97.懐玉―肆―


 正直、限界だったのかもしれない。


「――クソッ!!」


 チームメイト達が帰った後の、人気のないロッカールームで俺――来島くるしま 冬木ふゆきは苛立ち任せにパイプ椅子を蹴り飛ばした。


 西校との練習試合。

 両親が応援に来ると聞いた時、顔には出さなかったが俺は嬉しかった。


 強がってはいたが、やはり寂しかったのだ。両親の目が自分に向いていないことが。

 疎ましく思っていたのだ。父と母の愛情を独占する妹の存在が。

 ――そして、嫌いだったのだ。そんな自分勝手なことしか考えられない自分が。



 ***



 試合当日の朝のことである。


「――えっ?」


 申し訳無さそうな顔をする母から告げられた妹の体調不良。

 幸い深刻な状態では無いのだが、万が一ということもある。

 だから、俺は――


「それなら、父さんと母さんはハルカの傍に居てやって。――応援? 別にいいって。ただの練習試合なんだからさ」


 そう言って、何でも無いような笑顔を作る。

 親が望んでいるであろう言葉を、表情を、先回りして吐き出す。


 合流したチームメイトに、頼れるエースの顔を作る。


 応援に来ていたユウキと音虎に、感謝と軽口で気安い空気を作る。


 勝利した試合で、打ち負かした対戦相手に敬意を払った態度を作る。


 作る。作る。作る。



 ――誰のために? 



