76.見つけてくださってありがとうございます
「――私、そういうのは嫌だな」
拒絶の言葉。
ユウキの独占欲に塗れた醜い言葉に、レイコはそう返した。
まあ、当然であろう。自らの自由が他者に束縛されることを、嬉々として受け入れる人間は基本的に少数派である。
それは利他を良しとする、天使のように清らかな心根を持った少女でも例外では無かった。
「……ごめん、レイちゃん」
彼女からそういった反応が返ってくることは想定していたユウキではあったが、それでも少女から拒絶されたという事実に、身勝手にも傷ついている自分の心に、少年は自己嫌悪を覚える。
(……分かっていた。レイちゃんがそういう反応をすることは。それでも――)
たとえ彼女から嫌われようとも、友人から軽蔑されたとしても、レイコを自分の側に縛り付けたいという気持ちに揺らぎは無かった。
そう、何なら今この瞬間にでも――
「だって、ユウくんが全然楽しそうじゃないんだもの」
「――――えっ?」
そっと、少女の手がユウキの頬を撫でる。まるで見えない涙を拭うかの様に。
「ユウくんって、いっつもそう。苦しくて辛い時ほど、そうやって無理に笑おうとする。この際だから言うけど、それ悪い癖だよ?」
「ふがっ」
少年の貼り付いた笑顔を解きほぐす様に、レイコのすべすべとした指先が、彼の頬をむにーっと引っ張った。
「レ、レイひゃん?」
「……何が有ったのか知らないけど、さっきからユウくんってば『本当はやりたくないのに』って、泣き出しそうなのを我慢してるみたいな顔してたよ?」
「――っ!」
あまりにも鋭く核心を突いたレイコの言葉に、ユウキは思わず息を呑んだ。
そうだ。本当は、レイコの意思を無視して、自分という檻に閉じ込めるような真似なんてしたくない。
フユキを――親友のことを疑ったり、嫉妬したりなんてしたくない。友達に軽蔑されるような事はしたくない。
――そして何より、彼女に胸を張れないような人間にはなりたくない!
「ふふっ、いつものユウくんに戻った」
レイコがようやくユウキの頬を弄んでいた指を離すと、少年は暗く淀んだ靄が晴れたようにスッキリとした心持ちになった。
思考が冴え渡り、今まで自分がどれほど醜い感情を少女にぶつけていたのか気付いたユウキは、辿々しくもレイコに謝罪しようとする。
「レイちゃん。その、ごめん。僕は……」
「したくない事なら無理にしなくてもいいし、向き合いたくない事からは逃げてもいいの。何があっても、私はぜぇ~~ったいにユウくんの味方してあげるから。ね?」
「……はは、流石にそれは甘やかし過ぎかな。僕、もう14だよ?」
「いいじゃない。中学に入ってからユウくんってば大人びちゃって、少し寂しかったんだもの。たまには幼馴染に甘えてくださいな」
本当に、この少女には一生勝てそうにない。
ユウキはそんな事実を、晴れやかな気持ちで改めて確認した。
「…………え、えっとね、ユウくん」
「うん、どうしたのレイちゃん?」
不意に少女がユウキの耳元に顔を寄せると、囁くような声量で密かに告げる。
「その、さっきはああ言ったけど……ユウくんが本当にしたいことだったら……私、何でもしてあげるから。ね」
「――えっ、は!? レ、レイちゃ……」
少女のとんでもない発言に、ユウキは思わず振り返る。
レイコは可哀想なぐらいに顔を赤くして、瞳を潤ませながら続ける。
「だ、だから、その……私も、ユウくんにしたい事が出来たら、その時は……受け入れてくれる、かな?」
「う……うん……」
ユウキは口から心臓が飛び出しそうになるような緊張の中、息も絶え絶えな様子でレイコの言葉に頷いた。
レイコはそんな少年の姿に、柔らかく微笑んで感謝の言葉を告げた。
「ふふ、ユウくんは優しいね。
あ り が と う 」
***
「くそっ! やられた!!」
夕食後。
帰宅するユウくんを見送った私は、自室で頭を抱えて机に突っ伏していた。
こんばんは、
さて、久しぶりの大ガバである。
ちょっとユウくんの好感度を上げすぎてしまったのか、彼にヤンデレ属性が生えてきてしまったのだ。
NTR男というものは、基本的に没個性のプレーンな味付けで無くてはならないと私は考えている。
ただでさえ、幼少期のガバによりユウくんはイケメンになってしまっているのだ。ここから更にヤンデレ属性なんて付けてしまったら、NTR本来の味がブレる。このままではラーメンに鶏油を入れて敗北した芹沢さんみたいになってしまう。発見伝ね。
そもそもヤンデレ属性は、間男枠のフユキくんかユリちゃん辺りに生やす予定だったのに、よりによってNTR男のユウくんに生えてしまうとは、とんだ大誤算である。
空気を読めぇ~~。私の空気をよぉ~~。
まあ、この後全部ノーミスなら問題ないか。私は切り替えた。
それに、今回の一件は内心でフラストレーションを溜めていたユウくんにとっても良いガス抜きになっただろう。今後のチャートに余裕が出来たと考えれば、悪いことばかりでもない。
それにしてもユウくんは本当に可愛いなぁ~~。
私はヤンデレユウくんが、私の手のひらの上で光堕ちさせられた姿を思い出して、ベロリと舌なめずりをした。
フユキくんと私が抱き合っているのを、ユウくんが見ていたのは気付いていたが、そこまで思い詰めていたのならば、現行犯でとっちめるべきだったのだ。
そうしなかった時点で、ヤンデレとは言っても甘々の激甘、私にとってはかわいいポメラニアンのようなものである。
私に準備する時間を与えちゃ駄目だよォ~~。
まあ仮に現場を押さえられたとしても、どうとでも対応は出来たがね。
所詮ヤンデレなんていう属性は、愛情という不確かな感情によって生じる小さなバグである。
"尽きることのない悪意"という人間の確固たる真実を軸に持つ私には通用しないのだ。
私は食後のデザートに用意されていた、カットされた柿をしゃくりと齧ると、ユウくんの家がある方角に向かって感謝の心を捧げた。
「わたしを見つけてくださってありがとうございます」
窓から差し込む月明りが、私の顔面を真っ白に光り輝かせていた。
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