くんも茶化さないの。でも、そうだなぁ……」


 レイちゃんは少し考えるように口元に手を当てると、フユキくんの背後へと回った。


「レイ? 何を――」

「フユキくん、少しジッとしててね?」


 次の瞬間、レイちゃんはフユキくんの肩の少し上から、何か・・を払うように手を振った。


【に゛ッ……】


「フユキくん。肩、どうかな?」

「えっ……あれ? 急に肩が軽く……!?」


 驚くように振り返ったフユキくんに、レイちゃんはニッコリと微笑みかける。


「最近読んだ本に書いてあった疲労回復のツボを押してみたの。大丈夫だと思うけど、変な違和感があったら病院に行ってね?」

「お、おう……すげえ楽になったよ。サンキューな」

「ふふ、どういたしまして」


 まるで魔法か何かの現場を見たかのような光景に、僕の脳裏に三女神の――レイちゃんの噂話が過る。


『朝から体調が悪かったんだけど、音虎さんが横を通ったら急に具合が良くなった』

『音虎さんに話しかけられた瞬間、酷い片頭痛が急に治った』

『訳も分からずイライラしていた気分が、音虎さんと少し会話をしたら不思議なほどに穏やかな気持ちになった』


 クラスメイトが話す荒唐無稽なオカルト話。

 まるでレイちゃんが本物の女神か何かのような噂話に、以前の僕は苦笑しながら聞き流していた。

 でも、もしかして彼女なら本当に……


「ユウくん?」


 ……流石に考えすぎか。

 思わず彼女のことを見つめてしまっていた自分に自嘲しながら、僕は「なんでもないよ」と彼女に首を振る。


 レイちゃんは僕の大切な恋人で、心優しい普通の女の子。

 女神だなんだって特別な存在なんかじゃなくていい。僕にはそれだけで十分なんだ。



 ***



 それにしても呪術二期の宿儺VS魔虚羅回は凄すぎた。

 演出も作画も劇場版クオリティだったので、私も思わずフユキくんの肩にひっついてる悪霊を祓う時にナナミンみたいなムーブをしてしまった。

 こんにちは、音虎ねとら 玲子れいこです。


 さて、問題は学校に湧いている悪霊が多すぎることである。

 今日も昼休みまでに既に10匹以上のゴミを処分しているのだが、流石に面倒くさくなってきた。

 まあ、ここ数週間の悪霊発生における傾向をリサーチした結果、そろそろケリ・・を付ける目処は立っているので、大して心配はしていないがね。


「――レイコ?」

「ん、どうしたの? サトリちゃん」

「いや、何だかボーっとしていたから。何か気になることでもあるのかい?」

「う、うん。レイちゃん、今日は何だか気が散ってるみたいだったから、ユリも気になってた」


 今日はユリちゃんとサトリちゃんを混じえて女子だけでお昼ごはんである。

 校舎の中庭でお弁当を広げていたのだが、悪霊の件に気を取られて些か注意力が散漫になっていたようだ。


「ごめんごめん、ちょっと考え事してただけだから。心配するようなことじゃないよ」

「レイコがそう言うなら、深くは聞かないけど……」

「何か手伝えることがあったら、いつでも相談してね?」

「うん、ありがと。ユリちゃん。サトリちゃん」


 私の言葉に、渋々といった様子で二人は引き下がる。

 少し重くなった空気を変えるように、サトリちゃんが手を叩いて立ち上がった。


「それじゃ、そろそろ昼休みも終わるし教室に戻ろうか」

「そうだね。行こっか、レイちゃん」


 そう言って片付けを始める二人に、私は用事を思い出したように声を上げる。


「……あっ、ごめん二人とも。私はちょっと購買に寄ってから教室に戻るね。ルーズリーフを買い足しておきたいんだよね」

「付き合おうか?」

「大丈夫。すぐに戻るから、二人は先に教室に行っててー」



 ***



 そして、校舎の屋上から彼女達を見下ろす人影が一つ。

 甲虫を思わせるツルリとした光沢を放つ皮膚に、単眼の頭部はそれが人外であることを強く主張していた。


【……邪魔だな。アレも、コレも】


 当初の予定ではもっと早く排除出来る筈だった"障害"に人外は爪を噛む。

 不要なのだ。

 彼女・・にはあんなもの。

 人外は考える。"主人"から与えられた命令を守るために、どうやってあの邪魔者達を排除するかを――


 ふと、邪魔者の一人が顔を上げる。

 ……こちらと目を合わせたように見えた。




「見つけた」


 障害は確かにそう呟いてニタリと笑った。

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