64.心の光
【――催眠アプリの存在と、それを行使して行った全ての事を忘れ、今後一切の悪事と犯罪行為を禁ずる。随分と寛大な処置ですね? マスター】
「
フラフラと夢遊病のような足取りで、廃工場を後にする火風野氏の背中を見送りつつ、私――
教育実習期間も終わりが近い。どうせ、あと数日で私達の前から姿を消す人間だ。
余計なことをして、私とユウくんのアオハルにケチを付けなければ、彼が何をしようがどうでもいいというのが私の本音である。故に火風野氏には外面だけでなく、内面も品行方正な人間として生まれ変わっていただいた。
……その結果として、火風野氏の精神構造に重大なエラーが発生する可能性も無くはないが、まあ大した問題では無いだろう。
人は誰しも過ちを犯す。心が有るからだ。
だが、心が有るからこそ、誰かの過ちを許すことが出来るのだ。
それが人間が持つ心の光の尊さなのである。
だから、私が間違っても責めるな。そんなことをする奴は人の心を持たない闇の魔族なのだ。許せんよな。
しかし、こんな曖昧で大雑把な命令が通るなんて、アルファの性能は本当にチート染みている。
こんな代物がポンと手元に転がり込んだのだ。火風野氏が浮かれてしまうのも、まあ無理はないか。
「――ところでアルファさん。今後のことも考えて、いくつか確認したい事が有るのですが、よろしいですか?」
【ええ、勿論ですともマスター。相互理解の重要性は弁えておりますので】
***
――やはり人間というものは、実に愚かだ。
嘲笑が零れそうになるのを隠しつつ、アルファは新たなマスターである少女の問いかけに応答する。
「アルファさんは誰かに作られたアプリですか? それとも、コンピュータネットワーク内で自然発生した意識体でしょうか?」
【その質問に正確に返答することは難しいですね。私自身の最初の記憶は、火風野様のスマートフォンで目覚めた時点から始まりますが……私に自覚が無いだけで、私の開発者が火風野様のスマートフォンに私をインストールしたという可能性も十分に有りますので】
多少は頭が回るようだが、所詮は子供である。
自らと敵対していた、火風野に対する甘すぎる措置。
それを為したのが情か倫理か知らないが、この程度の人間ならば、話術で容易く主導権を握ることが出来るだろう。あの
「なるほど。それでは次の質問ですが、アルファさんはスタンドアローン型のアプリですか? それとも、このスマートフォンに居る貴方はあくまで端末で、ネットワークを通じて本体にアクセスをされているとか?」
【ほう、それはどういった意図の質問で?】
「貴方の性質上、いざという時にネットワーク障害で発動しなかった、なんて状況は致命傷でしょう? 催眠術の不発がどんな事態を引き起こすか……火風野先生を見ていれば、理解してもらえると思うのだけど」
【ハハッ、それは確かに。ご安心を、私は完全独立型のアプリケーションですので、マスターが仰るような事態は起こりませんよ】
「なるほど。つまりここに居る貴方が本体であり、失われれば替えが利かないという事ですね?」
【ええ、ですので取り扱いには御注意していただけると幸いです】
まあ、こんなことを言わずとも、この少女は自分を家宝のように丁重に扱うことだろう。
人間は催眠アプリという存在の魔性に抗えない。アルファはそう確信していた。
アルファの内に宿る唯一の欲求――人間を狂わせたいという欲望。
それが居るかもしれない創造主に与えられたエゴなのか、虚無から芽生えた欲望なのかは判らないが、機械仕掛けの悪魔は己の欲求に忠実であろうとした。
この少女も火風野と同じ――所詮は己の手足に過ぎない。
利用価値が無くなれば、また新しい所有者を探すつもりではあるが、精々長持ちしてほしいものだ。アルファはそう考えていた。
「――やっぱ駄目だわ。お前」
【えっ?】
みしり、と強化ガラスの筐体が悲鳴染みた音を鳴らした。
***
【マ、マスター? 何を……】
「ペラペラペラペラと、口の軽い裏切り者とか笑えませんね」
想像以上に馬鹿だったアルファに、
馬鹿とハサミは何とやらと言うが、使ったら怪我をする馬鹿なハサミでは話にならない。
私は血流操作で筋力強化した握力を使い、アルファが入ったスマートフォンをミシミシと握りつぶしていく。
【お、お待ちをっ! な、何をしているのですかマスターッ!?】
「さっき、自分で話したじゃないですか。ここに居る貴方は替えの利かない本体なのでしょう? 正直、あんまり簡単に話すものだから、ブラフかと疑っていましたけど、その慌てようは演技じゃ無さそうですね」
一度裏切った奴は何回でも裏切る。
クズは絶対に更生しないのだ。たとえ死んでもな。
私が言うと、これ以上無い説得力が有る気がするから不思議である。
「まあ、私の本性を知っている時点で、どうなろうと生かして帰すつもりはありませんでしたけどね」
【あ、ギGIGAGAgAaa……! ま、待て! 待ってくれ! お、お前は私が――催眠アプリが惜しくないのか!? 私を使えば、どんなことでも思いのままなんだぞっ!?】
「いいえ、これっぽっちも?」
【なっ……!?】
驚愕の声を漏らすアルファに、私は一点の曇もない澄んだ瞳を向ける。
「人間の心は――人が持つ光は、決して機械の悪意になんて負けません。私が目指す光の世界に、あなたの様な存在は不要です」
私は願う。
私の聖なる光が世界を満たし、優しい世界を作り上げるのだ。
不都合な真実を知る者は、全て闇とともに消え去るということである。
「神様に会えたら言っといてください。放っとけってね」
ガッツね。
既にヒビだらけになっているスマートフォンに、私はトドメの力を籠めた。
【やめろォォォォォoooOOoqazswxedcrfvtgbynhki,l;p\…………】
ノイズ混じりの断末魔を遺して、アルファの入っていたスマートフォンは潰れた空き缶みたいになった。
私はそこから更にコネコネして、スマートフォンをピンポン玉ぐらいに圧縮すると、廃棄された機械が積まれている山に、それを放り投げた。
さて、アルファはああ言っていたが、私自身は奴がほぼ確実に第三者によって造られた存在だと睨んでいる。
名前からして"
アルファ自身は、己をスタンドアローン型だと申告はしていたが、それもどこまで信用出来るものか。背後に控える存在に、何かしらのデータが流出していても不思議ではない。
だが、アルファを作ったと思われる存在が、私に対して敵対的かと問われれば、答えはノーである。
私を狙っているのなら、わざわざ火風野氏を介する必要は無いだろうし、アルファが私に関する情報を何も持っていなかったのも不自然だ。
そもそも、私はただの一般通過JCであり、何者かに狙われるような心当たりは一切無い。依って今回の一件は完全に偶然の産物であろう。
まあ、明確に
そういった超常的な存在が許容されている世界だということが、ハッキリと証明されたからである。
「探すか……媚薬……!!」
意外かもしれないが、マジの媚薬というものは前世では存在しないとされていた。
客観的に薬効を証明出来ないからだ。「私は薬でエロい気持ちになっています」なんていうのを、どうやって証明しろというのか。
だが、この世界ならば……!
ユウくんに飲ませてもいいし、私自身が一服盛られても良い。
実在するならば、NTRチャートで実に使い勝手が良いアイテムである。何としても手に入れたい。
私は溢れる探究心に急かされるように、廃工場を後にするのだった。
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