101.玉折―参―


 ああ、イ~イ気分だぁ。


 こんにちは、音虎ねとら 玲子れいこです。

 ユウくんとの交際カミングアウトを済ませた私は、フユキくん達からの血を吐くような祝福を一身に受けてご満悦だった。

 ユリちゃんや神田くんも良かったが、やはり一番はフユキくんだな。手間暇かけた時間が違うだけある。

 不穏な感情を表に出さないように、表情が笑顔で固定されてしまっているのが実にイイッ。その健気な態度があまりにも不憫で、私は思わずフユキくんを抱きしめたくなってしまう。


「ユウキは小学生の頃から、ずっとレイにべったりでさ。正直ようやくって感じだよ。ははっ……」


 私は会話を誘導して、フユキくんが自ら思い出話をするように仕向ける。招いた側として、トークを盛り上げるのはホストの大事な役目だからな。

 友人ならばもてなしたいのだ。喜んでもらえたなら……素敵だぁ……♥


「あはは……フユキくんには色々相談に乗ってもらったりしたよね」

「……本当だよ。ユウキがいつになったらレイに告白するのか、気が気じゃなかったぜ」


 自ら傷口を抉るような真似をする哀れなフユキくんに、私は恥ずかしそうに微笑みながら、上気した頬を押さえてネットリとした視線で彼を観察しながら思うのだ。

 逆だったかもしれねェ……ってな。

 ユウくんとフユキくん。両者の違いなんて本当に些細なものであり、一つボタンをかけ違えていればお互いの立場は逆だったのかもしれない。

 兄であるイタチへの想いから、木の葉隠れの里と敵対する事を選んだサスケと、周囲から迫害されながらも里を守りたいと願ったナルトの様に……


 前世でも、私のことを血も涙も無い極悪非道で人格破綻者のクズ呼ばわりする人間は居たが、それは大きな間違いである。

 私はただ自分の夢に向かって全力で努力しているだけなのだ。

 教師や大人がどれだけ綺麗な言葉で言い繕おうとも、所詮人生とは他者との競争、奪い合いよ。

 自分の人生をたまたま私に食い散らかされたからといって、それで私を恨むのはお門違いというものだ。恨むなら、私という大災に備えなかった己の無策を恨むべきなのである。

 もっと真面目にやれ。

 強固な目的意識を持ち、自分の人生の舵取りをしていれば、私のようなケチな小悪党なんぞに躓くことも無かった筈なのだ。

 それを愛だの友情だのと曖昧な感情でフワフワぷらぷらと漫然に人生を過ごしているから、つまらんことで怪我をするのだ。私を見習え。確固たる目的意識で人生を生き抜いているこの私を。


 だが……どれだけイキがろうと、私も所詮は何処にでもいる極々普通の一般通過JKに過ぎない。

 ある日、何の前触れもなく、闇に潜む巨悪に人生の全てを破壊されることだってあるかもしれない。

 そう考えれば、これまで私が面白半分に脳を破壊してきた人間達と、私に大した違いなど無いのだろう。ほんの少しの些細な違い――私と彼らはコインの裏表、南と北、表裏一体の相克存在。何か一つ違えば、敗者の側に立っていたのは私だったのかもしれない。

 だから私は、私に食い物にされた哀れな子羊を見た時は、自戒を込めてこう言うのさ。逆だったかもしれねェ……ってな。



 その後、二重の意味でフユキくん達からのお祝いを堪能した私達は、夕暮れ時にその場を後にする。


「……ユウくん」

「ん、どうしたの? レイちゃん」

「みんな、すごく……すっごくいい人達なんだなって、改めて分かって……なんだか、嬉しいね」

「……うん。そうだね」



 ***



「――フユキ、少しいいかな?」

「ん、新城しんじょう。何か用か?」


 レイ達との拷問のような祝宴を終えた俺――来島くるしま 冬木ふゆきは、帰り際に新城に引き止められた。


「君に聞きたい事があってね。良ければ少し話さないかい?」

「あー……」


 ……正直、疲労困憊だった俺は、すぐにでも帰ってベッドに倒れ伏したい気分だった。新城には悪いが、ここは断って――


「……コーイチやユリも酷かったが、フユキの"色"が一番見ていられなくてね」

「ん、"色"?」

「ああ、すまない。こっちの話だ。それよりも――」


 新城が俺の肩に手を置くと、耳元で囁いた。


「君、レイコのこと好きだっただろう?」

「………………」


 新城の言葉に、俺は固まってしまった。

 そして、その反応が質問に対する回答であることは、誰の目から見ても明白であった。


オレサトリは君たちの中では一番新参者だからね。そういう浅い関係の人間の方が、話しやすいことも有るんじゃないかい?」

「俺、は……」


 呻くように呟く俺に、新城は真剣な眼差しを向ける。

 その視線には、色恋沙汰に対する野次馬根性や、ゴシップに対する好奇の色は一切無く、ただただ此方を案じている様子だった。


「自覚、無いかもしれないけど、今のフユキは相当酷い顔してるよ。吐けるなら吐いた方がいい。オレで良ければ付き合うからさ」



 ***



 その後、近くのコーヒーチェーンに立ち寄った俺達は、ポツポツと取り留めのない話を新城に語った。

 過去の事。現在の事。これからの事。


「……レイコも残酷だな。一番近くで見ていた君に、愛情ではなく友情を強要するのだから」


 新城の言葉に、俺は首を横に振る。


「……違う。間違っていたのは俺の方だ。最初から分かっていたんだ。レイが俺を見ていない事は……あいつの目は、いつだってユウキに向けられていた。分かっていたさ……そんなことは……」

「自分の好きな人が、自分を好きでいてくれれば――そんな単純なことが、こんなにも難しいんだな」


 ――新城の言葉に、俺の胸中から黒い何かが這い出てくる。


「……じゃあ、ユウキからレイを奪い取ってしまえばいいじゃないか」


 殆ど無意識に溢れた言葉。

 口にしてから、自分が何を言っているのかを理解し、自己嫌悪で喉を掻き切りたくなる衝動に駆られてしまう。


「……フユキ」

「――ッ」

「それは"アリ"だ」

「………………えっ? いや……」


 自らの最低な発言に、新城からどんな言葉が返ってくるのかと俺は肝を冷やすが、彼女の返事は想定外のそれだった。


「というか多分、それが一番簡単イージーだ。政略結婚でもあるまいし、一度恋人関係になった相手と、生涯添い遂げなければいけないという決まりも無いだろう?」

「それは、まあ……」

「まあ、今そこで祝福した相手の破局を肯定出来るほど、オレはイカれてないけどね。ユウキのことは嫌いかい、フユキ?」


 新城の言葉に、俺は自分の中から答えを探そうとするが、出てきた言葉は明確とは程遠い曖昧なものだった。


「……分からないんだ。ユウキのことは親友だと思っている。それは嘘じゃない」


 でも。


「確かに存在するユウキを憎む自分。それを否定する自分……あまりにも長い時間を、俺はユウキとレイと一緒に過ごしすぎた。もう、何が自分の本音か分からないんだ……」




「どちらも本音じゃないよ。まだその段階じゃない」


 懺悔するように告白した俺に、新城はなんてこと無いような気楽さで答える。


「ユウキを憎む君。それを否定する君。どちらも今はただの可能性だ」


 新城はカップに中途半端に残る冷めたコーヒーを一息に呷ると、両手に指を一本ずつ立てて話を締めた。


「どちらを本音にするのかは、君がこれから選択するんだよ」

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