103.そして歯車は狂いだす

『101.玉折―参―』からの分岐です。

本編はこちらが正史として進めます。


***




 話は終わりだと、コーヒーを飲み干して立ち上がろうとする新城に対して、俺――来島くるしま 冬木ふゆきは告げた。


「――俺は、ユウキが嫌いだよ」


 俺のそんな言葉に、新城は渋い顔を作って返事をする。


「フユキ……結論を出すにはまだ――」

「だけど、俺はユウキが好きだ」

「――なに?」


 続いた俺の言葉が予想外だったのか、新城はきょとんとした顔を浮かべた。

 その様子がおかしくて、俺は少しだけ吹き出してしまう。


 新城の言っていることは間違いじゃない。

 だが、正解でも無い。


「――好きと嫌い。どちらか片方が本音なんじゃない。両方本音なんだ。どちらも本音でいいんだよ、新城」


 どんな人間にだって二面性はある。当然のことだ。

 俺やユウキ、きっと天使のようなレイにだって、人には見せない薄暗い面はあるのだろう。

 どちらか片方だけを見て、相手の全てを判断するなんて、あまりにも傲慢で早計だ。


 俺の妹への――ハルカに対する心境の変化が良い例だ。

 確かに疎んでいた時期はある。

 今だって、思春期特有の面倒臭さを出してくる妹に対して、舌打ちしたくなるような時はある。

 心底うんざりして、嫌悪する時があったとしても、それだけで俺はハルカの全てを嫌いになったりはしない。好きと嫌いは両立する――いや、両方無ければ駄目なのだ。


 "好き"だけで心を塗り固めて"嫌い"を覆い隠しても、

 "嫌い"だけで心を目隠しして"好き"から目を逸らしても、きっと良くないことになる。


 好きだけど嫌い。

 嫌いだけど好き。

 機械じゃあるまいし、矛盾してもいいのだ。


「レイのこと、諦めた訳じゃない。でも、ユウキとレイを悲しませたいとも思わない。今はそれだけだ」

「二人のことが好きだから?」

「……いや、ユウキのことは正直ちょっとムカつくかな。あいつ絶対に俺がレイのこと好きだって分かってるだろ?」

「ふふ、どうかな? オレが見た限りではそうでも無さそうだけど」

「あークソッ! そういう天然なところがイラッと来るし、憎めないんだよなぁ!」


 新城との話し合いで頭と心の整理が出来たのか、俺の心は驚くほどに穏やかになっていた。

 俺はレイの事が好きだ。大好きだ。

 もしもユウキがレイを悲しませるようならば、その時は俺がレイを奪い取ることに躊躇いは無いだろう。



 だけど、二人が幸せならば……まあ、見守ってやることもやぶさかではない。

 ユウキのことを無理やり憎んだり、レイのことを諦めるフリをするよりも余程健全だろう。

 当面は、俺はそういう考えでいることにするのだった。

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