100.玉折―弐―


 ――そして、現在。


 御影学園に入学した俺――来島くるしま 冬木ふゆきは、忙しくも楽しい日々を送っていた。

 ユウキや光一達も無事に入試を突破し、中学時代からの気のおけない友人達に囲まれて、俺は十二分に満たされていたと言えるだろう。

 それから、新しい友人も出来た。


「やっ、フユキ」

「おっす、新城しんじょう


 プラチナブロンドの髪に青い瞳という日本人離れした容姿のクラスメイト――新城しんじょう 佐鳥さとりに、俺は軽く手を上げて挨拶する。

 学生服に男子用のブレザーとスラックスを着こなす女子生徒という変わり者ではあるが、本人自体は人好きのする陽気で社交的な人格であり、俺としても好感を持っている。

 ……まあ、入学式当日にユウキに猛烈なアプローチ地味た行動をしてきた事からも、変人という事は否定出来ないが……


『ユウキに興味があったんだよ。恋愛感情とかそういうのではないけど』


 とは本人の談である。

 天然というか、何を考えてるかよく分からない奴ではある。


「フユキもレイコに呼ばれたのかい?」

「ん、俺に声をかけたのはユウキだけど、まあ似たようなもんだろ。光一と白瀬にも声をかけてたみたいだけど……」


 今日は休日。

 ユウキから『話したいことがある』なんて改まって声をかけられた俺たちは、学園近くのショッピングモールへと呼び出されていた。

 集合場所であったフードコートへ到着すると、そこには既にユウキにレイ、それに光一と白瀬も集まっていた。


オレサトリ達が最後かな? すまない、待たせたかなコーイチ?」


 新城が声をかけると、光一と白瀬達が椅子に座ったまま此方へと振り返った。


「こんにちは、来島くん。新城さん」

光一たちも来たばっかだよ。ってか、来島はともかく新城も呼ばれてたのかよ」

「ツレないことを言うなよコーイチ。付き合いは短くても、君たちとは親しい友人のつもりなんだけどな」

「いちいち馴れ馴れしい奴だな……」


 そんなことを話しながら、俺と新城は促されるように空いている席へと腰掛けた。


「……それで」


 対面に緊張した面持ちで座る二人へと視線を向ける。


「話ってなんだよ? ユウキ、レイ」



 ***



「……えっと、先に謝っておきたいんだけど、今日は急に呼び出してごめん」


 そう口火を切ったユウキに、俺は軽く笑って肩をすくめる。


「そんなこと別に気にするなよ」

「そうそう。嫌なら嫌って、ちゃんと断るし。好きで集まってるだけだっての」

「あ、ありがとう。フユキくん、神田くん」


 俺と光一の言葉に、ユウキはどこかホッとしたような表情を浮かべるが、それもすぐに真剣な表情に上書きされる。


「……それで、その……報告しておきたい事があって……」

「………………」


 ……レイは何も言わない。

 その緊迫した雰囲気に、本能が警鐘を鳴らす。

 たどたどしくも、ゆっくりと言葉を繋げていくユウキに、俺は胃液が逆流しそうな気分だった。


 言わせるな。

 殴ってでも止めろ。

 耳を塞げ。

 今すぐここから逃げ出せ。


 雑多な思考が、肉体に滅裂な命令を下す。

 ……しかし、結局俺は何も出来ずに、その瞬間は訪れた。




「……僕とレイちゃん、付き合うことになったんだ」




 休日のフードコートの喧騒が、一切耳に届かなかった。

 固まっている俺たちに、ユウキは続ける。


「皆には隠し事をしたくなかったから、ちゃんと伝えておきたくて……えっと、それで、改まって言うのも変なんだけど……僕達に気を遣ったりしないで、今まで通り仲良く――」


 ユウキの言葉が終わる前に、俺は勢いよく立ち上がると、ユウキの肩をガシッと掴んだ。


「えっ? フ、フユキく――」

「お、おいっ! 来島っ!?」


 隣に座っていた光一が、慌てたように立ち上がる。

 ユウキが驚いたような顔を俺に向ける。


 ……その顔には、優越感や憐れみといった一切の悪意が無くて、俺は――



「………………やったな! ユウキ! 念願叶ったじゃねえかっ!」

「え、あ、フ、フユキくん?」

「よかったなぁ! 本当によかった! お前、小学生の頃からずーっとレイのこと好きだったもんなっ!」

「ちょっ……フ、フユキくんっ! レイちゃんの前で変なこと言わないでよっ!」


 俺が満面の笑顔でユウキの肩を叩き続けていると、光一は呆れたような顔で椅子に座りなおす。


「……はぁ、来島。少しは落ち着けよ」

「いや、わりぃわりぃ。でも小学校からずーっとウダウダやってたユウキがやっと男見せたからさぁ! 俺、嬉しくって!」


 周りに促されて椅子に座った俺は、コップに注がれた水を一息に呷る。


「えっと、それで何だっけ? 『今まで通りに仲良くしたい』だっけ?」

「う、うん。その、僕とレイちゃんが付き合うことになっても、気を遣ったり遠慮しないで、今までと変わらず仲良くしてほしいと思ってて……」


 ユウキの言葉に、今まで黙っていたレイも顔を上げて続いた。


「その、みんな優しいから……私とユウくんがこういう関係になったら、色々と気を遣っちゃうんじゃないかと思ってて……でも、私はこれからも皆と一緒に遊んだり、仲良くしたいと思ってる。……ど、どうかな?」

「……レイちゃん」

「ユリちゃん……」


 レイの言葉に、白瀬が真剣な表情を浮かべた。


「レイちゃん達こそ、私達に気を遣わないでほしいな」

「え?」

「私は……ううん、きっと来島くんや神田くん、それに新城さんも。レイちゃん達とこれからも仲良くしたいと思ってるよ」

「ユリちゃん……」


 二人の話が終わった頃合いに、俺はパンパンと手を叩いて立ち上がる。


「はいはい、湿っぽい話は終わりな! それよりもお祝いしようぜ! 俺、何か食い物買ってくるからさ!」

「そうだな。俺も何か買ってくるか」

「そ、それじゃあ私も」

「じゃ、オレも」


 ぞろぞろと立ち上がった俺達を、ユウキは慌てて引き留めようとする。


「ええっ!? い、いやいいよフユキくん! みんなも! 僕は別にそんな……」

「いいから。俺が祝いたいんだよ! ……これぐらいさせろって、親友だろ?」

「フユキくん……」

「んじゃ、何買うかなー。夕飯前だし、重すぎない奴で――」


 立ち並ぶ飲食店へと向かう俺の手を、レイが掴んで引き止めた。


「フユキくんっ!」

「………………レ、レイ? どうした?」

「あのねっ! 私、フユキくんに喜んでもらえたことが一番嬉しいっ! 一番の親友がお祝いしてくれて、本当に嬉しいのっ!」

「………………そう、か」

「うんっ! 本当にありがとうっ!」


 それだけ言うと、レイはユウキの隣へと戻っていく。


「……レイちゃん、話して良かったね」

「うんっ!」


 そう微笑み合う二人の手が、テーブルの下で重なっていた。

 ……結局、俺は何もせずにユウキに負けたのだ。




「――は、ははっ」


 友情。

 親愛。

 好意。

 嫉妬。

 憎悪。

 悲しみ。

 孤独。


 全てが頭の中でごちゃ混ぜになって――


 俺はもう、笑う以外にどうすればいいのか分からなかった。



 ***



 なかなか楽しい見世物だったな。

 フユキくんの名演にレイコはご満悦だった。

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