79.心揺れるクリスマス①
「メリークリスマース!」
「イェ~~イ!」
――季節は巡り、12月。
学校から数駅離れた立地の大型総合レジャー施設。その中のカラオケルームの一室にクラッカーの破裂音と歓声が響く。
「ほら、ユウくん。乾杯しよ?」
「うん。レイちゃんも一年間、学級委員お疲れ様」
コツン、とプラスチック製の安っぽいグラスを隣に座る少女と触れ合わせると、僕――
慌ただしく二学期も終わり、終業式を終えた僕たち2-Bは、クラスの皆で集まってクリスマスパーティーを行っていた。
『流石に来年は受験勉強でそれどころじゃないだろうしね。ちゃんとクリスマス楽しめるのは今年だけだよ~?』
そんな恐ろしくも正しい認識の下、クラス内でちょっとしたカリスマ的存在になっているレイちゃん主導のクリスマスパーティーは、活気に満ち溢れていた。
「はぁ、受験かぁ……」
周囲に聞こえない程度の声量で、僕はボソリと呟く。
受験勉強そのものが疎ましいのは勿論だが、それ以上に志望校である御影学園に落ちた場合、レイちゃんと三年間離れ離れになるという事実が、僕の胸中に重いプレッシャーを与えていた。
別に通う学校が違っても、お互いにご近所さんなのだから交流が断たれる訳では無い。
それでも、学生が一日の大半を過ごす学び舎が別々というのは、これまで常に彼女と一緒に過ごしてきた自分としては、想像するだけでも恐ろしかった。
控えめに言って、幼馴染という色眼鏡を抜きにしても、レイちゃんは綺麗で可愛くて明るくて優しいパーフェクトな天使である。
そんな彼女に未だ恋人の影が見えないのは、本当に申し訳ないが常に僕が彼女の側に居るからだろう。
周囲から半ば公認のカップルとして見られている為、レイちゃんにちょっかいを出そうとする男子が出てこないのである。
……だが、学校が違ってしまえば、そんな前提はアッサリと崩れ去ってしまう。
異性に対する警戒心が皆無な彼女の事だ。男子高校生なんていうエッチなことしか頭にない人間に、彼女が無自覚にどんな挑発的な行為をしてしまうのかは想像に難くない。
その時、僕が側に居なければ彼女に交際を申し込む人間はどれ程の数になるのか。そして、その中の誰かにレイちゃんが運命を感じてしまったら――
想像しただけで、脳髄が末端から灰になっていくような恐怖に、僕の全身がブルリと震え上がる。
……いや、分かっている。
そこまで言うならサッサとレイちゃんに告白してしまえばいいのだ。
というか、僕だってこれまでに何回もレイちゃんに告白しようとしている。文化祭とか体育祭とか、僕なりに雰囲気を作ったりして告白しようと試みた回数は数え切れない。なんなら僕の自意識過剰で無ければ、レイちゃんの方からも、僕に告白しようとしていた場面は何度も有った。
――しかし、その度に邪魔が入る。
フユキくんや白瀬さんが偶然カットインしてきたり、見回りの先生や警備員さんに声を掛けられたり、良い場面で突然電話が掛かってきたり等々……
まるで誰かに仕組まれているかのように、僕かレイちゃんが想いを告げようとすると、必ず何かしらの邪魔が入るのだ。
こうも何回も決意を挫かれると、情けない話だが僕にも慎重という名の臆病が顔を出してくる。
多分、告白すればほぼ確実にOKは貰える。
でも万が一、断られたりしたら――
『……えっと、ごめんねユウくん。私、そんなつもりじゃなかったんだ……その、これからも良い友達でいよう?』
絶対に友達でいられなくなる。
なんなら告白を切っ掛けに疎遠になってしまう。それだけは絶対に嫌だ。
そんな事になるぐらいなら、現状維持の仲良しな幼馴染で居る方がずっとマシである。
そんな打算と臆病風に吹かれた結果、僕は未だにレイちゃんとの関係を進められずにいるのだった。
「ま、まあ、これから受験本番だし……今、告白してレイちゃんに余計な心労を掛けるのも申し訳ないし……」
「なぁーにブツブツ言ってんだよユウキ?」
グルグルと益体もない思考をしていた僕の肩に、フユキくんがガッと腕を回してきた。
「ほれ、マイク。次デュエット入れたから二人でやんぞー」
「うえぇ!? フ、フユキくん! ぼ、僕こういうの苦手だって知ってるでしょっ」
「こうでもしないと、お前ずっと合いの手しかしねえじゃん。別に音痴って訳じゃないんだし気にすんなよ」
フユキくんからマイクを押し付けられた僕は、引っ張られるようにしてディスプレイの横に立たされる。
「えっ、立花くん歌うの!? がんばってー!」
「2-Bのイケメン二人デュオとか、動画撮っておけば自慢出来そ~♪」
「来島ー! ウケ狙うんじゃねえぞー!」
女子達の歓声やら男子からの野次やらを受けて、観念した僕はマイクを口元へ運ぶ。
「ユウくん、フユキくん、カッコいいぞ~♪」
レイちゃんのはしゃぐ様子に、僕が小さく苦笑すると同時にイントロが始まる。
……とりあえず、今は楽しもう。せっかくのクリスマスパーティーなのだ。
色恋沙汰を抜きにしても、大切な幼馴染達と楽しい思い出を作る事が、間違いの筈がないのだから。
***
「あーっ!」
「げっ……」
通路脇の自販機コーナーで、ベンチに腰掛けていた一人の男子が露骨に顔をしかめた。
その様子に、彼を見つけて声を上げた女子は、眉根を寄せて彼の眼前に仁王立ちする。
「もうっ、神田くん! 急にいなくなるから、何も言わずに帰っちゃったのかと思ったじゃない!」
「音虎の中で俺はどういうキャラなんだよ……そこまで空気読めない訳じゃねえっての。ちょっと休憩してただけだよ」
気怠そうに頭を掻く男子――
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