92.ジェットコースターでいう上に昇ってるところ


「うーん……早く着きすぎちゃったな……」


 駅前の待ち合わせ場所で僕――立花たちばな 結城ゆうきは、時計で今の時刻を確認すると、深呼吸を一つした。

 ……どうしよう。僕は滅茶苦茶緊張していた。

 こうしてレイちゃんと二人でお出かけをするのが、別に初めてという訳ではない。

 しかし、友人として二人で遊びに行くのと、恋人としてデートをするのとでは、必要な心構えがまるで別物である。

 建物のガラスに映った自分の姿を見て、今朝から何回目になるか忘れるほどに繰り返した身だしなみのチェックをする。


「うぅ、なんだか胃が痛くなってきたかも……」


 緊張のし過ぎからか、なんだか体調不良すら感じてきた気がする。


 ……それでも。


「……早く会いたいな」


 緊張やプレッシャーを遥かに上回るほどに、僕は早くレイちゃんの顔が見たかった。





「……ゆっ、ユウくんっ!」

「あっ、レイちゃ――」


 呼びかけられた声に僕が振り返ると、そこにはレイちゃんの姿が――


「あぅ、え、えと、その……お、お待たせっ!」

「……レイちゃん?」


 ……僕以上にガチガチに緊張しているレイちゃんの姿がそこにあった。



 ***



「……えっと、レイちゃん? 大丈夫?」

「へっ!? ……な、なにがっ!?」

「いや、何がって……」


 明らかに様子のおかしいレイちゃんを落ち着かせるために、僕達はとりあえず近くのコーヒーチェーンへとやって来たのだが……


「えっと……な、なんだか今日は暑いね! ユウくん」

「そ、そうかな。まだ4月だし、割と肌寒い方だと思うけど……」

「あぅ……あ、そ、そうだね……」


 さっきから何も入れていないアイスティーをマドラーで延々とかき混ぜていたり、レイちゃんの挙動不審が止まらない。

 いつもは結構落ち着いている方なのに、レイちゃんは何をそんなに緊張しているんだろう? 

 さっきから全然目も合わせてくれないし……


「うっ……ユ、ユウくん。そんなにじっと見られると、ちょっと……」

「え? あっ、ごめん……」


 思わず見つめてしまっていた僕の視線に気づいたレイちゃんが、顔を耳まで真っ赤にして俯いてしまう。

 ……いや、もしかしてこれは単純に体調不良なのでは? 

 急に決まったデートだったし、先程も言った通り、まだ肌寒い季節である。

 それなら彼女に無理をさせる訳にはいかない。デートならまたいつだって出来るのだから、僕はレイちゃんの健康を優先したい。


「えっと、レイちゃん。もしかして、具合悪かったりする?」

「え?」

「さっきから顔も赤いし、もしそうなら無理しないで今日は一緒に帰ろう?」

「ち、違うのっ! 身体は全然平気だよっ!」

「本当に? さっきから何だか様子もおかしいし、僕に遠慮してるなら気にしないで……」

「だ、だから違うってば! これは、その……」


 彼女が言葉を切って視線を宙に彷徨わせる。

 ……数秒の後に、意を決した様子でレイちゃんがようやく僕と目を合わせた。


「……き、緊張、してたの」

「え……緊張? レイちゃんが?」

「はい……」


 顔を両手で覆い隠して、消え入りそうな声でレイちゃんが続けた。


「だ、だって……ずっと夢見てたんだもん。ユウくんと恋人になれたらなって。それが急に現実になって、お付き合いしてるんだって改めて考えたら、今までどういう風にユウくんとお話してたかも分からなくなっちゃって……」

「そ、そんなに? 僕はともかく、レイちゃんがそんなに緊張することなんて……」

「わ、私だって緊張ぐらいするよぉ……本当は、ユウくんの顔を見るだけでもいっぱいいっぱいなのに……」


 そこまで話して、レイちゃんがハッとした様子でワタワタと手を振る。


「あっ、ご、誤解しないでね! 緊張はしてるけど、ユウくんと一緒に居るのが嫌ってことじゃないの! ただ、本当に、その……」

「う、うん」

「……本当に、ずっと好きだったから。ユウくんのことが好き過ぎて、どうしたらいいか分からなくなっちゃって……」


 ……そっか。

 良かった。好きなのが僕だけじゃなくて。

 ホッとした。緊張していたのが、僕だけじゃなくて。


「……ごめんね、ユウくん。私から誘ったのに、こんな感じで……」

「いいよ、別に。それに……」

「それに?」

「レイちゃんっていつも完璧で、ちょっと抜けている所が有っても、それすら計算されているというか……ああ、ごめん。言い方が悪かったかな。とにかく、すごい完璧な女の子って感じだったから、僕と同じように緊張してるって教えてくれて、何だかホッとした」

「……ユウくんも、緊張してたの?」

「そりゃそうだよ。ずっと好きだった憧れの女の子との初デートなんだから。待ち合わせ中、緊張し過ぎて倒れそうだった」


 大げさに肩をすくめておどける僕の姿に、レイちゃんがようやく笑ってくれた。


「……そっか。ユウくんも同じだったんだね」

「落ち着いた?」

「うん。ありがと、ユウくん」

「あはは、どういたしまして」


 自分事ながら、お互いのあまりに不器用なやり取りに、今更笑いが込み上げてくる。

 僕が思わず吹き出すと、レイちゃんもつられて笑い出す。

 それがおかしくて、僕も益々笑ってしまう。


「はぁ~……笑ったら何だかお腹空いてきちゃったな。レイちゃんも何か頼む?」

「フフ、そうだね。えっと……メニュー表、一個しかないから一緒に見よっか」


 おずおずと、お互いの指先が触れ合わないようにメニューを広げる。

 今までの彼女だったら、多分気にもしなかった微妙な距離感。

 それがお互いを意識する好意の証だと思うと、"友達"として単純に触れ合う喜びよりも、僕は余程嬉しく感じてしまう。


「えっと、私はチーズケーキにしようかな。ユウくんは?」

「どうしようかな。僕は――」


 数センチ離れた僕と彼女の指先。

 その僅かな距離をゆっくりと縮めていこう。

 二人の時間を、これからの日々を楽しもう。

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