86.人外魔境

★前書き

週刊少年ジャンプNo.28(2023年6月26日号)の呪術廻戦のネタバレが含まれていた為、一部内容を初稿から修整致しました。

今後は週刊少年ジャンプ本誌未読の方にもっと配慮した話作りを心掛けます。申し訳ありませんでした。

TVアニメ『呪術廻戦』TVシリーズ第2期は7月6日から毎週木曜夜11時56分~MBS/TBS系列全国28局にて放送開始予定です。



**********



 喜びの黄色。

 怒りの赤色。

 哀しみの青色。


 新城しんじょう 佐鳥さとりには、生まれつき人の心が"色"で見えていた。

 それが普通ではない事に気づいたのは、いつからだっただろうか。

 幼い頃から聡明であった彼女は、自分の異能を理解すると、それを周囲に――両親にさえも隠すことを選択した。


 握手を交わして笑っているのに、その裏では真紅の炎を巻き上げて怒り狂っている者。

 涙を流して哀しみ嘆いているのに、腹の底で咲き乱れる花のように狂喜乱舞している者。


 資産家の両親が付き合う相手は、そんな大人ばかりだった。

 そして、彼女にとって"大人"とはそういう人間なのだと判断したが故の異能の秘匿であった。

 自らが胸の奥に隠している本心を覗き見ることが出来る人間なんて、誰も側に置きたくはないだろう。

 そう判断した彼女は、自らの異端を墓まで持っていくことにした。

『人より少し勘が働く、察しの良い子供』

 それが彼女と異能の落とし所となった。


「新城さん、ありがとー!」


「新城って、ぼんやりしてる風に見えて滅茶苦茶察し良いよなー」


「佐鳥は本当に気が利くね!」


「人のことをよく見てるっていうか、思いやりがあるよねー」


 彼女にとって、コミュニケーションとは解答が隣に置かれている計算問題のようであった。

 人の感情が読めるのならば、どのように対応すれば相手と理想的な関係を構築出来るのか、明晰な頭脳を持つ彼女には難しくなかった。


(……またか。面倒くさいな)


 無論、彼女の異能が齎すのは益だけではない。

 表向きは友好的な態度をとっている相手でも、新城しんじょう 佐鳥さとりの目には否応無しに、隠している本心が映し出されてしまう。


(新城ってハーフだしエロい体してるよなー。付き合えたら逆玉だし、超都合の良い女だよなー)

 異性から向けられる下卑た劣情。


(親は金持ちで、自分は美人で、人生イージーモードって感じ? 努力とか無縁そうで羨ましいわー)

 同性から向けられる身勝手な嫉妬。


 相手への敬意が感じられない攻撃的な感情は、ヘドロに浮いた油のように毒々しい色彩で彼女の目に刺さった。

 母親から受け継いだ異国の血が流れる身体は、特にそういった好奇の視線を集めやすかった。


 それらを煩わしく感じた彼女はある日、自らの女性性を削ぎ落とす試みを行った。


「ま、いっか。別に男の子にそれほど興味が有る訳じゃないし」


 腰まで伸びていたプラチナブロンドの髪をショートカットに。

 スカートを履くのを止めてパンツスタイルに。

 下着やファッションを工夫して、女性らしさが表に出ない装いや態度を心がけた。

 出来上がったのは、遠目から見たら性別の判断がつかない中性的なオンナノコだった。


 これが予想以上に上手く行った。

 異性から向けられる劣情の色が目に見えて減ったし、同性からの悪感情の色も随分と薄らいだ。

 この結果に気を良くした彼女は、高校の進路も服装に自由が効く学校を基準に選ぶことにした。


「……御影学園か。うん、ここにしよう」


 ***


(悪目立ちしたくないから電車通学にしたけど……失敗だったかな)


 入学式の朝。

 電車に揺られながら、新城しんじょう 佐鳥さとりは自分の選択を後悔していた。


(みんな、そんなに学校や会社に行きたくないのかな)


