78.呪胎戴天
「――そっか。ありがとう、森田さん」
「う、ううん。これぐらいの事なら別に……そ、その、音虎さん。私が話したことは……」
「分かってるよ。誰にも言わないから安心して?」
人気のない空き教室で、私と二人きりで密談していた女子が、そそくさと気まずそうに立ち去っていくのを微笑んで見送る。
こんにちは、
さて。
まあ、いつかはこういうトラブルも起こるだろうとは思っていた私は、空き教室の教壇に座って思案する。
事の起こりは数日前。
どこか疲れたような思い詰めているような表情をしていたユリちゃんに気付いた私は、それとなく彼女に原因を尋ねてみた。
しかし、ユリちゃんは私からの問いかけを、やんわりと誤魔化すばかりで、具体的な話をすることは無かった。
この時点で概ねの予想はついていた私は、事態の裏取りに奔走。
私が絶対王政を築いているクラス内に限らず、別クラスの生徒に下級生上級生男女問わず、時には司法取引じみた情報収集を行ったところ、真相はやはり私の予想通りであった。
ユリちゃんが、別クラスの女子から軽い嫌がらせに遭っているそうなのだ。
「2-Cの高根さん、ね。特に面識は無かった筈だけど……まあ、私は目立つからなぁ」
情報収集の結果、首謀者である女子の高根さんの攻撃対象は、どちらかといえば私の方らしいのだが……あまりにも私に隙がない為に、妥協して私の友人であるユリちゃんに狙いを定めたようである。
嫌がらせの内容としては、ユリちゃんの下駄箱に空き缶等のゴミを入れたり、彼女に聞こえるように悪口を言ったり程度の軽いものではあったが、こういうのは得てして時間の経過と共に過激化していくものである。さっさと処理してしまうとしよう。
既に高根さんの取り巻きである女子達はこちらに取り込んでいる。先程、こちらに情報を流してくれた森田さんもその一人だ。
私ぐらい人の心に寄り添った人格者だと、そいつが何をされたら一番嫌がるのかが簡単に分かる。
そこを突いて、迂遠かつ遠回しに"おねがい"した所、彼女たちは私のアツイ正義の心に胸を打たれたのか、あっさりと此方に鞍替えしてくれた。これが光堕ちという奴である。
さて、外堀も埋め終わったところで本丸を攻め落とすとしようか。
私はベロリと舌なめずりをすると、高根氏の行動パターンを予測して現行犯逮捕へと動き出した。
***
私とユリちゃんは、同性の中で最も親しい友達――親友と言えるだろう。
だから、彼女が私に助けを求めなかった理由も、何となくだか予想はつく。
ユリちゃんは優しい子だから、きっと私をいじめに巻き込んでしまうかもしれない事を恐れていたのだ。『傷つくのは自分だけでいい』と。
でも、それが彼女の優しさだとしても、私は寂しかった。『お前には関係ない』と言われているようだから。
もっと私を頼ってほしい。
辛い時は助けを求めて欲しいし、寂しい時は『側に居て』と抱き寄せて欲しい。
だって私達は友達だから。
友達のために――ユリちゃんのために、私に何が出来るのか。私は深く深く考えた。
考えた結果、私は高根氏を拉致って洗脳していた。
「辛かったよね高根さん。受験勉強が思うように行かなくて、家ではお父さんとお母さんがいつも喧嘩してて、寂しかったんだよね? だから、いつも楽しそうにしている私やユリちゃんに嫉妬しちゃったんだよね? でも、だからって人を傷つけちゃあいけないよ? 大丈夫。これからは私が側に居てあげる。高根さんがどんなに悪い子でも、駄目な子でも、私が肯定してあげる。嬉しいよね? 私にもっと喜んで欲しいよね? なら高根さんは証明しなければいけないよ。高根さんが私の役に立つ人間だということ。私を喜ばせなさい。そうしたら、私はもっと高根さんを愛してあげる。肯定してあげる。とりあえず、ユリちゃんに嫌がらせをするのは、もう止めようか? ちゃんとごめんなさい出来るよね? だって高根さんは私に喜んで欲しいんだから。愛して欲しいんだから。ちゃんと出来たらヨシヨシしてあげるよ。嬉しいよね? ほら、嬉しかったら笑って? スマイルして? はい、かわいい~~」
