高校生編

83.僕の幼馴染はとてもかわいい



「ユウくん、もう泣かないで? いじわるする子は私がやっつけたから!」


 ――懐かしい夢を見た。

 夢の中の僕――立花たちばな 結城ゆうきは幼稚園児で、年長のいじわるな男の子にいじめられて泣いていた。

 そして、そんな情けない僕を助けてくれるのは、いつも彼女だった。


「ぐすっ……レ、レイちゃん……」

「ほら、顔上げて。ハンカチ有るから拭いてあげる」


 ――音虎ねとら 玲子れいこ

 幼いながらに整った顔立ちをした少女が、涙と鼻水でとても見られない有様になっている僕の顔を優しく拭ってくれる。

 幼馴染で、ご近所さんで、僕のことをいつも気にかけてくれる強くて優しい女の子。

 そんな彼女に、僕が幼い恋心を抱いてしまうのは必然だったと思う。


「ねっ、ユウくん。"けっこん"って知ってる?」

「けっこん?」

「大人になった男の子と女の子はね"けっこん"すると、ずーっと一緒に居られるんだって」


 そう言うと、彼女は少し恥ずかしそうに顔を赤くしながら、僕に小指の先を差し出してきた。


「えっとね……私、ユウくんとずっと一緒に居たいな。だから……ユウくんが大きくなったら、私と"けっこん"してくれる?」

「ええっ!? そ、その……すっごく嬉しいけど……レイちゃんは"けっこん"するのが、僕なんかでいいの?」

「私はユウくんがいいのっ! ……ユウくんは、私じゃ嫌?」


 悲しそうな顔をする彼女を見て、僕は慌てて首を横に振る。


「そ、そんなことないよっ。ぼくもレイちゃんと"けっこん"したいっ」

「ほんとっ!? それじゃあ約束! ゆーびきーりげーんまん……」


 お互いの小指を絡めて約束を交わす。

 無邪気で無垢で、打算の無い純粋な好意を伝え合う。

 そんな光り輝くような眩い過去の光景は、大半の夢がそうであるように、唐突に泡のように消えていくのだった。



 ***



「ん……」


 いつもよりも少し早い目覚まし時計のアラームに、僕は顔を擦りながら目を覚ます。

 今日は高校生活の始まり――御影学園の入学式である。

 洗面所で顔を洗い、身だしなみを整えると僕はリビングへと向かう。


「おはよー、母さ……」

「あっ、おはよう。ユウくん」

「…………はぁ!? レ、レイちゃんっ!?」


 リビングでマグカップ片手に、にっこりと微笑みながら手を振るレイちゃんの姿に、僕は思わず裏返った声を上げた。


「ユウキ、朝からうるさいわよ?」

「か、母さん! どうしてレイちゃんがここに……」

「えへへ、ユウくんと一緒に学校行きたいなって、お迎えに来たんだけど……少し早く着すぎちゃったみたいで。おば様が『上がって待ってて』って言ってくれたから」


 だらしない格好してなくて良かった……

 そんな事を考えながら、僕は平静を装うように朝食が用意された席へ腰を下ろそうとする。


「あっ、ユウくん。ちょっと待って?」


 ぱたぱたとこちらに駆け寄ってきたレイちゃんが、僕の首元へ手を添える。


「ネクタイ、ちょっと曲がってるよ? 直してあげるから、じっとしてて」

「え、そうかな? 一応、鏡で確認したんだけど……ネクタイって難しいなあ」

「中学は詰襟だったから仕方ないよ。毎朝結んでいれば、すぐに慣れるよ」


 ……そんな風に平常心を装った返事をしながらも、僕はレイちゃんから感じる甘い香りと、ブレザー姿に目を奪われていた。

 レイちゃん、なんだかまた綺麗になったなぁ。

 中学のセーラー姿も可愛かったが、ブレザー姿も大人っぽくて凄く良い。

 ……というか、レイちゃんスカート短くない? 女子のファッションには詳しくないが、女子高生はこれぐらい普通なんだろうか? 

 顕になっている太ももに目が吸い寄せられないように、僕はレイちゃんの髪に視線を逸らした。


 ……うわー、レイちゃん髪の毛ツヤッツヤだなぁ。頭を撫でたら気持ちよさそ――


「はい、おしまいっ。……ユウくん? 私の頭に何か付いてる?」

「――ぁえ? な、なんでもないっ! なんでもないよ! ネ、ネクタイ、ありがとうレイちゃん」


 頭を過ぎった邪念を追い払うと、僕たちの様子を見ていた母さんが、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべていた。


「いつもごめんなさいねぇレイコちゃん。ネクタイ、結ぶの大変だったでしょう?」

「えっ?」

「私も昔やったから分かるけど、人のネクタイを結ぶのって、結構難しいのよねぇ~。ひょっとして、ユウキの為に練習させちゃったかしら?」

「お、おば様っ!?」

「レイちゃん……?」


 僕の訝しげな視線を受けて、レイちゃんは顔を真っ赤にして、両手を顔の前で横に振る。


「ち、違うのっ! べ、別にユウくんのネクタイを結びたくて、冬休みに練習してたとかじゃなくて…………れ、練習はしたけどもっ! ネ、ネクタイが結べなくて困ってる人が居たら、助けてあげたいな~って!」

「う、うん。そっか。レイちゃんは、えっと……親切なんだね?」

「そ、そうっ! そうなのっ! だから、ユウくんもネクタイが結べなくて困ってたら、いつでも言ってね!?」


 半分涙目になっているレイちゃんが可哀想で、僕は彼女のバレバレな嘘を取り繕ってあげる。

 そんな僕たちの様子を、母さんがケラケラと笑いながら見守っていた。我が母親ながら、ちょっと趣味が悪いと思う。

 何でもそつなくこなす才色兼備で完璧な女の子に見えるレイちゃんだが、嘘だけは下手なようである。彼女の数少ない欠点の一つだ。



 ……まあ、僕とレイちゃんの現在の関係はこんな感じだ。

 お互いに友達以上の好意を持っているのは、多分間違いない……と思う。

 僕も、彼女への恋心は幼い頃からずっと変わっていない。

 出来れば恋人同士になりたいし、叶うのならばそれ以上の関係にだって。


『ユウくんが大きくなったら、私と"けっこん"してくれる?』


 脳裏に、今朝の夢の残滓が過る。

 ――だけど、今の関係が居心地が良すぎて、もしも告白をして断られたりしたら、全てが壊れてしまいそうで――なんて考えてしまうと、あと一歩を踏み出すことが出来ないまま、僕達は高校生になってしまった。


 ……このままではいけない。

 レイちゃんはハッキリ言って凄い美少女だ。幼馴染の贔屓目なしに僕は確信している。

 高校生活で新しい人間関係が広がれば、彼女の魅力を知る人はきっとこれまで以上に増えるだろう。

『彼女は僕のことを好きかもしれない』なんて曖昧な根拠に縋って、安穏と構えている場合ではないのだ。


 ……今日だ。今日、僕はレイちゃんに告白する。

 ずっと好きだったと伝えよう。ずっと隣に居て欲しいと伝えよう。

 もしも断られたらと思うと、想像しただけで足が震える程に怖い。

 幼馴染でも、仲良しな友達でもいられなくなるかもしれない。それでも……! 


 僕は母さんと談笑しているレイちゃんを見つめながら、密かに決意を固めるのだった。


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