高校生編―弐―
104.対等
とある休日の昼下がり。
僕――
「その、ユウくん? 大丈夫?」
「う、うん……全然平気……」
顔色が悪くなっているであろう僕を、隣に立つレイちゃんが心配そうに見つめる。うぅ、情けない。
***
切っ掛けは、放課後のちょっとした雑談だった。
「そういえば、レイの親御さんはレイがユウキと付き合ってるの、知ってるのか?」
「あ~……実はまだ話してないんだぁ」
フユキくんのそんな言葉に、レイちゃんは困ったような笑顔で頬に手を当てた。
レイちゃんに髪をいじられていた白瀬さんが、レイちゃんを見上げて意外そうな顔をする。
「ちょっと意外かも。レイちゃんって、ご両親と仲良さそうだし、何でも話してそうなイメージだったから」
「うーん……流石に恋人云々の話をするのは照れくさいよぉ」
「まあ、別に話さなきゃいけないって訳じゃないしな」
「……」
そんな会話があった日の帰り道。僕は意を決してレイちゃんに声をかけた。
「……その、レイちゃん」
「どうしたの、ユウくん?」
「その、今度の週末なんだけど……レイちゃんのご両親に挨拶出来ないかな」
「えっ、挨拶? 何の?」
ピンときていない様子のレイちゃんに、僕は深呼吸を一つして心を落ち着ける。
「えっと、レイちゃんとお付き合いしてること、おじさんとおばさんにちゃんと報告しておきたいなって……」
「ええっ!?」
僕の言葉に、レイちゃんがボッと顔を赤くしてワタワタと手を横に振る。
「そ、そんな改まって挨拶なんていいよぉ……! お父さんもお母さんも、ユウくんの事はよく知ってるんだし……」
「でも、おじさんとおばさんには子供の頃から凄く良くしてもらってるから、ちゃんと話しておきたいんだ。駄目、かな?」
「うぅ……ユ、ユウくんがそう言うなら……」
***
そんな事があった数日後の休日。
僕はレイちゃんと一緒に、彼女の家へと向かっていた。
「レイちゃんは家で待っててくれても良かったのに」
「ユウくんが心配だったんだもの。本当に大丈夫?
「べ、別に平気だってば」
こんな時にまで、彼女に心配をかけてしまう自分の不甲斐なさに、僕は溜息を吐きそうになってしまう。
行くと言い出したのは僕だけど、まず何を話せばいいのだろうか……
と、とりあえず、まずは挨拶して、それから……それから……
あっ、手土産とか必要だったかな? つい手ぶらで来てしまったけど……
「あはは、手土産なんていいよぉ。初対面じゃあるまいし、ユウくんの家とは幼稚園の頃から家族ぐるみのお付き合いなんだから」
「えっ?」
「全部口に出てたよ?」
「うわぁ」
テンパりすぎだろ僕。
「……ちなみに、おばさん達にはどんな風に話してるの?」
「えっと、その……か、彼氏が出来たから紹介したいって……」
「そ、そっかぁ」
"彼氏"という部分で頬を赤らめるレイちゃんの姿に、こんな時にも関わらず胸が熱くなってしまう。
……下手に取り繕うのは無しにしよう。
レイちゃんが好きという気持ち、大事にしたいという気持ちを、誤魔化さずに伝えればいいのだ。
「えっと、ユウくん。着いたよ?」
「うん」
レイちゃんの家の前で、僕は軽く深呼吸をしてからインターホンを鳴らした。
「はーい」
呼び鈴が鳴ってから、少し間をおいて玄関の扉が開く。
扉の向こうで、レイちゃんの母親が僕の顔を見て、にっこりと微笑んだ。
「あら、ユウキくん。今日はどうしたのかしら?」
「こ、こんにちは、おばさん。えっと、今日は、その……!」
「ごめんなさいね、ユウキくん。実は今日、レイコが彼氏を連れてくるのよ。急ぎの用事でなければ、また今度にしてもらってもいいかしら?」
「お、お母さんっ!」
おばさんに事情を説明しようとするレイちゃんを、僕は手で制した。
くだらない拘りかもしれないが、ちゃんと自分の口から伝えるべきだと思ったからだ。
「い、いえ! 違うんですおばさん! ぼ、僕が、その……!」
「……うふふ、少し意地悪だったかしら?」
「えっ?」
きょとんとする僕の顔がよほど面白かったのか、おばさんが少し意地の悪い笑顔を浮かべた。
「レイコは今日まで恋人が誰かは教えてくれなかったけれど、相手が貴方だっていうことは、子供の頃から見てれば誰だって分かるわよ?」
……どうやら、親の目線ではレイちゃんと僕が付き合っていることは、お見通しだったようである。
「あ、あのっ……」
「ユウキくん、今日は来てくれてありがとう! さっ、上がってちょうだい」
「あ、ありがとうございます。お邪魔します……」
おばさんに促されるままに、僕はリビングへと案内されて、お茶が用意された席へと腰掛けた。
「えっと、
「ああ、あの人は急な仕事が入っちゃってね。パパもレイコのお相手がユウキくんだって事は分かってるから、心配しなくても平気よ?」
「い、いえっ、おじさんにはまた別の機会に、ちゃんとご挨拶させていただきますっ」
「あらあら、本当にユウキくんは子供の頃から真面目なのねぇ~。レイコもそういう所を好きになったのかしら?」
「お、お母さんっ! ユウくんの前で変なこと言わないでっ」
その後、おばさんから小一時間近く、二人の馴れ初めや交際までの経緯などを根掘り葉掘り聞かれる事になったのだが、一通り僕たちをイジって満足したらしいおばさんが、優しい笑顔でこちらに頭を下げた。