 すし詰めの満員電車――という程では無いが、それでもスペースに余裕のない車内を満たすのは、負の感情を示す色彩だった。

 見ていて楽しくない光景から気を紛らわせる為に、癖となってしまった眠たげな視線を、車内から窓へと動かす。


(前は断ったけど、やっぱり車で学校まで送ってもらおうかな。毎朝これを見るのはキツ――)



 ――信じられないものを見た。


「一緒のクラスになれるといいね、ユウくん」


 "漆黒"が在った。

 まるでそこだけ空間をハサミで切り抜いたかのように、車内にポッカリと黒い穴が開いていたのだ。

 窓から差し込む日差しすら飲み込む暗黒――それは人の形をしたブラックホールだった。


「もし別のクラスになっても、お昼とか一緒に食べようね」

「うん、そうだね」


 耳に届く可愛らしい声色から、その"黒"が辛うじて女性だということが分かった。

 隣に立つ男の子を見ると、御影学園の制服を着ていたので、恐らくは御影の女生徒だとは思うのだが……如何せん朧気に人型のシルエットが見える程度に闇が濃いのでは、身に付けている衣類を識別することは不可能だった。

 物心がついてからというもの、多くの心の色を見てきた佐鳥さとりだったが、あんな"漆黒"を見るのは初めてだった。



「――――――綺麗」



 その輝きあんこくに、新城しんじょう 佐鳥さとりは魅入られた。



 ずっと煩わしく感じていた心の色彩。

 コロコロと色を変える不確かで曖昧な色の喧騒に、苛立ちを感じていた日々の中で、その静謐な暗黒は何よりも美しく光り輝いて見えた。


 気がつけば、新城しんじょう 佐鳥さとりは光に吸い寄せられる羽虫のように、無意識にその暗黒へと近づいていた。



 次の瞬間、車内が大きく揺れた。


「あわわっ!」

「――!?」


 突然の大きな揺れに、佐鳥の胸に漆黒が飛び込んできた。

 相変わらず容姿を見ることは叶わないが、柔らかな感触と甘い香りが鼻腔をくすぐった。


「――大丈夫?」

「えっ?」


 唐突な接触に動揺する内心を押し隠し、声をかける。


「――あっ、その、ごめんなさい! 足とか踏んでないですか?」

「別にへーき。そっちこそ、怪我とかしてない?」


 うまく言葉が出てこない。

 普段ならば、相手の心の色を見て、最適なコミュニケーションが出来るのに。こんな当たり障りのない言葉しか返せない。

 それが佐鳥には、とても新鮮で心躍る体験だった。


「あ、はい。私は大丈夫です」

「……そう。それじゃ、俺ここで降りるから。ばいばい」


 自分が上手く制御出来ない。

 本当なら、もっと彼女とたくさん会話して友達になりたいのに。

 心臓が耐えきれないとばかりに、足は勝手に駅のホームへと飛び出してしまった。


(隣に居た男の子のネクタイの色……あれは確か一年生のカラーだ。なら、彼女も同学年の筈……)



 ***



 その後、御影学園の教室で、玲子と運命的な再会を果たした佐鳥は、ある事に気づいた。


「オレがデートに誘っているのは君だよ。立花・・ 結城・・くん?」

「……えっ?」


 玲子と親密そうにしている男の子――立花たちばな 結城ゆうき

 善良な人間なのか、澄んだ心の色彩を持っている優しい男の子。


「………………はぁ?」


 彼にちょっかいをかけると、玲子の漆黒が揺らぐのだ。


「え、えっと……その、僕?」

「そうだよ。どうかな、ユウキ?」


 佐鳥は自覚的に妖艶な微笑みをユウキに向ける。

 彼女個人としては、ユウキのことは好ましく思ってはいるが、特に恋愛感情が有る訳ではなかった。

 ならば、彼女がこのような行動を取る理由は一つであった。


(レイコの顔が見たい)


 微かに揺れた暗黒は、既に元に戻ってしまっていた。

 息を呑むほどに美しい暗黒。その持ち主がどのような姿かたちをしているのか、佐鳥はどうしても知りたかった。


(……仕方ない。もう少しつついてみるか。ごめんね、ユウキ)


