85.第ゼロ感


 その後、入学式はこれといったトラブルもなく終わり、貼り出されているクラス分けに従って僕――立花たちばな 結城ゆうきは教室へ移動した。


「やっほー。今回も同じクラスだったね、ユウくんっ」

「そうだね。これから一年間よろしく、レイちゃん」


 振り分けられた教室に入ると、レイちゃんがニコニコと微笑みながら僕の方へと駆け寄ってきた。

 ひとまず彼女と同じクラスになれたことに胸を撫で下ろすと、心に余裕ができた僕は教室内をざっと見回す。

 御影学園がレベル高めの進学校だったこともあり、同じ中学出身の学生はそう多くはなかった。

 そして、その数少ない同郷の彼らが、僕とレイちゃんの存在に気付くと、こちらへと歩み寄ってきた。


「よっ、ユウキとレイはまーた同じクラスかよ」

「レ、レイちゃん。よかった、友達いないかと思った……」


 そう言ってこちらへ声をかけてきたのはフユキくんと白瀬さんだった。


「ユリちゃん! また一年間よろしくね。ブレザー、すっごいかわいいよっ」

「あ、ありがとう。レイちゃんも、その……綺麗だよ。制服、凄く似合ってる」

「あは、ありがとー!」


 きゃいきゃいと指を絡めてイチャイチャしているレイちゃんと白瀬さんを尻目に、僕もフユキくんと言葉を交わす。


「フユキくんとは中3では別のクラスだったから、また一緒になれて嬉しいよ」

「はは、俺もだよ。しかし、すげえ偶然だよな。光一も俺たちと同じクラスだったぜ?」

「……あれ? そういえば、神田くんは?」


 僕は周囲を見渡すが、神田くんの姿が見当たらない。まさかとは思うが、サボりだろうか。


「ちょっとちょっと、まさかとは思うけど神田くんサボってないよね?」


 レイちゃんも僕と同じことを思ったのか、眉根を寄せてフユキくんに尋ねると、彼は苦笑しながら首を横に振った。


「無い無い。フユキたちとツルむようになってから、アイツかなり生活態度改めるようになったし。今朝も普通に入学式で見かけたぜ」

「それじゃあトイレかな?」


 僕たちがそんなことを話していると、教室の入口が俄にざわめきだした。

 先生が来たのかと思って視線を向けると、そこにはどこか疲れたような表情をしている神田くんと――


「おっ、着いた。ありがと、コーイチ」

新城しんじょう……てめえ、どうやったら高校生が学校で迷子になんだよ……」


 目を引くプラチナブロンドの髪に、海外の血を感じさせる青い瞳。

 今朝の通学電車で出会った彼が、眠そうな顔でぼんやりと教室内を見回していた。


「遅いぞ光一。何か有ったのか?」

「おう、フユキ。あ~……トイレ寄ってたら、廊下で昔の知り合いが『迷子になった』とか抜かしてやがるから、ここまで引っ張ってきただけだよ」

「つれないこと言うなよコーイチ。同じ幼稚園に通った仲じゃないか」

「てめえは小中と海外だったから、殆ど初対面と同じじゃねえか。そっちから声かけてこなかったら、マジで気づかなかったぞ」


 神田くん達がそんなことを話していると、不意に彼――新城しんじょうくんの視線が僕とレイちゃんに向けられた。


「あれ?君たちは今朝の……」

「あ、うん。ど、どうも……」

「ん?立花はこいつ新城のこと知ってんのか?」

「えっと、今朝に電車で少し、ね」

レイコが転びそうになったのを助けてもらったの。えっと、音虎ねとら 玲子れいこです。神田くんのお友達です。同じクラスだったなんて、すごい偶然だね」


 レイちゃんがにこやかに自己紹介をすると、彼も軽く頭を下げて挨拶を返した。


新城しんじょう 佐鳥さとり。よろしくね、レイコ」


 こ、こいつ……! い、いきなり下の名前で呼び捨て……!? 

 日本人離れした容姿で薄く微笑む新城くんに、僕の脳内がレッドアラートを鳴らしていた。

 周囲のクラスメイト達も、とにかく目立つ見た目をしている新城くんにキャーキャー言っているし、副次的にレイちゃんにも視線が集中する。


「……なあ、あの子レイコかわいくね?」

「分かる。隣のメガネの子ユリもかわいいけど、やべえな。このクラス、レベル高いわ」

「人間関係固まる前に声かけようぜ?」


 こ、これは不味い……! 

