77.炎


 ユリちゃんのお宅で女子会である。

 こんにちは、音虎ねとら 玲子れいこです。

 クラスメイトの中でも比較的仲の良い女子を何人か集めて、お茶やらお菓子やらを楽しみながら、私達はガールズトークに花を咲かせていた。

 女子間でのヘイト管理や、各種情報収集としての女子同士の集まりは、私の重要なタスクの一つである。

 一流のNTR女は、社交の場においても一流なのだ。


「――というか、実際のところどうなのよ、レイコ? 立花くんの事、あんまり待たせちゃ可哀想でしょ?」

「え、えーっ? わ、レイコは別に、ユウくんとはそういうのじゃ……それに、そういうのは男子の方から言ってほしいというか……」


 私の初々しい反応に、女子たちが「キャーッ」と黄色い歓声を上げる。

 この場に居る娘たちは、ユウくんやフユキくんに対して、特に恋愛感情を持っていない面子である。

 なので、こういうモダモダした関係を演出した方が好感を得られるタイプなのだ。他人の恋愛事情に外野から野次を飛ばすのは、人類共通の娯楽の一つである。つまり大まかに言えば私と同類ということだ。


「まあ、立花くんはそういう所あるよねー。優柔不断というか、引っ込み思案というか」

「あーもうっ! 私の話はいいでしょ! ねえねえ、ユリちゃんは気になる男の子とか居ないの?」

「え、ええっ!? わ、私は、その……」


 突然、私に話を振られたユリちゃんがビクッと肩を震わせた。

 その小動物的な仕草に加虐心を刺激された女子たちが、尋問対象を私からユリちゃんに変更する。


「確かに、気になるなぁ。ゆりっち、全然そういう話しないし」

「来島くんとかどうなの? いつも一緒に居るじゃない」

「神田くんとも最近、仲良いよねぇ~」

「う、うぅ……レ、レイちゃん、助けて……」


 女子たちに詰め寄られて、タジタジなユリちゃんが私に縋り付く。


「ふふ、仕方ないなあ。ほら、おいで?」


 両腕を広げてハグの姿勢に入った私の胸に、ユリちゃんがポスッと飛び込んだ。


「レイコとゆりっち本当に仲良いよね~」

「案外、立花くんのライバルって白瀬さんかも……」

「えぇ~? ふふ、どうしよっかユリちゃん。私達、そーいう風に見えるんだって?」


 茶化してくる女子に乗っかった私が、ユリちゃんを顎クイする。

 至近距離で私の顔を見つめて、ゴクリと生唾を飲み込んだユリちゃんの様子に、私は笑みを深くする。

 そうだ、私にもっと執着しろ。ユウくんから私を奪うんだよぅ~~。


 先日はガバにより、ユウくんにヤンデレ属性が生えてしまったが、元々そっち方面の素質はユリちゃんの方が高かった筈である。さっさと生やしてしまおう。

 ヤンデレという属性は間男枠にとって非常に有用である。

 寝取られという倫理にもとる行為に及ぶにあたって、イキ過ぎた愛情で理性が吹っ飛ぶヤンデレ属性は、私にとって非常に都合が良いのだ。簡単に思考誘導が出来るからな。

『駄目だったけど一生懸命頑張りました』なんて言葉には何の価値もない。

 大事なのは過程ではなく結果なのだ。愛するレイコをユウくんから勝ち取ったというという結果がな。成果を伴わない努力なんてただの自己満足なんだよぅー。

 頑張ったユリちゃんは、ちゃんと報われなければ不公平UNFAIRだろう? 

 故にユリちゃんから良心や倫理などというクソの役にも立たないパーツは、私が綺麗に取り去ってあげるのだ。なんて親切なのだ。私。

 だが、そんな私の善意を阻む邪魔者がユリちゃんの家に居たようである。


「わふっ」

「あっ、サモちゃんだ! かわいい~」

「ご主人様が取られそうで心配になっちゃったのかな~?」


 女子会が行われていたユリちゃんの部屋に、白い毛むくじゃらが乱入してくる。白瀬家で飼われているペットの犬っころ、サモエドの"サモちゃん"である。

 60cm近い体躯のでけえワン公が、私とユリちゃんの間にぐいぐいと鼻先を突っ込んで間に挟まってきた。

 私は舌打ちしたい心を押し隠し、犬っころに微笑みを向ける。


「あはは、サモちゃんはユリちゃんが大好きだもんね~?」

「ヴルルルル……」


 頭を撫でようとしたら牙を剥き出しにして唸られた。

 何を隠そう、私はこの犬っころに滅茶苦茶嫌われているのだ。

 私に向かってクソほど威嚇してくる愛犬に、ユリちゃんが慌てて咎めようとする。


「こ、こらっ! サモ!」

「ふふ、いいよいいよ。大好きなご主人様とくっついてたから、嫉妬されちゃったのかな~?」

「ヴヴゥゥ~~」


 クソがっ、全く心を開く様子がねえ。

 噛みつかれた事こそ無いが、サモ氏は死ぬほど私のことを警戒しているのである。

 この犬っころは他の女子に触られると、いつも笑ってるみたいなサモエドスマイルで愛嬌を振りまく癖に、私が手を伸ばすと牙と瞳孔が全開になるのだ。

 だが、私はそんな事でいちいち腹を立てたりはしない。心の優しい人は動物が好きというしな。逆説的に私は動物が好きということである。大神もトロコンしてるし。

 ペェ~~ット。仲良くしようぜぇ~~? 


「うりうり~、サモちゃんは今日も毛並みフワフワだね~?」

「ヴグルヴヴググゥゥゥ……!」

「サモッ! こらサモッ! 何でレイちゃんにだけ、そんなに辛辣なのっ!」


 フッフッフッ! 全く此方に靡く気配の無い犬っころの様子に、私はなんだか楽しくなってきた。

 思えば、この体に転生してからというもの、ここまで敵愾心を顕にされるのは初めての経験かもしれない。

 久しく感じていなかった、このヒリつくような敵意の視線……! 生きてるって感じがするぜぇ~~。

 屈服させてやんよォ……! 

 私と犬の戦いが始まる。



 ***



 ――夕方。

 白瀬家の玄関口で、私とクラスメイトの女子達はユリちゃんに手を振る。


「お邪魔しました~。ユリちゃん、またね~」

「うう……レイちゃん、サモが何だかごめんね……」

「あはは、別にいいってば。サモちゃん、また遊ぼうね?」

「グルルル……」


 結局、犬っころを屈服させることは出来なかった。

 敵ながら天晴と私はサモ氏を心の中で称賛する。暴力で叩きのめしていれば話は違ったかもしれないが、流石の私も飼い主の目の前でペットをぶん殴るのは出来なかったので、実質引き分けってところかナ? 

 まあ、駄目だったけど一生懸命頑張ったので私は満足である。大事なのは結果ではなく過程なのだ。

 成果が得られなかったから努力が無意味だった等と言う奴は、人の心を持たない鬼なのだ。


 胸を張って生きろ。

 己の弱さや不甲斐なさにどれだけ打ちのめされようと、心を燃やせ。歯を食いしばって前を向け。

 私の中の煉獄さんもそう言っている。刀鍛冶の里編のアニメも始まったし。

 強くなれる理由を知った私は、ユウくんを連れて進むのだろう。このNTRロードをな。


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