87.和解


 こんにちは、音虎ねとら 玲子れいこです。


 突然だが、私は反省していた。

 いくら衝撃的だったからってネタにするのが早すぎたな。月曜のアサイチでジャンプ本誌の呪術の話をするのは流石にノーマナーだったよ。すまなかった。許してくれ。

 そもそも月曜の朝に更新するのが良くないのかもしれない。私はワンピや呪術で衝撃的な展開が有ると、ペラペラペラペラと口を動かさずにはいられないのだ。まあ、そんなギリギリまで本文書いてんじゃねえっつー話ではあるがね。私は忙しいのだ。ブループロトコルも出たし……


 妙な電波を受信し始めた私は着実に狂っていたが、まあ今更である。NTR愛好がイキ過ぎて頭がおかしくなったのかもしれない。順当だな。


 さて、入学式を無事に終えた私達一行は、サトリちゃんの提案に乗って、交友を深める為に喫茶店へと訪れていた。


「小さい頃のコーイチは、そりゃあ可愛くってね。どこへ行くにもオレサトリのスモッグの裾を掴んで離さなかったものさ」

「園児だった頃の記憶なんか覚えてねーよ。適当なこと言ってんじゃねーぞ」

「クラウドに動画残ってるけど、見るかい?」

「わっ! 見たい見たい!」

「はぁっ!? ちょ、バカ! やめろ新城!?」


 さて、どうすっかなーこいつサトリ

 サトリちゃんのスマホに映る神田くんの園児時代を眺めながら、私は思案する。

 最初はユウくん狙いのクソビッチかと思っていたが、ここ喫茶店に来てからユウくんと積極的に絡む様子も無いし、どうもサトリちゃんはそう単純なキャラでは無いらしい。サトリちゃんはプロファイリングがしにくい人間性をしているのだ。


「へえ、ユリもあの作家好きなんだ。オレも前は結構歌集とか読んでたんだけど、最近はご無沙汰でね」

「そ、そうなんだ。この間、レイちゃんにもおすすめした本なんだけど――」


 人見知りがちなユリちゃんとも簡単に打ち解ける社交性もそうだが、なんというか……異常に察しが良いのである。

 ホモサピという生き物は、大なり小なり相手の顔色を伺って態度を変えるものだが、サトリちゃんはその精度が異常なのだ。相手が踏み込んできて欲しいエリア、踏み込まれたくないラインの見極めが上手すぎる。

 私でさえ、ユウくんやフユキくん達のように親しい相手を除けば、相手の心理状態を把握するのはそう簡単ではない。それを初対面の相手に卒なくやれるのはどう考えても異常である。

 私は眼球の血管をバキバキに脈動させながら、サトリちゃんのコミュニケーションスキルの巧みさに舌を巻いていた。


「ふふ、レイコとユウキは本当に仲が良いんだね。オレは付き合いの長い友達がいないから、素直に羨ましいよ」

「幼稚園からずーっと一緒だったからね。もうユウくんが隣にいない状況があんまり想像出来ないかなー」

「へぇ……いいね。そういうの」


 サトリちゃんが唐突に私の顎をクイッてやった。


「オレも、レイコとそれぐらい仲良くしたいかな」


 距離の詰め方が下手くそすぎる。私に対してだけコミュ能力下がりすぎだろ。

 ……やはり、この女は危険だ。何を考えているのかよく分からない。

 単純に私に好意を抱いているだけの人間ならばいくらでも対処出来る。レズ枠はもう要らんので、適当に私に都合の良いコマになるように思考を誘導することなど造作もない。

 だが、サトリちゃんが私に向けている瞳……単純な好意とは何処か違う。

 これは……憧憬、いや崇拝? だ、駄目だ。読めん。サトリちゃんのどこか焦点の合っていない眠たげな瞳がノイズとなって私の心理掌握を阻む。つーか、こいつ本当に私のこと見てんのか? 顎クイしてんのに相手から目線を外す奴があるか。

 こういうタイプが一番厄介だ。何をしでかすのか分からない"凄み"がこの女にはあった。



 ……だが、悪くない。悪くないぞ。


「サ、サトリさん! そういう冗談は心臓に悪いからやめてってば! レイちゃんも少しは抵抗してっ」


 顎をクイッとされたまま脳を回転させていた私を、ユウくんがグイッと引っ張った。


「あはは、ごめんごめん。サトリちゃんって綺麗な顔してるから、思わず見入っちゃった」


 焦り顔のユウくんに微笑みかけつつ、私は胸の奥にアツイ炎が灯るのを感じていた。


 ――新城しんじょう 佐鳥さとり。この女は使える。

 NTR嗜好とは、言ってしまえばある種のマゾヒズム――破滅願望に近い情動である。

 故に順風満帆に進んでいくチャートに、私は満足しながらも心の何処かで常に荒涼とした風を感じていた。うしとらの流兄ちゃんのように。

 私は本気で戦いたいのだ。何のアクシデントも無い平穏な世界で満足出来るのならば、TS転生してまで性癖を拗らせてはいない。

 私は私の敵が欲しい。その方が絶対に面白い。

 私にとって不都合な人間――サトリちゃんには、それになってもらう。

 容姿も出自もハイスペックで何を考えているのか予測出来ない女……そのスカした笑顔の裏じゃあ、私から間男枠達を奪い取ってやろうとか考えているのかもナ? フッフッフ……! ワクワクしてきたじゃあないか。

 どいつもこいつも私を礼賛してくるメアリー・スーになるのはそういう気分の時だけでいい。何もかもが計画通りじゃないと気が済まないなんつー人間は、私から言わせれば二流のカスである。真の一流はガバを無くそうとするのではない。ガバすらチャートに組み込むものなのだ。

 だから私はユウくんとのNTRルートに、サトリちゃんという一握りのスパイスを加えるのさ。

 願わくば、彼女が私の手に負えないような怪物であることを期待しているがね。

 クックック……フハハハッ! アーーッハッハッハッハァ!! 


「……なんだか楽しそうだね。レイちゃん」


 ああ、最高の気分だとも。

 自分がこんなにもヒトを愛している素晴らしい存在だと再確認出来たのだから……

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