66.かわいいあの子と甘い夢を



「いただきまーす」

「い、いただきます……」



 たまたま遭遇した山田くんと、ショッピングモールのフードコートにて、少し早めのランチタイム。

 こんにちは、音虎ねとら 玲子れいこです。

 さて、夏休みが始まったとはいえ、全日をユウくん達と過ごすというのは、好感度調整の点から考えても、現実的でないのは言うまでも無い事だろう。

 という訳で、本日はNTR休肝日。暇つぶしに一人で適当に外をうろついていたら、道端に山田くんが落ちていたので、拾い食いをしているという流れである。


「ごはん食べたら何しよっか? 山田くんは、どこか見たいお店とかある?」


 私はハンバーガーをかじりながら山田くんに話を振ると、彼はうどんを手繰る箸を止めて思案顔をする。


「うーん……俺はこれといって。元々、すること無いから時間潰してた感じだし。音虎さんは何処か行きたい所はある?」

「私? ん~……どうしよっかな。えへへ、勢いで誘っちゃったけど、特に何も考えてなかったんだよね」


 私は嘘を吐いた。本当は既に詳細まで考えてある。

 しかし、このデートプランは私の持ち込みではなく、山田くんと二人で考えたというていにしたかったのだ。

 こういうのは、お互いにあーでもないこーでもないと話しながら考えるのが楽しいのだ。上げ膳据え膳でデートプランを全部用意されているというのも、男子側の心理としては萎縮してしまうだろう? 

 私は鞄から、モール内の地図が書かれているパンフレットを取り出した。


「じゃん、フロアマップ。一緒にどこ行くか考えよっ。デートするのは私と山田くんなんだもん」

「デ、デート……う、うん。そうだね」

「ふふ、面白そうなことが思い付いたら何でも言ってね。こういうのは話し合った方が良い案が出るものだもん」


 出る案などタカがしれているがナ。

 私は内心でほくそ笑んだ。

 デート初心者の、女子慣れしていない山田くんが考えるプランなんて簡単に予想がつく。ましてや場所はショッピングモール内。条件はかなり絞られる。先回りして私が予め考えていたプランに、思考の誘導を施すなど造作もなかった。

 雑貨店や映画といった定番を抑えつつも、山田くんが変に気を遣って、女子ウケしそうなスポットを提案してきたら、やんわりとそれを軌道修正していく。そういうのは大体、男子にとっては退屈だからね。


「あっ、ここのアニメショップ行ってみたいな。前に山田くんと遊んだソシャゲのグッズとか見てみたい」

「えっ、あー、まあ、いいけど……その、もしかして俺に気を遣ったりしてる?」

「私が行きたいのっ。もちろん、山田くんが嫌じゃなければだけど」


 先程も言ったが、これは山田くんと二人のデートなのだ。

 私だけが楽しくても意味がないし、どちらかと言えば、私が山田くんを接待して楽しませるのが主なところがある。


 以前も言った通り、私は山田くんを間男として採用するつもりは無い。彼はあくまで口寂しい時のオヤツである。

 しかし、万が一……千載一遇のチャンス、最高のユウくん脳破壊シチュエーションに、山田くんを間男として採用するという可能性もあるだろう。なので、とりあえずたぶらかすことにしておいた。

 要は期間限定ガチャと同じなのだ。別に現状では特に必要無いけど、この機会を逃したら二度と手に入らないと言われたら、とりあえず無料石でガチャを回すというのが、人間という生き物なのである。つまり私は悪くないということだ。


 そんなことを考えている間に、山田くんとのデートプランが決まった。

 ほぼ私が最初から考えていたプランと同じになったが、それはあくまで偶然であり、結果が同じならば、私が山田くんの思考を誘導したことなど、大した問題ではないのである。


「それじゃ、行こっか! 山田くんっ」

「う、うん」


 私はニコニコと微笑みながら、山田くんの隣を歩く。

 ギクシャクとぎこちなく歩く山田くんを横目で愛でながら、彼から感じる可愛らしい恋慕の情に、私はベロリと舌なめずりをした。



 ***



 ――そして、夢のような時間は瞬く間に終わりを迎える。


「あー、楽しかったっ!」


 二人で考えたデートプランを消化し、満足そうに伸びをする音虎さんを横目に見ながら、俺――山田やまだ みのるは、幸福感やら名残惜しさやらが綯い交ぜになった不思議な心地になる。

 ……まあ、"デート"とは言っても、音虎さん的には『男女が一緒に遊ぶ=デート』という程度の認識らしいので、恋愛的な意味合いは全く無さそうでは有るのだが……



 ――それでも、


「……楽しかったな」


 本当に自然に、心からの言葉が口からぽろりと零れる。

 その言葉を聞いた音虎さんが、嬉しそうな顔で僕に微笑んだ。


「……良かった。私、今日は本当に楽しかったから。山田くんも楽しんでくれたら、嬉しいなって思ってたんだ」


 夕日に照らされながら、そんな風に笑う音虎さんが本当に綺麗で。

 俺はつい、少しだけ調子に乗ってしまった。


「お、俺は……音虎さんと一緒なら、何でも楽しい、よ」

「――えっ?」


 俺の言葉に、音虎さんがきょとんとした顔をする。


 ……しまった。やらかした。


 言ってから、自分のキモすぎる発言に嵐のような後悔が襲いかかった。

 これではまるで、女子に少し優しくされただけで、勘違いして惚れてしまう痛い男じゃないか。……悲しいことに全て事実なのだが。

 ……でも、今の言葉は違うんだ。変な下心とかじゃなくて、本当に今日は楽しかったから。俺はただ、それを伝えたかっただけで……


「――も、もうっ! もうっ! 山田くん、急に変なこと言わないのっ! ビックリしちゃうでしょっ」


 変な空気になったのをフォローしてくれたのか、音虎さんが文句を言いながら、ポカポカと俺の胸を小突いてきた。

 ……と、とりあえず、露骨に引いている感じじゃなくて良かった。

 さっきまで、一緒に楽しく遊んでいた女の子に、そんな顔をされてしまったら本気で立ち直れない。

 とにかく、俺は迂闊な発言を謝罪しようと口を開きかける。


「ご、ごめ――」

「……ちょっと、キュンとしちゃったじゃない」

「……えっ?」


 ボソリと、本当に小さな声で音虎さんがつぶやいた。

 それは、一体どういう意味で――


「そ、それじゃあ、私は帰るからっ! バイバイ、山田くんっ」

「えっ、あ、うん。さ、さよなら音虎さん」


 明らかに夕日の色とは違う赤みで頬を染めながら、音虎さんは早足で立ち去っていった。

 ……ええ、なに今の反応。

 小さくなる彼女の背中を、呆然と見送った後で俺は頭を抱えた。


「うぅ~~……か、勘違いするな俺。アレはそういうのじゃないから。音虎さんはそういうつもりじゃないから……」


 必死に自分に言い聞かせるも、胸の高鳴りは無責任に激しいビートを刻む。

 ……も、もしかしたら、音虎さんも俺のこと……


「だから、違うんだってっ!!」


 自分に都合の良い曲解をしようとする思考を、俺は必死に抑え込む。

 夏の陽気とは違う熱気に、一人身悶えする夏休みの一日であった。


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