80.心揺れるクリスマス②
「音虎こそ、部屋抜けていいのかよ?」
「ん、別に大丈夫だよ。みんな結構自由に動き回ってるし、帰りの集合時間に集まってさえいれば」
自販機横の休憩スペースで俺――
「二年生も、もうちょっとで終わりかー。新しい友達もいっぱい出来たし、楽しかったなー」
「ああ、そうだな」
俺がそんな風に相槌を打つと、音虎がビックリしたような顔でこちらを見つめた。
「……なんだよ」
「びっくり。神田くんの事だから、また捻くれて『んなことねー』みたいな事言うと思ったのに」
「……テメーも割とイイ性格してるよな。1年近くツルんでよーく分かったよ」
「うふ、褒められちゃった。そーいう神田くんは、割とカワイイ所あるよねー」
「ウッザ」
俺の皮肉に音虎はコロコロと笑いながら、中身を飲み干した空き缶をゴミ箱に放り込む。
「……実はね、ちょっとだけ心配だったんだ。神田くん、今日のクリパに来てくれるかなって」
「クラス全員参加してんだぞ。俺だけフケるとか空気読めなさすぎだろ」
「そうだけど……その、嫌なんだけど無理して参加してるんだったら、どうしようって……」
不安げに眉を寄せながら俺の様子を伺う音虎に、俺は溜息をつきながら、その頭をワシャワシャと雑に撫でた。
「きゃっ!? ちょ、神田くんっ! 髪崩れちゃうっ」
「うっせ。音虎がバカなこと言ってるからだよ」
ボサついた髪を押さえながら、恨めしげにこちらを睨む音虎に、俺は皮肉げに片頬を上げた。
「テメーは、俺が来たくもない集まりに、義理だけで参加するようなお人好しにでも見えるのか?」
「えっ? 見えるけど?」
「……話のコシを折るんじゃねえよ。とにかく、俺は来たくて来てるんだ。アホな心配してんじゃねえよ」
照れ隠しをするように、俺は空き缶をゴミ箱にロングパスする。空き缶は綺麗な放物線を描くと、軽い音を立てて屑篭の中へと吸い込まれた。
「……まあ、その、なんだ。お前や立花……それにフユキや白瀬もか。お前らが色々と余計な世話焼いてくれたおかげで、今のクラスにもそれなりに馴染めたし、新しい友達も出来たよ。だから、今日も来ようと思ったんだ。妙な気遣いしてんじゃねえよ」
「……そっか。よかったぁ」
安心したように微笑み、僅かに潤んだ瞳を向ける音虎に、不覚にも俺の心臓が大きく跳ねる。
ここなら人気も少ない。
その華奢な肩を強く抱き寄せたい衝動に俺は駆られた。
……だが、今は違う。そうするべきではない。
「……んじゃ、そろそろ戻るか。リーダーが居ないと、みんな不安になるだろ」
「もうっ、変な呼び方しないでよね」
俺は音虎が好きだ。
叶うのなら、恋人として彼女の隣に立ちたいと思っている。
――だが、それ以上にこいつは恩人なのだ。
学校に馴染めたのも、両親との不仲を正してくれたのも、全部こいつのおかげだから。
そろそろ受験勉強も本格化する時期である。
そんな大切な時期に、俺が感情任せに音虎に告白して、彼女に余計な負担を掛けるような恥知らずにはなりたくない。
悠長なことを言っている自覚はある。
彼女の周りには、立花もフユキも居る。
俺がぼんやりとしている間に、二人のどちらかと彼女が交際することになるかもしれない。
それならそれで構わなかった。立花もフユキも、俺なんかよりも余程人間が出来た男だ。きっと音虎のことを幸せにしてくれるだろう。
その時は……少し寂しいかもしれないが、心から二人を祝福出来ると思う。
――だが、もしも。
俺と音虎がお互いに高校生になって、その時にまだ音虎が一人だったなら。
その時は――
「あっ、戻る前に少しだけ、あっち覗いてもいい?」
「ん?」
音虎がそう言って指差したのはゲームコーナーの一角――クレーンゲームが立ち並ぶエリアだった。
「あっ、これプライズになってたんだー。かわいいなぁ」
そう言って音虎が貼り付いた筐体には、猫やらウサギやらがデフォルメされたぬいぐるみが敷き詰められていた。
「……好きなのか? それ」
「うん。まあ、今月お小遣いがちょっと厳しいから我慢するけど」
「ふーん……」
……この配置ならイケるか。
チャリン、とポケットから取り出した小銭を投入口に突っ込む。
「――えっ、神田くん?」
「あー。集中してっから、ちょい待て」
俺の動かしたアームが、ぬいぐるみに縫い付けられたタグを器用に絡め取ると、そのまま開口部へと景品を放り込んだ。
「ええっ!? すごいっ!」
「ゲーセン通いの賜物だな。自慢出来る事じゃねえが……ほれ」
俺は手に取ったぬいぐるみを、そのまま音虎に押し付けた。
「――え? い、いいの?」
「ま、クリスマスだしな」
「わーっ! ありがとう神田くん! すっごく嬉しい!」
「ワンコインの景品でそこまで喜ぶなよ。安上がりな女だな」
「もうっ、またそういう事言う! ……あは、うれしー……」
音虎は渡されたぬいぐるみを抱きしめると、名案を思いついたように笑顔を浮かべた。
「そうだ! 記念写真撮ろっ! ちょうどプリクラも有るし、ぬいぐるみのお礼に奢っちゃうよー」
「は? ちょ、おいっ」
そう言うと、音虎は俺の手を取ってグイグイとプリクラ機の個室へと押し込んだ。
狭い半個室で二人きりという状況に、動揺した俺は彼女を制止しようとする。
「い、いや、あー、無理すんなって。小遣い余裕無いとか言ってただろ?」
「だいじょーぶ。私が
音虎はこちらの言葉をサラリと流すと、そのまま撮影のアナウンスが始まった。
「ほら、神田くん。もっとくっついて?」
「お、お前ほんとにさあ……マジでそういうところだぞ」
肩が触れ合うどころか、こちらに寄り掛かるようになっている音虎に、俺は耳が熱くなるのを感じながら苦言を呈する。
しかし、当の音虎は何のことかサッパリ分かっていないような、トボけた顔をするばかりだった。
「え、そういうところ?」
「はぁ、立花の奴も苦労してんな……」
「ん~?」
その後、出力されたシートの半分を、音虎から押し付けられるように渡された俺は、手元のシートをひらひらと弄びながら苦笑する。
「……ったく、とんだクリスマスプレゼントだな」
手元に転がり込んだ片思い相手との2ショット写真。
これが青春のほろ苦い思い出となるのか否かは、今の俺にはまだ分からなかった。
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