96.懐玉―参―


「ねえねえ、今度の週末って来島くん、サッカー部の試合に出るんでしょ?」


 放課後の帰り道。

 僕――立花たちばな 結城ゆうきと幼馴染のレイちゃん、それに最近とても仲良くなったフユキくんとの三人での下校中のことである。

 ふとした会話の流れから、レイちゃんが大事なことを思い出したかのような口ぶりで、そんなことを話すのだった。


「ん、隣の西校との練習試合だけどな。それがどうかしたか?」

「応援、行ってもいいかな?」


 レイちゃんの言葉に、フユキくんは目をぱちくりとさせた後で、苦笑しながら手を振る。


「止めとけ止めとけ。本当にただの練習試合だし、見てても多分面白くねえぞ?」

「むぅ、そんなこと無いわよ。それに、友達が頑張ってる所を応援するのって、面白いとかつまらないって話じゃないと思うんだけどなぁ」

「いや、応援ったってなあ……一応見学は自由だけど、周りもサッカー部の奴か、その両親ぐらいしか居ないぞ?居づらくないか?」

「もうっ、来島くんはそんなに私に応援されるの嫌なの?」


 不満げに唇の先を尖らせるレイちゃんが、助けを求めるように僕へと視線を向ける。


「ユウくんも、来島くんの応援したいよね?」

「えっ?」

「待て待て、ユウキまで巻き込むなよ。可哀想だろうが。ユウキ、嫌なら嫌って言っていいんだぞ?」


 そんなフユキくんの気遣いの言葉に、僕は少しだけ考えたあとで口を開く。


「えっと、フユキくんが迷惑じゃなければ、僕も一緒に応援したい、かな……」

「かーっ、ユウキまでそんな事言うのかよぉ」


 僕の言葉に、レイちゃんが喜色満面の様子で僕に抱きついてきた。


「ありがとーっ! ユウくんっ! それじゃ、多数決的にも来島くんの意見は否決でーす」

「この3人で多数決はずるいって。ユウキは音虎の味方だし、意見が割れたら絶対に俺が不利じゃん」


 口ぶりとは裏腹に、なんだかんだでフユキくんは嬉しそうである。

 それは、友達が応援に来てくれることへの喜びなのか。



 それとも、レイちゃんが応援に来てくれることが――



「……っ」


 ……自分の中に湧いた嫉妬めいた醜い考えを散らすように、僕は頭を軽く振った。

 フユキくんはいい人だ。引っ込み思案で内気な僕なんかとも、すごく仲良くしてくれている。

 男子たちのリーダーで、運動が出来て、明るくて、優しくて、カッコよくて……


「ねえねえ、はちみつレモンとか差し入れしてもいい? 手作り、してみたかったんだぁ」

「もう音虎が来るのは諦めたけど、たかが練習試合であんまハシャぐなよな。恥ずかしいな……」


 レイちゃんと並ぶと、二人はとてもお似合いで……



 ……本当に、僕なんかとは正反対で……



「――それじゃ、俺こっちだから。またな~」


 お互いの帰宅ルートが分かれる交差点で、フユキくんの別れの言葉に僕は我を取り戻すと、慌てて返事をする。


「あ、う、うん……またね、フユキくん」

「ばいばーい、来島くーん」


 フユキくんと別れると、僕はレイちゃんと二人きりの帰り道を歩く。

 ……少し前までは、行きも帰りもレイちゃんとずっと二人きりなのが当たり前だったんだけどな……


「フユキくんの応援、頑張ろうねっ! ユウくんっ」

「う、うん。そうだね……」


 僕の歯切れの悪い返事に、レイちゃんが心配そうにこちらを覗き込む。


「……ユウくん? なんだか元気無いけど、大丈夫?」

「えっ? な、何でも無いよ。僕は全然、平気……」

「本当にぃ? ユウくん、嫌なことが有っても我慢しちゃうからなぁ」

「ほ、本当だよ? 本当に、何でも無いんだ」


 僕の言葉に、レイちゃんは渋々といった様子で引き下がる。


「むぅ……ユウくんがそう言うなら、これ以上は聞かないけど……」

「うん、心配してくれてありがとう。レイちゃん」

「……でもね」


 不意に、レイちゃんの柔らかい両手が、僕の空いていた手を握りしめた。


「レ、レイちゃんっ?」

「でもね、ユウくん。何か困った事があったら、いつでも私に言ってね? ユウくんの悩み事、私がぜーんぶ解決してあげるからっ」


 彼女はそう言うと、夕日にキラキラと髪を輝かせて微笑んだ。

 その眩い姿は、穢れとは無縁の清らかな存在に見えて、僕は――


「……うん。それじゃあ、その時はレイちゃんに相談するね?」

「まっかせて! 私は――いつでもユウくんのそばに居るからねっ」


 ……言えないよ。

 フユキくんとあんまり仲良くしないで、なんて。

 ずっと僕だけを見ていて、なんて。


「ユウくん?」


 そんな薄汚れた願いを、無垢な君には触れさせられないよ。



 ***



「送ってくれてありがとう、ユウくん」

「うん。またね、レイちゃん」


 自宅の前でユウくんの姿が見えなくなるまで手を振って見送った私――音虎ねとら 玲子れいこは自室へ入ると、ドアに鍵をかける。



「はぁ……はぁ……ハハハッ」


 私はユウくんの前では抑えていた荒い呼吸を解放すると、ベッドへと倒れ込む。

 ユウくんから漏れ出していた、愛らしい負の感情……私は身体の火照りを愉しむように身悶えしながら、笑みを浮かべた。


 あれが寝取られ男の王――立花結城。

 現時点では、私が前世で脳を壊してきた男達よりも、NTRぢからの総量では劣るはず。

 なのにあの存在感――寝取られ男としての格が違う! 


 これは確信だ。

 たとえどんなNTRシチュを用意したとしても、ユウくんさえ居れば私は最高の脳破壊を味わえる。


「……しかし、参ったな。私は今、どうしようもなく――」



 ――今すぐユウくんの脳を壊したい。



「うーん、もどかし~~! ……でも、まぁいっか!」


 壊したいのに壊せない。この不自由な縛りすらも快感に感じながら、私は天井に向けて微笑みを浮かべる。


肉体からだと違って、魂は何度でも殺せる」


 次はどう殺してやろうかな……



 ***



 天上天下唯我独尊。

 己の快・不快のみが生きる指針。


 ――音虎玲子。

 彼女にとっては、自分の行いで誰が救われようが、誰が絶望しようが――どうでもいい。

 唯一の好奇は、ただ一人。

 それ以外は――


 ――心底どうでもいい。

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