 人間的には好ましく思っているユウキを、自分の目的の為に利用しているという罪悪感は有ったが、佐鳥はそれでもレイコへの執着を優先した。


「オレは女の子・・・だよ。ユウキくん?」


 補正下着で抑えつけている胸に、ユウキの手を押し付ける。


「――ちょっ!? な、ええっ!?」

「そんな驚くこと無いだろう? 今どき、女子でもスラックスぐらい履くさ。御影はそういうのに寛容だしね」


 その慌てぶりに少し嗜虐心をくすぐられてしまったが、佐鳥の目的はあくまで玲子である。

 ユウキの反応を尻目に、佐鳥は玲子へと視線を向けたが、彼女の暗黒は微かに揺らぐ程度だった。


(うーん、難しいな。こういう攻め方では駄目なのか?)


 そもそも、これで玲子に嫌われてしまっては本末転倒である。

 佐鳥はパッと手を離してユウキを解放すると、長年の経験から培った、誰からも好まれる人好きのする微笑みを浮かべた。


「――なんてね、冗談だよ。ごめんねユウキ」

「じょ……っ! サ、サトリく――サトリさんっ。ちょっと趣味が悪いよっ」


 ユウキのもっともな言葉に、佐鳥は降参するように両手を上げた。


「はは、すまない。もうしないから許しておくれよ」

「むぅ……まあ、分かってくれたなら、いいんだけど……」

「……でも、君たちと仲良くしたいっていうのは本当なんだ。もちろん、レイコやフユキ達ともね。どうかな、放課後にみんなでお茶でもしないかい? これから一年間いっしょにやっていく仲だしね」


 そう言って、佐鳥は周囲に視線を向ける。


「ああ、フユキは別に構わねえけど」

「わ、ユリもみんなが行くなら……」

「今日は授業も無いし早上がりだからな。みんなで昼飯食うのも悪くねえか」


 フユキ達は乗り気な様子だったが、肝心のレイコとユウキはどうだろうか? 返事を促すように、佐鳥はユウキに視線を向けた。


「えっと、レイちゃんはどうする?」

「………………」

「……レイちゃん?」


 心ここにあらずといった様子のレイコに、ユウキだけでなく佐鳥も怪訝なものを感じた。


(……どういうことだ? 急に暗黒が乱れて――)


 ――唐突にレイコが纏う暗闇が乱れだしていた。

 これまでの会話に、それほどレイコが心を乱す何かが有っただろうか? 

 思い当たる節が無かった佐鳥は、微笑みの裏で疑問符を浮かべていた。

 時間にして数秒程度の僅かな一瞬、間を置いたレイコがようやくユウキに返事を返す。


「――えっ? あー、うん。いいんじゃないかな。久しぶりに皆とお喋りしたいし。ユウくんも一緒に行こ?」

「そ、そう? レイちゃんがそう言うなら…………うん、別に告白はその後でもいいよね。うん」


 その言葉に、佐鳥は満足げに笑顔を浮かべた。


「あは、嬉しいよ。それじゃあ、また放課後にね」


 教室に教師がやってきた事もあり、佐鳥は話を打ち切って自分の席に座る。

 明日からの簡単な連絡事項を聞き流しながら、佐鳥は先程のレイコの不可解な様子に、考察を巡らせていた。


(――直接ユウキにちょっかいをかけているタイミングならともかく、何故あの瞬間にレイコはあんなに心を乱していた? ……もしかして、ユウキとレイコの暗黒に関連性は無いのか?)


 視界の端に映るレイコの姿。

 これまで殆ど乱れていなかった彼女の漆黒が、今も不安定に揺らめいていることに、佐鳥の思考は迷路に迷い込んでいた。


(……いや、情報の少ない現時点であれこれ考えても意味は無いな。思い返してみれば、今朝の行動も我ながら焦りすぎだった。ここは反省して、まずは彼女と仲良くなることから、だな)



 ***



 P3リメイク……だと……っ!? 



 レイコの心はアトラスの新作発表に動揺していた。


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