98.懐玉―伍―
――数年後。中学3年生の2月。
「とりあえず、お疲れ様だな。レイ」
「うん。フユキくんもね」
御影学園の推薦入試の合格発表日。
無事に合格を確認した俺――
いつもは一緒に下校する事が多いユウキ達一般入試組は、試験に向けて最後の追い込みとばかりに、塾やら自習室やらで各自勉強中なのである。
何かと彼らをサポートすることが多かった俺やレイではあったが、流石にこの段階に至ってアレコレ手を貸すのは逆効果であると分かっているので、そっと彼らを見守る姿勢をとっているのであった。
「……あんま嬉しそうじゃないな?」
「そんなこと無いよぉ。……ただ、ユウくん達のことが心配で、あまり浮かれた気分にはなれないかなって……」
自分のことより他人のこと、か。
相変わらずお人好しというか利他的というか……俺は隣で表情を曇らせる心優しい少女に苦笑する。
もう長い付き合いになるが、レイは基本的に万事がこの調子である。
その人格は素直に尊敬出来るし、個人的にも好ましいとは思っている。
しかし、もう少し自分の欲求や願望に素直になってもいいのに……と横で見ている者としてはヤキモキしてしまう。
だから、俺はそんな彼女の頭を軽くかき乱すように撫でた。
「わわっ!? な、何するのよっ」
「レイが辛気臭い顔してるからだよ。こういう時ぐらい素直に喜べ。結構なレベルの進学校に受かったのにそんな顔して帰ったら、
「そ、そんな事言われても……」
「ユウキ達なら心配無いって。この間の模試だって、悪くなかっただろ? むしろ、レイが暗い顔してる方がアイツ等には悪影響だよ」
「むぐぅ……」
思い当たる節があるのか、俺に言い返せずにレイは言葉に詰まる。
そんな彼女の様子に愛しさを覚えつつ、俺はそれを誤魔化すように頭一つ低い所にある彼女の髪を乱暴に撫でた。
「きゃっ! も、もうっ! フユキくん! 髪崩れちゃうからやめてっ」
「はは、少しは調子出てきたみたいだな」
「あーーっ!!」
そんな風にじゃれ合う俺たちの背後から、唐突に大きな声が響いた。
「ん? 何が――ぐわっ!」
「
背中からタックルされてつんのめった俺が振り返ると、そこにはレイに抱きつく三つ下の妹――
「あっ、ハルちゃん。久しぶりだね~」
「お久しぶりです、レイコさんっ!」
身体が弱く、入院がちだったのも既に過去の話。今や妹は同年代の男子にも負けないパワフルな少女に成長していたのである。
「ごめんねハルちゃん。受験勉強でバタバタしてて、中々顔を出せなくって」
「いえいえ、お気になさらず! ……あの、それで御影の入試は……」
「ん、おかげさまで無事に合格しました」
「わぁっ! おめでとうございます! レイコさんっ!」
そして、何かと顔を合わせる機会が多かったレイに、ハルカは滅茶苦茶懐いていた。
まあ、ユウキに対してもそうだったけど、レイは何かと誰かの世話をしたがるからな。
退院してからも、まだ無理の出来なかった時期のハルカの遊び相手を、彼女はよく買ってくれていたのだ。
『将来はレイコさんみたいな素敵なお姉さんになる!』と公言して憚らない妹に、俺は苦虫を噛み潰したような顔を向ける。
「いや、レイより先に俺の合否を聞けよ」
「別におにぃの心配はしてないもん。どうせ受かってるんでしょ?」
「お前って奴は……まあ、そうだけど」
「ん、おめでと。それよりもレイコさんっ!」
扱いが軽すぎる。
「是非、お祝いをさせてくださいっ!」
「ええっ、そんないいよぉ」
「そう言わずに! 実はもうプレゼントも用意してあるんです。レイコさんは絶対に合格するって信じてましたから!」
「お前、いつの間にそんなこと……」
「なによ。おにぃの分もちゃんと用意してあるから後であげるわよ」
「ハルちゃんってフユキくんに割と当たり強いけど、結構ブラコンだよね」
そんなこんなでハルカのゴリ押しにより、レイはプレゼントを受け取る為に、少し回り道をして俺の家へと寄っていくことになった。
「はぁ……悪いな、レイ。ハルカに付き合わせちまって」
「あはは、別にいいよ。お祝いしてくれるのは嬉しいし。久しぶりにハルちゃんとお話もしたかったから」
「本当ですかっ! 私もレイコさんと久しぶりにお喋り出来て嬉しいですっ」
そして、レイの本来の帰り道から数分ばかり遠回りをした俺たちは
「お邪魔しまーす」
「すぐにプレゼントを持ってきますから! 少し待っていてください!」
慌ただしく自室へと向かうハルカを見送りつつ、俺はリビングへ音虎を案内する。
「茶でも持ってくるわ。少し待っててくれるか」
「あっ、手伝おっか?」
「いいから座っとけ。ハルカの我儘聞いて貰ってるんだから、それぐらいさせろよ」
そう言い残して、俺はキッチンへと向かう。
グラスにドリンクと適当な菓子を用意していると、自室から小包を持ってきたハルカが俺の隣に忍び足でやってきた。
「ん、どうしたハルカ?」
「おにぃ。私に感謝してよね」
「はぁ? 一体なんの話――」
「パパとママも家に居ないし、良い機会でしょ。さっさと告白しなさいよね。一体いつまでレイコさんを待たせているのかって話」
妹の突拍子もない言葉に、俺は握ったグラスを思わず落としそうになる。
「おまっ、いきなり何を言っているんだよ……!」
「レイコさん、ぜぇーったいにおにぃのこと好きだからっ!」
「んな訳ねえだろっ。……あいつは、ユウキのことが……」
「……確かに、ユウキさんの事も大事に思ってるのかもしれないけど……レイコさんがおにぃを見る目は、それとはちょっと違うもん。こう……なんか、じっとりした熱が籠もってるっていうか……同じ女の子だから分かるんだってば!」
「ガキが何言ってんだか……ほら、さっさとレイにプレゼント持ってけよ」
シッシッと手を振ると、ハルカは生意気そうに鼻を鳴らす。
「フン。おにぃのチキン! ……とにかく、私は適当なタイミングで席外すから。おにぃはレイコさんと上手くやりなさいよっ」
「はぁ? お前なぁ……!」
流石にお節介が過ぎる。
俺は少しお説教をしようとハルカに振り返るが、妹の表情は予想外に真剣なものだった。
「……おにぃ、本当にこのままでいいの? ユウキさんが大切な友達なのは分かるけど、それを告白しない言い訳に使ってない?」
「ハルカ。お前……」
「……私が入院してた頃からそう。おにぃはすぐに色んなことを我慢して諦めちゃう。それ、我慢する理由に使われる方もすっごい申し訳なくて嫌な気持ちになるんだからね?」
「それは……」
「ユウキさんのこと、レイコさんのことも。本当に大事に想っているなら、ちゃんと言わなきゃいけないことってあるんだからっ」
上手い返事が出来なかった俺に、ハルカはべーっと舌を出して去っていった。
「レイコさん! 改めて御影学園合格おめでとうございます! これ、どうぞっ!」
「わっ、ハルちゃんありがと~!開けてもいい?」
「はい、ぜひぜひっ!」
リビングから聞こえる姦しい声に、俺は独り天を仰ぐ。
「……言い訳、か」
妹の図星を指す言葉に、俺は深く長いため息を吐いた。
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