84.今がその時だ


「学校へ行くのに電車を使うって、なんだか新鮮だなー」

「小中と徒歩通学だったからね。通勤ラッシュに巻き込まれて大変かと心配したけど、思ったより混んでなくて良かったよ」


 学校に向かう通学電車の中で、僕――立花たちばな 結城ゆうきは、吊り革を握りながら、窓の外を流れる景色を見ているレイちゃんと言葉を交わす。

 自宅の最寄り駅から高校近くの駅までの30分弱、レイちゃんと二人になれる貴重で幸福な通学時間だ。

 フユキくんは自転車通学だし、神田くんと白瀬さんは出発駅が違うことから生じた、僕とレイちゃんだけの時間……いや、もちろん皆と一緒に通学していた中学時代も楽しかったのだが、受験勉強やら友達付き合いやらで、こうして二人だけで行動する機会が最近はめっきり減っていただけに、思わず緩みそうになる頬を引き締めるのに苦労してしまう。


「一緒のクラスになれるといいね、ユウくん」

「もし同じクラスだったら、小学校の頃から数えて6年連続でクラスメイトって事になるね。今回もレイちゃんと一緒のクラスになってたら、宝くじでも買おうかな」


 僕の斜に構えたような言い回しに、レイちゃんが柔らかそうな頬を少し膨らませる。


「なんだか引っかかる言い方だなぁ。ユウくんは私と一緒じゃ嫌なの?」

「あはは、ごめんごめん。そうだね、レイちゃんと一緒のクラスだったら僕も嬉しいな」

「よろしい。ユリちゃん達とも一緒だと嬉しいけど……もし別のクラスになっても、お昼とか一緒に食べようね」

「……うん、そうだね」


 別のクラス、かあ……

 御影学園の1学年のクラス数は8つ。大雑把に考えて、僕とレイちゃんが同じクラスになる確率は1/8程度。可能性としては決して高くはないだろう。

 もちろん、クラスが離れただけで疎遠になるほど、僕とレイちゃんの関係は浅くないとは分かっている。

 ……だけど、僕の知らない所でレイちゃんが他の男子と親しげにしている様子を想像したら――それだけで僕の背筋に悪寒が走った。

 彼女は純粋でお人好しで無防備だから、きっと無自覚に勘違いしてしまう男子を量産することだろう。

 そんなぽっと出の誰かに、もしもレイちゃんを奪われたのなら……僕はきっと立ち直れない。高校生活どころか、社会人になっても引きずる可能性がある。


 やはり今日だ。

 高校生活で新しいライバルが出現する前に、レイちゃんに告白するのだ。

 僕は心を落ち着けるように一つ深呼吸をすると、レイちゃんに声を掛けた。


「……その、レイちゃん」

「ん、どうしたの。ユウくん?」

「きょ、今日。入学式が終わった後なんだけど……」

「あっ! そうそう、入学式が終わったら、みんなで久しぶりにファミレスとか――」


 次の瞬間、車内が大きく揺れた。


「あわわっ!」

「レイちゃんっ!?」


 バランスを崩したレイちゃんの重心が後ろへ傾く。僕は慌てて彼女を支えようと腕を伸ばしたが――


「――大丈夫?」

「えっ?」


 耳に届く、どこかぼんやりとした調子の無感情な声。

 そちらに目を向けると、彼女の華奢な肩を知らない男の子が支えていた。

 御影学園の制服――どうやら彼も同じ学校に通う学生のようである。


「――あっ、その、ごめんなさい! 足とか踏んでないですか?」

「別にへーき。そっちこそ、怪我とかしてない?」


 レイちゃんが慌てて男の子から離れる。

 僕はそんな彼女の後ろから、眠たげに目を擦る男の子を見つめていた。


 目を引くプラチナブロンドの髪に、海外の血を感じさせる青い瞳。

 スラッとした長身に、同性の僕でも目を奪われるような端正な顔立ちは、まるで美術品のようで――


 ――レイちゃんと並ぶと、とても絵になる二人だった。


「あ、はい。私は大丈夫です」

「そう。それじゃ、俺ここで降りるから。ばいばい」


 男の子はひらひらと手を振ると、開いた扉からホームへと降りていった。


「……というか、私達もここじゃん! ユウくん、降りるよっ」

「え、あ、うんっ」


 インパクトの有る唐突な出会いに、二人して僅かに放心していたのも束の間。発車ベルに急かされるように、僕とレイちゃんも慌てて車内からホームへと降り立った。

 改札口の方角へ目を向けると、件の男の子は人混みに呑まれるように、遥か先へと姿を小さくしていた。

 ……まあ、別に声を掛けるような用事が有る訳では無いのだが。


「……なんか、凄い人だったね」

「うん、御影学園の人っぽかったけど。モデルさんみたいだったねー」


 そんな風に素っ気なく応えるレイちゃんだったが、僕の心中は穏やかでは無かった。

 あんな美男子がレイちゃんと同じ学校に……? 

 彼の人となりは知らないし、学年も僕たちとは違うかもしれないが、僕が危機感を覚えるには十分過ぎる出会いだった。


「あっ、そうそう。さっき話の途中だったけど、今日の放課後はみんなで――」

「レイちゃんっ!」


 だから、僕は勇気を出して一歩踏み込む。

 彼女の肩を掴み、その一点の曇もない澄んだ瞳を見つめる。


「えっ? ユウくん?」

「……レ、レイちゃん。今日の放課後、君に話したいことが有るんだ」

「………………えっ?」


 僕の真剣な様子に、レイちゃんは何かを察したのか、顔を赤くして俯いてしまった。


「……そ、それって、二人きりじゃないと、駄目な話?」

「……うん。レイちゃんと二人で、話がしたいんだ。その、大事な話を……」

「………………分かった。うん、放課後。待ってる」


 緊張で心臓が破裂しそうな程に激しく脈打つ。

 幼い頃からずっと抱え続けてきた恋心に、僕は今日こそ答えを与えるのだ。

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