 自覚した瞬間、抑え込んでいた何かが破裂した。

 周囲に人が居ない状況というのも有ったのだろう。誰も見ていないというある種の開放感から、自傷行為に等しい八つ当たりを、目の前の無機物パイプ椅子にぶつけた。

 鉄を蹴り飛ばした足に鈍い痛みが走ったが、身体を駆け巡るアドレナリンがそれを誤魔化す。

 まだ足りない。まだ吐き出し切っていない。俺の中に溜まる黒い何かを。

 俺は振り上げた拳を、コンクリートの柱に向かって――


「――来島くん!? 何やってるのっ!」


 背後から柔らかい何かに抱きしめられて、俺の動きが止まった。


「……音虎?」

「こんの……おバカっ!!」

「ちょ、うおっ!?」


 背後の音虎が、女子とは思えないような信じられない力で俺を床に引きずり倒す。

 姿勢の関係で、俺に馬乗りになった音虎は荒い呼吸で俺に詰め寄った。


「中々戻ってこないから心配になって来てみれば、来島くんは何やってるのっ! 物に当たるのも良くないけど、君が怪我しちゃったらどうするのっ!」

「出待ちしてたのかよ!? というか、ここ男子用! 俺が着替えてたら、どうするつもりだったんだ!?」


 音虎に馬乗りされたまま、勢い任せに口論をすること数十分。

 お互いに頭が冷えてきた頃合いで、俺は誤魔化すように頭を掻きむしった。


「……っつーか、ユウキは? 試合終わってから結構経ってると思うんだけど」

「ユウくんには先に帰ってもらったよ。暑い中で付き合ってもらうのも悪いかなって。……だから、さっきのアレ。知ってるのは私だけだから安心して」


 音虎はそう言って、部屋の隅に蹴り飛ばされたパイプ椅子を指差した。


「あー……うん。そっか」

「……ねえ、来島くん。何かあった? 余計なお節介だと思うけど、私で良ければ話聞くよ?」

「ん……いや、何でもねえよ。ちょっとイラツイてただけだ。音虎が気にすることじゃない」

「何かあった? 余計なお節介だと思うけど、私で良ければ話聞くよ?」

「……いや、だから何でもねえって」

「何かあった? 余計なお節介だと思うけど、私で良ければ話聞くよ?」

「あれ? ”はい”って言うまでループする奴か? これ」

「何かあった? 余計なお節介だと思うけど――」

「ああもう分かった分かった! 怖いからそれやめろっ!」


 ……その後、音虎のプレッシャーに負けた俺は、渋々彼女に事情を話した。

 妹のこと。両親のこと。そして俺のこと。

 一度口にすると、言葉は想像以上にスラスラと走り出した。

 ……きっと、心のどこかでは誰かに話を聞いてほしかったのだろう。


「――まあ、こんな感じ。要は寂しくて拗ねてただけだよ。だから本当に音虎が心配することじゃないんだ」


 そう言って俺は話を畳んだ。

 誰かに聞いてもらったことで、幾らかスッキリとした心持ちになった俺は、音虎を連れてロッカールームを出ようと――


「来島くん」


 音虎が、俺を抱きしめた。

 先程のように、力づくで羽交い締めにするのではなく、優しく包み込むように。


「はっ? ね、音虎――」

「来島くんは、もっと我儘になった方が良いと思うの」


 突然のことに目を白黒させている俺を、音虎は落ち着かせるように優しく頭を撫でた。


「良いお兄ちゃん。良い息子。良いチームメイト。それを貫こうとするのは来島くんの優しさだけど、それで傷ついている貴方を見るのは……私は辛いかな」


 クラクラするような甘い香りに優しい言葉。

 音虎の一言一句に、俺は恐ろしいほどの安らぎを感じていた。

 この少女に、身も心も委ねてしまいたくなるような――


「生き様に一貫性なんて必要ないよ。お腹が減ったら食べる様に、憎いなら怒ればいい」


 慈愛に満ちた優しげな表情で、音虎が俺を見つめる。


「私は来島くんの全てを――肯定するよ」



 ***



 まあ、ここで簡単に堕ちるようなら親友枠には不合格だがナ。


 こんにちは。音虎ねとら 玲子れいこです。

 という訳で、私はユウくんの親友NTR枠の選別に勤しんでいた。現在は親友枠の最有力候補である来島くんのテスト中である。


 まあ、来島家の問題については、私は事前調査で把握していたので、そろそろ爆発するかなーと構えていたのだが、実に良いタイミングで破裂してくれたものである。

 ユウくんを先に帰らせておいて正解だったな。彼の目が無いから、私は全力で来島くんで遊ぶことが出来る。私は自分の完璧なチャート進行にうっとりしていた。


 しかし懐玉編の筈なのに、私のやる事なす事が真人や呪霊側に寄っていくのは何故なのか。私はどちらかと言えば悟か傑ポジだろう。楽しみだよね。渋谷事変アニメ。

 まあ、今は呪術よりも来島くんである。

 人間性・ルックス・ユウくんとの相性等など、全てにおいて高いステータスを誇る斬拳走鬼に隙のない親友枠候補である彼だが、後はどれだけ私への耐性を持っているかが重要だ。

 ここで簡単に私の甘言に惑わされるようでは、残念ながら親友枠として不適格と言えるだろう。

 親友枠に必要なのは、私のようなクズの誘惑から自分を律する鋼の如き理性なのである。誰がクズだ。クズじゃないよ。私は極々平均的な人間性を持つ女である。

 そんな私が特別クズに見えるのなら、それは語り手の視点が私の一人称だからである。心の中身があけすけに見えりゃ~人間誰だってクズに見えるもんさ。私以外の奴だって一人称の語り手になれば、私と大差ないクズの筈である。世界は綺羅星のようなクズ達によって回っているのさ。

 閑話休題。


「お、俺、は……」


 ……駄目か? 

 来島くんの様子を見て、私は親友枠作成失敗の予感がしていた。

 いくら人間的に優れているとはいえ、彼はまだまだ小学生。本気を出していないとはいえ、私の洗脳に抗えというのは無茶振りだったかな? 

