88.ダブルキャスト


「お茶会楽しかったね、ユウくん」

「そうだね。みんなで集まれたのも久しぶりだったし」


 夕暮れ時。

 喫茶店でのあれやこれやも終わり、僕――立花たちばな 結城ゆうきはレイちゃんと帰り道を歩いていた。


「――ところでユウくん。寄り道はいいけど何処に行くの?」

「ん、すぐそこだよ」


 レイちゃんを連れて僕がやってきたのは、自宅から歩いて数分程度の小さな公園――幼い頃の僕たちが足繁く通った遊び場だった。


「わっ、懐かしい。中学の頃に、ユウくんと花火して以来かな?」

「あれから3年かぁ。なんだか随分昔みたいに感じちゃうな」

「そう? 私は逆につい最近みたいに感じちゃうけど」


 夕方とはいえ相変わらず人気の無い公園を前に、僕は緊張で破裂しそうな心臓を守るように胸を押さえた。


「……その、レイちゃん覚えてる? 昔、ここで僕がいじめられて泣いてた時、レイちゃんが助けてくれたの」

「あはは、そんなこともあったねぇ。ユウくんが泣かされてるの見たら、ついカッとなって飛び蹴りしちゃったけど、タケシくん元気にしてるかなぁ」


 タケシくんというのは、僕が幼稚園児だった当時に何かと意地悪をしてきた男の子である。

 今にして思えば、気になる女の子レイちゃんが献身的にお世話をしている男子ぼくが気に食わなかったのだろうという事は何となく想像出来た。

 もっとも、それが原因でレイちゃんと絶交することになってしまったのは少しだけ不憫だとは思う。タケシくん、それなりにレイちゃんと仲が良かった筈なんだけどなぁ。(※親友枠失敗作の処分)


 閑話休題。


 自分の情けない過去を掘り返すようで気恥ずかしいが、それでも僕の正直な気持ちを伝えるなら、この公園が良いと思ったのだ。


「――約束、したの。覚えてるかな」


 僕の言葉に、レイちゃんは少しだけキョトンとした後で、照れくさそうに頬に手を当てた。


「……ひょっとして、結婚の約束のこと? あはは、もうっ。恥ずかしいなぁ。よく覚えてたねぇ」

「覚えてるよ。大事な思い出だから」


 すぅっ、と一つ深呼吸。

 僕はレイちゃんの瞳を見つめた。


「僕は、今でも結構本気にしてるよ」

「――えっ?」

「小さい頃から、レイちゃんは僕の憧れで、友達で、大切な女の子で……」

「ぁう、ちょ、ユ、ユウくんっ。ちょっと待って……」

「やだ。待たない」


 あわあわと手をバタバタさせるレイちゃんに一歩近づくと、彼女の手を握りしめる。


「……レイちゃんの隣に胸を張って立てるように、君に好きになって貰えるように、これでも結構頑張ったつもり、です」

「ユウ、くん……」


 彼女が潤んだ瞳で僕を見上げた。


「……私は、ユウくんに頑張ってほしくなかった」

「えっ?」


 その予想外の返事に僕が気の抜けたような声を零すと、レイちゃんは涙まじりの声で続けた。


「だって、ユウくん急に背が伸びて、服とか髪とかオシャレになって、どんどんカッコよくなって、周りにかわいい女の子が沢山集まってきて……中学の時に、ユウくんが色んな女子から告白されてたの、私知ってるんだから」

「ぅえっ、い、いや、確かにそういうのは有ったけど、僕はちゃんと全部お断りして――」

「知ってる。でも、今日だってサトリちゃんみたいな凄い美人さんと、ユウくんすぐに仲良くなっちゃってさ」

「あ、あれはサトリさんが僕をからかって遊んでただけで、レイちゃんが思ってるようなことじゃあ……」

「分かってる! 分かってるよ、そんなことっ!」


 長い付き合いの中で、数えるほどしか見たことが無かったレイちゃんの激昂する声に、僕は思わず固まってしまった。


「分かってるけど、でもしんどいよぉ……きっと、御影には他にもかわいい子いっぱい居るし、ユウくんの気持ちが何処かへ行っちゃうかもって思ったら、私――」

「レイちゃん」


 僕は彼女の肩をグッと掴むと、今にも涙が零れそうな澄んだ瞳を見つめた。


「今日、僕がサトリさんにデートに誘われた時、どんなこと考えてたと思う?」

「えっ?」

「『レイちゃんに誤解されたらどうしよう』……サトリさんには悪いけど、嬉しいとかラッキーとか、そういう気持ちは全然無かったよ」


 きょとんとした表情の彼女に、僕は安心させるように優しく微笑む。


「――本当に小さい頃からずっと好きだったから。気持ち、全然変わる気しないよ」

「ユウ、くん……」

「大体さ、レイちゃんが思ってるほど、僕って器用でも陽キャでも無いよ? そりゃあ外面は少しはマシになったかもしれないけど、中身は昔と変わらない内気な臆病者のまんま。知らない女子に告白される度に、どうやって傷つけないように断ろうかテンパるようなぶきっちょです」


