93.久しぶりのクズモノローグ


「ユウくん、こっちこっち」


 喫茶店を出たレイちゃんと僕――立花たちばな 結城ゆうきが向かったのは、ショッピングモール内の雑貨店が立ち並ぶフロアだった。


「へぇ、文房具のフェアなんてやってたんだ」

「うん。さっき少し調べてみたら、ここで結構大々的にやってるって書いてあったんだ。高校生になったし、ペンとか小物とかちょっと変えてみようかなって」


 個人的にはあまり関心のないジャンルではあったが、それでも普段は目にしない色鮮やかな文具を眺めるのは、意外と興味深かった。


「わっ、このガラスペンかわいい! 学校では使わないけど買っちゃおうかなー」


 何より、コロコロと楽しそうに表情を変える少女の横顔は、いくら眺めていても飽きることは無いだろう。


「……あっ」

「どうしたの、ユウくん?」

「レイちゃん、ちょっと向こうのボールペンコーナー見てもいい? 使ってた奴、この間失くしちゃったから新しいの買おうと思ってたんだ」

「うん、私も一緒に見ていい?」

「はは、もちろん」


 そうして、僕とレイちゃんは連れ立って筆記用具が並ぶコーナーへ。

 ズラリと多種多様なボールペンが並んでいるが、僕は正直それほど筆記用具にこだわりを持つタイプでは無いので、適当に有名メーカーの手頃な値段の多色ペンを手に取った。


「それにするの?」

「うん。レイちゃんも何か買うもの見つかった? レジに行くなら一緒に……」

「あ、ちょっと待って」

「うん?」

「えっと……これにしよっ」


 レイちゃんはそう言うと、僕と同じボールペンの色違いを手に取った。


「レイちゃんもそれ買うの?」

「うん。……えへへ、ユウくんとお揃いだね?」

「えっ? あー、そういうこと?」


 なんてこと無いボールペン片手に微笑むレイちゃんに、僕はなんだか気恥ずかしくなって頬を掻いた。


「こんなのでいいの? その、お揃いにするなら、もっとちゃんとした奴の方が……」

「いいのっ。ユウくんが選んだこれがいいっ」

「そ、そっか……」


 レイちゃんはニコニコと嬉しそうに、ボールペンや他の文具を持ってレジへ向かう。

 別に高級品でも何でもないボールペンだけど、彼女とお揃いだと思うと、それだけで輝いて見えるのだから不思議である。


「次はどうしよっか?」


 買ったものをショッピングモール内のロッカーに預けると、レイちゃんがそんな風に尋ねてきた。


「うーん、映画とかどうかな? レイちゃん何か見たいの有る?」

「いいね~。今って何やってたかな?」


 僕はスマートフォンにショッピングモール内のシネコンのページを表示して、レイちゃんに向けた。


「う~ん……どれがいいかな~」


 真剣な様子でスマートフォンのディスプレイを見つめる彼女の横顔に、僕は胸が温かい何かで満たされるような心地になる。


 しっかりしてそうで、結構行き当たりばったりな所。

 落ち着いている様に見えて、割とテンパりやすい所。

 ボールペンをお揃いにするだけで、子供みたいにはしゃいでしまう所。


 ……今日だけで、レイちゃんの新しい一面をたくさん知ることが出来た。

 きっと、僕はこれからもっとレイちゃんの色んな顔を知っていくのだろう。


「……楽しみだな」


 思わず溢れた言葉に、レイちゃんがきょとんとした顔を僕に向けた。


「ユウくん、何か言った?」

「ううん、何でも無いよ。それより、この映画とかどうかな?」

「あっ! 最近CMでよくやってる奴だよね! 前に学校でフユキくんも気になってるって……」

「……レイちゃん?」


 不意に黙り込んでしまったレイちゃんに、僕は怪訝な表情を浮かべていると、彼女は意を決した様子で口を開いた。


「……あのね、ユウくん。その、私達のこと――私達がお付き合いするようになった事、フユキくんやユリちゃん達には、話しておきたいと思ってるんだけど……」

「……えっ?」



 ***



 こんにちは、音虎ねとら 玲子れいこです。

 さて、晴れてユウくんと恋人関係になった訳ではあるが、ここから即NTR行為に走ろうとするのは、物を知らないアマチュアである。

 むしろNTRで大事なのはここからだ。恋人との甘々なイチャラブ期間が有るからこそNTRが輝くのである。暗闇の中でこそ私という太陽は輝くのさ。

 という訳で今はまだまだ辛抱の時。ユウくんにたっぷりと幸せな思い出をプレゼントしている最中という訳である。

 しかし、まーただ普通にデートしてるだけじゃー私はつまらんよナァ~~? 


「えっと、僕達が付き合ってることをフユキくん達に?」

「うん……みんなにはちゃんと話しておきたいの……駄目、かな?」


 私が真剣な眼差しをユウくんに向けると、彼は少し考えるように顎に手を当てた。

 私はあくまで常識的な範疇に収まっているNTR愛好者である。

 NTRの為だけに全ての艱難辛苦かんなんしんくを受け入れられると思える程、私は自分という人間を信用していなかった。

 一見、NTRの為に人間らしい感情を捨てたマシーンに見えても、その魂の奥底にはアツイ人間の心を秘めた女。それが私なのだ。

 という訳で、そんな私に必要なのは一時の安らぎ――言うなれば、この先も厳しいNTRチャートを歩もうとしている自分へのちょっとしたご褒美なのである。


「そんな改まって言うことじゃないのかもしれないけど……みんな大切な友達だから、あんまり隠し事とかしたくないの」

「レイちゃん……」

「それと、私とユウくんが付き合ってても、変に気を遣ったりしないで、今まで通りに仲良くして欲しいって伝えたいの。……ユウくんは嫌かもしれないけど」

「そんなことないよ! 僕だって、フユキくん達に隠し事をするのは嫌だし、みんなとは今まで通り友達でいたいよ」


 だよナァ。

 私がこう言えば、ユウくんは否定しないと思ってたよ。

 私は内心でベロリと舌なめずりをした。


「……ありがとう、ユウくん。それじゃあ皆の予定もあるだろうけど、今度の放課後とかに都合が合えば皆とお話したいな。あんまり遅くなっても言い難くなるし」

「うん、分かった。僕の方からも、フユキくん達にそれとなく声をかけておくね」


 サプライズで唐突に好いていた女が別の男に取られている報告を聞いた時のフユキくん達の顔! それこそが、まだまだ先の長いNTRチャートを歩んでいく私の心を癒やすエナドリなのだ。

 まあ、いきなりBSSを喰らうフユキくん達は辛いかもしれないが、人間には恋愛の自由というものがある。つまり自己責任ということだ。私は悪くない。弱い奴は死に方も選べないのである。

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