 まあ、来島くんが駄目だったなら、それはそれでしゃーないな。

 そんときゃーまた新しい駒を探せばいいし、私は未来ある子供が堕ちるザマをじっくりと見たかった。


「来島くん。もう無理しなくていいんだよ? ありのままの君でいいの。私が受け止めてあげるから」

「ありのままの、俺……?」

「そう。本当の来島くん。優しくて、頼り甲斐が有って、でも少し寂しがり屋で……大切な、私の友達」


 アァ~~楽しい~~。

 私は来島くんという新しいオモチャに夢中だった。

 畳と女房は新しい方が良いというのは人類の真理である。

 堕ちろ~~……! 私に依存するんだよゥ~~……! 


「……音虎」


 ひょ? 

 来島くんが私の両肩に手を置くと、彼は優しく私を引き剥がした。


「……心配してくれてありがとな。マジで嬉しかったよ。……でもさ」


 私を見つめる彼の顔は、強い意思の籠もった勝ち気な笑顔だった。


「両親や妹に腹を立ててる俺も、家族のことを大事に思っている俺も、どっちも嘘じゃない本物なんだ。……だから、もう少しだけ無理してみるよ」


 それに、と彼は続けた。


「今日だけでも色々世話になったのに、この先も音虎に甘えっぱなしなのは流石にカッコ悪いだろ? これでも男子だからさ、女子の前ではカッコつけたいんだよ」

「……そっか! やっぱりフユキくん・・・・・は強いね!」

「へ? "フユキくん"?」


 私の言葉に、彼はきょとんとした顔を浮かべた。


「うん。前から思ってたけど、そろそろ私達って下の名前で呼び合ってもいいんじゃないかなーって。いつまでも音虎ー音虎ーって、他人行儀でちょっと寂しかったんだもん」

「はぁ、そんな急に言われてもなぁ……」

「なによぅ。今日は色々してあげたんだから、それぐらいいいでしょー?」

「はいはい。分かったよ……あ~、レイ・・。これでいいか?」

「よろしい! ……それじゃあ、帰ろっか。フユキくんっ」


 そう言うと、私は彼の手を握ってロッカールームを後にする。

 最初は手繋ぎに抵抗するフユキくんだったが、最終的には諦めて帰り道が別れるまで、私の手を握ってくれた。


「それじゃ、またね。フユキくん?」

「おう。今日は応援ありがとな。……あ~、レイ・・


 照れくさそうにそう言うフユキくんを、私は見送る。

 ……やはり親友枠は彼で決まりだな。実に有意義な週末を過ごせたことに、私は大満足である。

 ここからはフユキくんとユウくんの友情を育みつつ、私に対する執着を繊細なバランスで熟成させていくのだ。今すぐに彼らの絶望を味わえないのは残念だが、それだけの価値は有る。

 新しいものにばかり飛びつくのは浅はかな人間のやることである。真に価値のあるものは歴史の積み重ねの中からしか生まれないのさ。

 そう、シリーズ16作目にして10年ぶりの新作であるアーマードコア6の様にな。

 Ⅳ系列とⅤ系列から大きく変わったバトルシステムは、スタッガーにより攻防にメリハリを効かせたロボットバトルが楽しめる良デザインだと私は思っている。遠距離からスナイパー気分を味わいたいレイヴン達には残念かもしれないが、ショットガンをブチ込んでよろめいた相手にブレードを叩き込むのも楽しいものさ。

 映像もフロムらしく実に美しい。エフェクトも綺麗でブレードをぶん回した時の爽快感にも貢献している。地味だがマップや背景も素晴らしいので、探索ミッションでじっくり見学するのも一興だろう。

 まあチュートリアルが不十分なのは多少不満ではあるがね。ウォルターも最初のヘリの時ぐらい「近づいてブレードで斬ってスタッガーさせろ」ぐらい言ってくれても良くない? ターゲットアシストは右スティックを触ると解除されるとか誰も教えてくれないし、説明不足な点が目立つのは気になるところではある。


「身体は闘争を求める」


 私はルビコンのことで頭がいっぱいだった。

 シリーズ最新作『ARMORED CORE VI FIRES OF RUBICON』好評発売中。

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