 彼女が好きな気持ち。情けない本音。

 ようやくハッキリと吐き出せた開放感に、僕は爽快感すら感じながら笑顔を作った。


「レイちゃん以外の女の子に目移りしてられる程、余裕無いよ。僕」

「……カッコつけすぎ」

「似合わない?」

「似合うから困ってるの。私の話、ちゃんと聞いてた?」

「もちろん。レイちゃんの話を適当に聞いてたことなんて一度も無いよ。……それで?」

「え?」

「僕は大体言いたいこと言ったけど、レイちゃんは?」


 ここまで言われて、僕が何を求めているのか察せないほど鈍い彼女ではない。

 レイちゃんの頬が、夕日の朱とは違う赤色に染まる。



「…………うん。ユウくん、私も――」



 次の瞬間、無粋な電子音が彼女の言葉を遮った。

 発信源は彼女のバッグに入っているスマホからだ。


「出なくていいの?」

「で、でも……」

「僕は大丈夫。何か緊急の用事だったら大変だからさ」

「う、うん」


 レイちゃんが申し訳無さそうにスマホの着信に応答する。


「――ええ、はい。……うん、分かった。それじゃあ」


 通話が終わったのか、レイちゃんはスマホをバッグにしまうと、心底申し訳無さそうな顔を僕に向けた。


「……ごめんなさい、ユウくん。ちょっと、どうしても外せない用事が出来ちゃって」

「――ん、そっか」


 彼女の言葉に、僕は自分でも驚くほどに落ち着いた心持ちで返事が出来た。

 きっと、これまでの似たようなアクシデントと違って、今回はハッキリと自分の気持ちを彼女に伝えられたからだろう。


「大丈夫? 良ければ、その用事の場所まで送っていこうか?」

「ううん、大丈夫。ありがとう、ユウくん。……えっと、今日の返事、後でちゃんとするから。誤魔化したり、先延ばしにしたりしないから」

「……うん。待ってる」


 そう言って、僕は公園から足早に去っていく彼女を見送った。

 高校生活一日目。

 大きな何かが動き出す音が聞こえた気がする夕暮れだった。



 ***



「――――――ぅ、うん……?」


 唐突な意識の覚醒。

 新城しんじょう 佐鳥さとりはうめき声を漏らしながら、霞んだ視界で周囲を見渡した。

 無機質で無骨な鉄骨に、打ちっぱなしのコンクリート。

 見覚えのないそれらの風景は、何処かの廃倉庫か何かに見えた。


(オレは、どうして――――ッ!?)


 ソファーか何かに転がされていた彼女は、自分の口に猿轡、両手両足はロープで拘束されている事をようやく自覚した。


「むぐっ……!?」

「起きたようだな。新城しんじょう 佐鳥さとり


 抑揚の無い男の声がした方向に視線をやると、黒スーツに目出し帽という異様な出で立ちをした男達が、サトリの前に立っていた。


「総資産7000億。新城コーポレーションの一人娘。監視の人間が一人居たようだが、警備には不足だったな」

「もっとも、ガードが何人だろうが我ら"ソルジャータイプ"の相手には不足か」

「大人しくしていろ。そうすれば無事に家に帰れる」


 男達の生気を感じさせない瞳に、サトリは薄ら寒いものを感じながらも状況を把握する。


(3……いや、4人か? ……確か、レイコ達とのお茶会の帰り道で、突然後ろから何かをされて意識が――口ぶりからして、身代金目当ての誘拐か?)


 抵抗する様子の無いサトリの姿に、男たちは興味を失ったのか、お互いに会話を始める。


「コマンダーは?」

「間もなく到着すると連絡があった」

「……今回の作戦、随分と杜撰ではないか? 記憶改竄が出来るコマンダータイプは残り少ないというのに。こんな場所まで呼び出すなど……」

「だが、新城コーポレーションを取り込めば、コマンダータイプの増産も叶う。"悪魔デモン"に壊滅させられた我ら叡合會えいあいかいの復活の為にも、多少のリスクは受け入れる必要がある」


(……コマンダー? "悪魔デモン"? 一体、何を言っているんだ……?)