「あっ♥あっ♥あっ♥」
椅子に縛り付けられた高根さんが、ガクガクと身体を揺らしながら、ヨダレを垂らして満面の笑顔を浮かべている。
もちろん薬物など使っていない。純粋な話術である。
一流のNTR女は何でも出来る。洗脳術など初歩の初歩だ。
前世の時からこの手の技術には精通していた私だが、今はそれに加えて血流操作によって、声音と動作の律動を1/fゆらぎに調整している。鬼滅のお館様の奴ね。
今の私が本気で洗脳しようとすれば、大半の人間は抵抗出来ずに私の信奉者になることだろう。イエスマンなんて作っても何も面白くないので、基本的には使うつもりの無い技術ではあるがね。
「それじゃあ、私が『
「ふぁい……わかりまひたぁ……♥」
まあ、せっかく洗脳したのだから、いざという時は肉壁にでもなってもらうとしよう。
人間とは友愛を尊ぶ生物である。
辛い時は手を取り合って支え合い、助け合って生きていくのだ。
つまり損をするのは私以外の誰かでなければいけないという事である。これがチームプレイという奴だ。
こうして私はユリちゃんいじめ問題をスピード解決するのであった。SUCCESS!
***
「ユリちゃん、さっきの人達なんだったの?」
放課後、別クラスの女子達の呼び出しから戻ってきた私――
「なんでもないよ。少しお話しただけだから」
「むぅ、ユリちゃんがそう言うなら、いいんだけどぉ……」
不満げに頬を膨らませるレイちゃんに微笑ましい気持ちになりながら、私は呼び出しのあらましを反芻する。
***
人気の無い校舎裏に呼び出された時は、多少身構えていた私であったが、彼女たちの第一声は必死な様子の謝罪であった。
これまでの嫌がらせの犯人が自分達であった事。深く反省しており、もう二度としないと誓うとの事。私が望むのならば、気が済むまで殴られる覚悟が有るとまで彼女達は宣言をする。
地に頭を付けんばかりの勢いに、私は少々たじろぎながらも、その謝罪を受け入れた。
そんな私に、ホッとした様子の少女たちの一人がこう告げたのだ。
「その、音虎さんにも言っておいてくれるかな。本当にごめんなさいって……」
「えっ?」
「……えっ?」
……どうやら、この突発的なイベントの裏では彼女が暗躍していたらしい。
優しい彼女に心配をかけないように、ここ最近の嫌がらせについては黙っていたのだが……結局はお見通しだったようである。
「本当に、敵わないなぁ……」
***
初めて会った時から私の憧れで、友達で、大切な人。
でも、今はこれまで以上に彼女のことが――
「……レイちゃん」
「ん、なぁに?」
「私……レイちゃんのこと、その、すごく……好き、みたい……」
私の唐突な言葉に、彼女はきょとんとした後で、その大きな瞳を輝かせた。
「――嬉しいっ! 私もユリちゃんのこと大好きだよっ!」
「うひゃっ!?」
飛びつくように私に抱きつく彼女に、胸の鼓動が早くなる。
その笑顔があまりにも眩しくて、私は彼女を直視出来なかった。
「ユリちゃん。これからも、よろしくね」
「うん……」
彼女への溢れる気持ちを誤魔化すように、私は夕日が差し込む窓へと視線を逸した。
嬉しい。
好き。
好き。
レイちゃんが、好き。
欲しい。
彼女が、欲しい。
私だけの、光になってほしい。
私だけの、レイちゃんに。
私、だけの――――
ニ チ ャ ア … …
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