「ユウキくん」
「は、はいっ」
「――レイコを好きになってくれて、本当にありがとう」
その言葉に、レイちゃんは震える瞳でおばさんを見つめた。
「お母さん……」
「ユウキくんも知っての通り、色々と危なっかしい所もある娘だけれど……これからも、この子のことをお願いね?」
その優しい瞳に見つめられて、僕は居住まいを正した。
「……おばさん」
「何かしら?」
「挨拶が遅くなってしまって、すみませんでした」
テーブルの下で、軽く拳を握りしめる。
「僕は、レイちゃ――玲子さんと、お付き合いをさせてもらっています」
脳裏をよぎるのは、いつも僕を日陰から引っ張り出してくれる、太陽のような優しい女の子の姿。
「僕は、特別勉強が出来る訳でも、運動が出来る訳でもありません。御影学園にだって、玲子さんの手助けが無ければ入学出来なかったと思います」
「……」
「玲子さんは出会ってからずっと、内気で弱虫だった僕に勇気と自信を与えてくれました。今の僕があるのは、全部玲子さんのおかげです」
「ユウくん……」
「正直、今の僕が玲子さんに相応しいのか……まだ、自信はありません。でも――」
「彼女が僕に与えてくれたものを、少しずつでも返せるように精一杯頑張ります。だから――」
深く頭を下げる。
「どうか、これからも玲子さんとお付き合いさせてください」
「……ユウキくん」
「……はい」
かけられた声に、僕は恐る恐る顔を上げる。
「あなたはまるで、レイコが上で自分が下みたいに話すけど、それは違うわ」
「えっ……?」
「私だって、レイコが小さい頃からずっと貴方を見てきたのよ? だから、ユウキくんの良いところは沢山知っているわ」
『レイコには負けるかもしれないけど』なんて軽く茶化しながら、おばさんは続けた。
「優しくて真っ直ぐで、心から誰かを思いやれる男の子。それが私の知っているユウキくんよ。そして、そんな貴方がレイコを好きになってくれて、私は本当に嬉しかったのよ?」
「……ッ」
「きっと、レイコもそうなんじゃないかしら?」
「……ユウくん」
隣に視線を向けると、優しく微笑んだレイちゃんが、手のひらを僕の手に重ねた。
感じる暖かさと優しさに、思わず涙が零れそうになってしまうのを必死に堪えていると、おばさんがにっこりと微笑む。
「与えてもらっているとか、相応しくないとかじゃないの。あなた達は、対等なパートナーだということを忘れたら駄目よ?」
「――はいっ!」
「それにしても……」
おばさんが頬に手を当てて物憂げに溜息を吐く。何か心配なことでもあるのだろうか……?
「これって何だかアレね。そう、結婚の挨拶みたいね! 娘さんをくださいーみたいな!」
「ごふっ!?」
「お、お母さんっ!?」
「何だか久しぶりにドキドキしちゃったわ~。ママとしては学生結婚はちょっと手放しに賛成は出来ないけれど……ユウキくんがどうしてもって言うなら、一緒にパパを説得してあげてもいいけど?」
「い、いやっ! 僕はそんなつもりじゃ……! いえ、レイちゃんとの交際を適当に考えている訳ではないですけれど……!」
「お母さんやめて! ユウくんに変なこと吹き込まないでっ!」
「あら、親が元気なうちに孫を抱かせてあげようって気概は無いのかしら~?」
ケラケラと笑うおばさんの姿に、やっぱり年上の人には敵わないなと苦笑を浮かべてしまうのだった。
***
我が母ながら、イイこと言うじゃないの。
こんにちは、
いくら私が倫理観の欠如したサイコパスでNTR願望丸出しの糞野郎といえど、か弱い弱者をいじめて悦に浸るような真似は流石に躊躇われる。
しかし、その点ユウくんと私は対等のパートナー。言うなれば私がフリーレンで、ユウくんはヒンメルと言った所か。葬送のフリーレンね。
相手を信頼しているからこそ、私は遠慮なく欲望をぶつける事が出来るのだ。人間というのは、そうやって信頼関係を築いていくものなのさ。
9話ぐらいでも言った気がするが、NTRってのは思いやりなのだ。
大好きな人の笑顔が見たい……そして、それが反転した瞬間の情緒がバグった顔が見たい。そういうことである。
あるいは人生などという、ごく短い時の流れでしか生きない人間の考え方で見たら、ユウくんは敗者なのかもしれない。
でもな、勝ち負けじゃないんだよ。NTRってのはな。ユウくんの人生を滅茶苦茶にしたい、その一心なのさ。
私は完全にイカれていた。自覚はあったがどうにか出来る気もしなかった。
だがフリーレンはヒンメルが死んだことを切っ掛けに、人間を知ろうと決心したのだ。私だっていつかは変われるのかもしれない。
簡単なことではないだろう。一度死に、この世界に転生してからも変わる様子の無かった性根を変えるのは並大抵のことではない。
だが不可能では無い筈だ。
目につく人間の脳を片っ端から破壊してけば、いつかは飽きるでしょ。
まあ今は未来のことよりも目の前のユウくんである。
私は頬を染めて、彼に優しく微笑んだ。
小僧、貴様に何が出来る?
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