 男達の要領を得ない会話に、サトリは薄気味悪いものを感じながらも周囲を伺う。

 建物の外から原動機や人間の喧騒が一切聞こえないことから、逃げ出せたとしても通行人に助けを求めるのは難しそうである。


(ひとまずは大人しくしているしかないか……奴らの話が本当なら、両親がオレに付けていたとかいう監視の人間……そいつからの連絡が途絶えているのだから、何かしら動いて――)


 カツン、と。

 床を叩く音が室内に響き渡った。


「……コマンダーか?」


 男達は部屋の奥、光の加減で暗闇になっている暗黒へと声をかけた。


「コマンダー、いつから室内に居た。連絡と手筈が違うぞ」

「……何故、黙っているのですか。コマ――」




「コマンダーというのはソレ・・か?」


 次の瞬間、暗闇の奥から何かが放り投げられた。

 ゴツゴツと不出来なサッカーボールのように見えたそれは、床を滑ってサトリ達の目の前に転がった。


 それは、人間の頭部――否、人間を模したナニカ・・・の頭部だった。


 クマか何かに引きちぎられたように見える断面からは、血肉や骨ではなく、鋼鉄のフレームと色とりどりのコードが飛び出していた。

 ――そして、初老の男のように見えるその顔は、恐怖と絶望に歪んでいた。


「ヒッ……!?」


 サトリは思わず猿轡越しに悲鳴を零す。

 周囲に居た男達は、頭部が飛んできた暗闇へと、ナイフや警棒といった武器を構えた。


「過去は……バラバラにしてやっても石の下から……ミミズのように這い出てくる……」


 そして、一人の人間が暗闇から姿を現した。

 体躯を隠すようなオーバーサイズのコートに、悪魔を模した造形のマスクで顔を隠した闖入者を見て、男達は呻いた。


「"悪魔デモン"……ッ!」




 そう、レイコである。


 挨拶代わりにコマンダーとやらから引きちぎった腕をぶん投げて、のんきに構えていた男達の一人の頭部を吹っ飛ばした。

 無論、流石の私も相手が人間ならば、多少は殺人に対して苦悩するガンダム主人公みたいなパートを挟んでいたが、相手はどうせ機械なので尺は割かなかった。

 そう、奴らは以前に私にちょっかいかけてきた催眠AIどもの残党・・である。


 私なんかほっときゃいいものを、中3の冬にAIどものボスである大首領だか何だかがチョクで嫌がらせをしてきたので、受験勉強の合間に潰しておいたのだ。

 だってあいつら、わざわざ私を本拠地に招待して、目の前でのんきに理想やら理念やらを語る戦闘前会話を始めるんだもん。スパロボかよ。

 私が会話に乗らずに殴る蹴るをしていたら、なんかいつの間にか大首領さんは寝てしまっていたのだ。

 そんな私に対して、機械の分際で逆恨みなんてしてくる奴らを、手当り次第に殴り返していたら、いつの間にか彼らの主要メンバーは皆でスヤスヤしてしまっていたという訳である。


 それ以来、私は"悪魔デモン"とかいう物騒な名前を付けられて、ポンコツ共の残党に絡まれたり絡まれなかったりしているという訳だ。

 さっきもコードネームに合わせて、からくりサーカスの鳴海兄ちゃんっぽく登場しようとしたのだが、何故かジョジョのディアボロみたいになってしまった。

 恐らく私の中に宿る光の意思が、悪魔なんていう似つかわしくない二つ名に抵抗した結果チグハグな行動を取ってしまったのだろう。閑話休題。


「何故だ……どうして我々の作戦が奴に……!?」


 まあ、内通者がいるからな。

 ポンコツどもの残党を率いている幹部連中の一人と私は友達なのである。

 争いを好まず、平和を愛する見どころのあるポンコツなので、私の周辺で迷惑行為をしようとするポンコツが現れると事前に情報をリークしてくれるのだ。

 まあ都合よく内部の派閥争いに使われているのだろうが、利害関係が一致する間は私達はベストフレンドで有り続けることだろう。大事なのは口封じと切り捨てるタイミングの見極めである。


 さて、今の私は少し機嫌が悪かった。

 私の予定では、先程の夕暮れ時の公園で、私とユウくんは結ばれる予定だったのに、それをこのポンコツどもに邪魔されたからである。

 まあ、サトリちゃんを見殺しにすれば問題無かったのだが、曲りなりにも一緒にお茶したクラスメイトである。サトリちゃんに何かあれば、きっと心優しいユウくんは気に病んで心に影を落としてしまうことになるだろう。NTR以外でユウくんを曇らせるのは私の本意ではないからな。惚れた弱みっつーかね。


 私は私の計画を1mmでも狂わせる奴の存在が許せなかった。私は何もかもが計画通りじゃないと気が済まない人間なのだ。

 管理させろ。私に全てを。

 私は私をがっかりさせたポンコツどもを皆殺しすることにした。

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