 高校生活が始まるにあたって、僕が懸念していた事態が全部発生しつつある。

 背中に冷や汗が流れるのを感じながら、パニックを起こしかけていた僕に、新城くんが視線を向けた。


「そっちのユウキは?」

「――へ?」

「名前だよ。教えてくれないのかい?」

「あ、え、えっと……た、立花たちばな 結城ゆうき。よ、よろしくね。新城くん……」

「サトリでいいよ。オレもユウキと呼んでも構わないかい?」

「う、うん……よろしく……」


 僕のみっともない慌てように、彼は優雅に微笑みながら応える。

 うう……レイちゃんの前で、ここまで無様な姿を晒すのは久しぶりな気がする……

 僕が自己嫌悪に陥っている間に、サトリくんはフユキくんや白瀬さんとも自己紹介を交わしていた。

 話によると、どうも彼は結構有名な企業の御曹司らしい。

 神田くんとは、父親同士が仕事で繋がりがあったらしく、それで幼少期は多少の交流があったそうだ。


「へー、あの・・新城コーポレーションの……なんで、電車通学? 勝手なイメージだけど、お金が有る家の子供って、なが~~い車に乗って通学するものじゃないの?」

「やだよ、そんな目立つの。通学中の人間関係を作るためって、お金有っても普通に通学させてる知り合い多いよ?」


 レイちゃんとサトリくんの会話が右から左に抜けていく。

 余裕があって、お金持ちで、容姿端麗で……


 ――い、いや、違う! 

 そんな"要素"だけで彼女が……レイちゃんが人の好悪を決めるなんて、それこそ彼女に対する酷い侮辱だ! 

 レイちゃんは何の取り柄もない、どうしようもなかった頃の僕だって、気にかけてくれていたじゃないか! 

 そんなレイちゃんが好きだから。だから今日、僕は彼女に好きだって伝えて――


「――ねえ、今日の放課後。デートしない?」

「はぁっ!!?」

「わっ!? ユ、ユウくん!?」


 サトリくんからレイちゃんに向けて飛び出した言葉に、僕は思わずレイちゃんを遮って返事をしてしまった。


「な、なんで……!」

「実は今朝からずっと気になっていたんだ。一目惚れって奴かな。君と仲良くしたいんだ――駄目かい?」

「ひ、一目惚れって……そ、そんなの……ぼ、僕は……!」

「ユウくん……」


 周囲で聞き耳を立てていたクラスメイト達が、ごくりと唾を飲み込む音が聞こえた気がした。


「……サトリくん」

「ん?」


 レイちゃんが、ぎゅっと拳を握り込んでサトリくんを見つめた。


「その、ごめんなさい。今日はちょっと用事が有るの。だから、申し訳ないけど……」

「………………んん? ああ、そうか」


 サトリくんが怪訝な顔をした後で、得心が行ったように両手をポンと合わせた。



「オレがデートに誘っているのは君だよ。立花・・ 結城・・くん?」

「……えっ?」





「………………はぁ?」


 レイちゃんから、今まで聞いたこと無いような低い声が聞こえた気がした。



 ***



「え、えっと……その、僕?」

「そうだよ。どうかな、ユウキ?」


 予想外の展開に、ポカンと間抜けな顔をしていたのも束の間。僕は何とか思考回路を動かして口を回す。


「あー、その、うん……こ、こういう事を言うのはご時世的に問題かとは思うんだけど……僕は、その、女の子が好きなので……悪いけど、サトリくんとは……」

「………………ああ、そういう事か。どうもさっきから違和感があると思ってたんだ」


 すると、サトリくんは不意に僕の手を掴んだ。


「えっ?」

「オレは女の子・・・だよ。ユウキくん?」


 そのまま彼――いや、彼女は自分の胸元に僕の手を押し当てた。

 そこには、男の胸板とは違う確かなクッション感が有って――


「――ちょっ!? な、ええっ!?」

「そんな驚くこと無いだろう? 今どき、女子でもスラックスぐらい履くさ。御影はそういうのに寛容だしね」




 ……新城しんじょう 佐鳥さとり

 どうやら、彼は御曹司ではなく御令嬢・・・だったようである。


「……ユウくん、いつまで女子の胸を触ってるのかな?」

「えっ? ……あっ、い、いや! ち、違うんだレイちゃん! 決して下心があった訳では……!」


 レイちゃんの冷たい視線と言葉に、僕は慌ててサトリくん……サトリちゃんの胸から手を離した。

 ……レイちゃんに告白すると決めた日に限って、どうしてこうも予想外のトラブルが続くのか。

 僕は今後の波乱を予感させる高校生活の初日に、目眩すら起こしそうだった。



 ***



 ――誰だ、こいつは。



 ユウくんに負けず劣らず、レイコは私で予想外の事態にテンパっていた。


 新城しんじょう 佐鳥さとり

 社長令嬢で北欧系ハーフで男装女子でオレっ娘。そしてユウくんに性を安売りするクソビッチである。



 ――こんなキャラの濃い奴を、私が事前調査で見落としている・・・・・・・なんて有り得るのか? 



 な、何かとんでもない見落としをしている気がする……

 今すぐにリカバーに動かなければ致命傷になる。そんな見落としを……


 私は今後の波乱を予感させる高校生活の初日に、目眩すら起こしそうだった。

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