81.未知なる脅威…!


「――それじゃ、次に会う時は初詣だね! みんな、ばいばーい」


 クリスマスパーティーが終わった帰り道。隣に立つレイちゃんがフユキくん達に手を振る。


「ああ、レイも寒いから風邪引くなよー」

「立花もな。もう暗いし、ちゃんと音虎を送ってやれよ」


 そんなフユキくんと神田くんの言葉に僕――立花たちばな 結城ゆうきも小さく手を振って応える。


「うん。フユキくんと神田くんも夜道には気をつけて」

「ユリちゃんも、ちゃーんと家まで送ってもらうんだよ? 年末は変な人が多いからね」

「う、うん。それじゃあ二人共、またお正月にね」


 こうして、いつもの3人と帰り道が分かれた僕とレイちゃんは、すっかり暗くなった道を歩き出した。


「クリパ、楽しかったね! ユウくんっ」

「そうだね。カラオケにボーリングにバッティングも――少しはしゃぎ過ぎちゃったかな」

「ふふ、いいじゃない。受験前の最後の息抜きだよ」

「うっ……嫌なこと思い出しちゃった……」


 憂鬱な表情を浮かべる僕に、レイちゃんはコロコロと笑う。


「頑張ろうね、ユウくん。フユキくん達もみんな第一志望は御影って言ってたし、ユウくんだけ学校が違うなんて嫌だよ?」

「それは、僕だって勿論そうだよ。……その、レイちゃんと一緒の学校に行きたいし」

「あは、それじゃあ頑張らないとね! だいじょーぶ、私も手伝ってあげるから」

「いやいや、気持ちは嬉しいけど、レイちゃんも自分の勉強しないと駄目だよ? いや、レイちゃんなら多分推薦で行けるかもだけど……」


 そんな雑談を交わしながら歩いていると、あっという間に僕たちはレイちゃんの家の前に到着していた。


「送ってくれてありがとう、ユウくん」

「うん。それじゃあ、またね。レイちゃ……クシュッ」


 不意に吹いた空風に、僕は思わずクシャミをして身体を震わせた。

 もっと着込んでくれば良かったかな……日中は日差しも強くて暖かったので、少し油断していた。

 そんな僕の様子に、レイちゃんが心配そうに顔を覗き込んできた。


「大丈夫、ユウくん?」

「ぐすっ……ふう、これぐらい平気だよ。ちょっと寒いけど寄り道しないで真っ直ぐ帰れば、すぐに家だし」

「もうっ、12月なのにそんな薄着してるから……ユウくん、ちょっと屈んで?」

「えっ? ……こう?」


 レイちゃんに促されるままに、僕は僅かに身を屈めた。

 次の瞬間、僕の首に甘い香りのする柔らかな何かが巻き付けられる。


「マフラー。貸してあげるから、帰るまで取ったら駄目だよ?」


 ……どうやら、レイちゃんは先程まで自分が身につけていたマフラーを、僕の首に巻いてくれたようだ。

 それを理解した瞬間、僕は先程まで感じていた寒気が吹き飛び、顔に熱が集まっていくのを自覚した。


「ちょっ、いや、まっ……!」

「初詣の時にでも返してくれればいいから。それじゃ、おやすみなさい。ユウくん」


 僕が何かを言う前に、レイちゃんはニコニコと微笑みながら家に入ってしまった。

 ……どうしよう、これマフラー


「……レイちゃんの匂いだ」


 思わず呟いてしまったそんな言葉に、僕は全力で頭を振って邪念を追い出した。

 確かに寒くはなくなったが、今度は逆に頭に血が上って倒れないか不安になってきた……



 ***



 ま、ユウくんのステ調整はこんなところか。

 私がプレゼントしたマフラーをもふもふと触りながら立ち去っていくユウくんを、自室の窓から眺めながら今後のチャートについて思案する。

 こんばんは、音虎ねとら 玲子れいこです。


 さて、2年生二学期も終わり、偏差値高めの学校を狙うなら、そろそろ受験勉強に本腰を入れ始める時期である。

 まあ、私とフユキくんは推薦が取れそうなので、目を光らせるべきはユウくんとユリちゃんか。神田くんは学力だけなら放っておいても問題ないレベルだからね。

 とはいえ、二人は私が1年の時からコツコツと調教しているので、余程のヘマをしなければ御影は合格出来るラインだと踏んでいる。

 そう、例えば私がつまみ食いで許されるラインを見誤って、二人の脳を粉々に破壊してしまったりしなければナ。


 この世界に転生してから苦節15年弱。私はすごくがんばった。

 ユウくんという極上の料理にハチミツをブチまけるのを必死に我慢し、フユキくんやユリちゃん達の心に消えない傷を残したいという欲求も抑えてきた。

 私という邪悪はいつだって純真無垢なユウくん達を狙っていて、彼らの平和な日常は、薄氷の上に成り立っているのだ。


 しかし、ここで少し立ち止まって考えてみて欲しい。

 確かに私は出自こそ転生者という一風変わった存在かもしれない。色物と言ってもいいだろう。

 だが、私は決して天才でも無ければ、チート持ちのなろう主人公でもない。

 多少は人よりも優れている所が有ったとしても、あくまで一般人の枠をはみ出す存在ではないのだ。ダイ大でいうならポップのポジションってところか。

 世界は広い。私程度が考えるような事は、絶対に他の誰かも考えている。

 つまり、私以外にもユウくんの脳を破壊しようとしている真の邪悪が必ず居る筈なのだ。


 私は自分を過大評価しない。この世界で自分が最も邪悪な存在だと思うなんて、自惚れもいいところである。

 私よりもクズな人間なんて沢山いる。

 私なんて所詮はNTR性癖でTS願望持ちの、ちょっと悪知恵が働く小悪党が関の山だ。憎めないヴィランっつーかね。ワンピのバギー的な感じである。アツかったよね。ワンピース争奪戦参加宣言。話が逸れた。

 未だ私に尻尾を掴ませない真の邪悪達は、私のお遊戯的な寝取られ仕草を影から見て嘲笑っているに違いないのだ。『俺ならもっと上手く脳を壊せる』ってな。なんて悪い奴らなんだ。許せねえよ。私は未だ表舞台に現れようとしない真の邪悪に怒りを燃やした。


 そいつらがユウくん達に手を出してこないのは、ひとえに私がユウくんの周りをウロチョロしているからであろう。

 これから天才怪盗団が緻密な計画の下に潜入してお宝を頂こうとしているのに、決行日に目の前でチンピラが銀行強盗を始めてたら日にちを改めるのと同じである。

 真実は常に夜よりも深い闇の中にあり、私は残酷な現実からユウくん達を間接的に守っていたのだ。おいおい玲子ちゃん大天使かよ。悪ぶっちゃいるが、無自覚に人を救ってしまう……スピンオフで人気が出ちゃうタイプのダークヒーローじゃないか。参っちゃうね。


 とにかく私はそいつらからユウくん達を守らなければいけない。

 ここで私が迂闊にアドリブでNTRつまみ食いをして隙を見せれば、たちまちユウくん達は真の邪悪の餌食になってしまうだろう。

 今は辛くても辛抱の時。ここを乗り越えれば、私の理想の新世界NTRルートが待っているのだから。

 その為にも、まずはユウくん達の受験サポートである。とりあえず御影の過去問から傾向を洗い出して、重要そうなポイントを教えてあげることにしよう。

 私、がんばる。

 私は決意を新たにした。

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