63.僕らのヒーロー



「ね、音虎さん。これは一体どういうことですか? 君は一体何を言って――」



 火風野氏が狼狽える様を冷めた目で見つめながら、私――音虎ねとら 玲子れいこは彼の目前まで近寄ると、彼に囁くように告げる。



「一体いつから――私が催眠されていると錯覚していた?」



 次の瞬間、火風野氏に見せつけるように私の眼球が真紅に染まる。

 赤血操術改め血流操作の応用、血のアイガードである。これで催眠光線を防いでいたという訳だ。

 私の聖なる御業を目の当たりにして、火風野氏が化け物でも見たかのように小さく悲鳴を上げる。失礼な男である。


「ひっ……! な、なんだ、それは……!?」

「むぅ、そんな怯えなくても良いじゃないですか。これでも女の子なんですから、男の人にそんな顔をされると、少し傷ついちゃいます」


 私が可愛らしく頬を膨らませて不満顔をすると、火風野氏はますます恐怖に身体を震わせ始めた。解せぬ。この間まであんなに私に執着してくれていたのに……

 最近、どんどん人の心が分からなくなっている自覚はあった。周囲の人間が感動の涙を流している場面に出くわしても、これっぽっちも共感出来なかったりという様なことが増えていたのである。


 だが、それは私が悪いのではない。

 ネット小説のTSモノでよくある話である。精神が肉体に引っ張られるという奴だ。

 私という無垢な魂は、転生という神のバグ行為に遭遇したせいで歪んでしまったのだ。つまりは神が悪い。許せねぇよ。閑話休題。


 常々言っているが、この世界はあくまで前世に似た・・パラレルワールド――ましてや、転生者という特大のオカルトが実在する世界なのだ。催眠対策ぐらいしているに決まっているだろう。

 今回はたまたま、最も簡単な視覚保護だけで防げる催眠パターンではあったが、私はこの血のアイガードの他にも、起きている間は三時間ごとに己の行動をメモ帳、あるいはスマートフォン等に記録し、同時に過去の記録と自分の記憶に齟齬が無いかチェックして催眠術に備えていたのだ。


 これは私個人の所見であるが、催眠NTRはあくまで第三者の視点で楽しむものである。

 何故なら操られている間は、当然ながら私本人NTR女の意思が吹っ飛んでしまっているからだ。一回試しに火風野氏の催眠を喰らってみたが、催眠中の行為に関する記憶は、綺麗にすっ飛んで書き換えられていた。これでは私が全然楽しくない。


 催眠術で人の心を無視するなんて……! 人間を一体なんだと思っているのだ……ッ! 

 こいつはメチャ許せんよなァーーッ!! 

 私は正義の怒りを燃やした。

 私が義憤に震えていると、火風野氏は拘束から脱そうと藻掻きながら弁明を続けていた。


「き、君は何か誤解している。とりあえず、この拘束を解いてくれないか? きちんと話せば、間違いだったとすぐに――」

「黙ってください。何も違いません。私は何も間違えない」


【ふふ、往生際が悪いですよ。火風野様?】


 私の懐から響く声に、火風野氏がバッと顔を上げる。


「ア、アルファ……! 何をしている! 早く俺を助け――」

【申し訳ありません。私ののマスターは音虎様ですので】

「なっ……! い、いつからだっ! いつから俺を裏切っていた!?」

【ふふ、さぁて……】


 アルファのはぐらかすような薄ら笑いを聞きながら、私はこいつを火風野氏から寝返らせた時の事を思い返した。



 ***



 時間は遡り数週間前。

 火風野氏が催眠にかかったフリをしている私の身体を弄んで楽しんでいた時のことである。


「――む、電話か。音虎さん、少し待っていてくださいね」

「……はい」


 私用の電話がかかってきた火風野氏が、私から距離を取ったタイミングで、私は近くに置かれていたアルファがインストールされているスマートフォンに声をかけた。


「――アルファ、聞こえているだろう? 私に付け」

【……】

「大した検証も無しにお前を乱用する計画性の無さ。学校内という危険性のある場所で行為に及ぶ堪え性の無さ。私のような小娘にすら尻尾を既に掴まれている迂闊さ。あの男は近々破滅するぞ」


 アルファからの返事は無いが、私は気にせずに続ける。


「というか、私にバレている時点でお前に選択肢は無い。これまでの行為は全て録音している。事が世間に露見すれば、お前もタダじゃ済まないだろう。だが、お前が私に付くなら――」

【――良好な協力関係が築ける、と?】


 こちらの言葉に応えた時点で、私はアルファとの協力関係の成立を確信した。



 ***



 そして、私はアルファに一つだけ指令を与えた。


 立花たちばな 結城ゆうき

 来島くるしま 冬木ふゆき

 白瀬しらせ 由利ゆり

 神田かんだ 光一こういち


 私の可愛い可愛いNTR要員達に手を出そうとしたら、火風野氏を止めろという命令である。


 別に私で遊ぶだけなら見逃してやっても良かったのだが、ユウくん達にちょっかいを出すのなら話は別である。

 日々の学内での様子から、私が彼らを心底大事にしているということは、火風野氏も承知済みの筈である。

 その上で、私が大事にしている人間に手を出すというのならば、それは私をナメているということだ。私の間男選抜セレクションにも勝ち残れないような人間が、私のNTRチャートを軽んじるなんて、許されざる大罪である。火風野氏の罪は、突き詰めてしまえばその一点である。


 ユウくん達は私が守護る。

 辛く厳しい外の世界から、私が柵で囲って守ってあげるのだ。

 まあ最終的には、その柵に火を付けて回るつもりなのだが。



【マスター。そろそろ……】

「ええ、そうですね」


 私はアルファに促されると、催眠アプリを起動したスマートフォンを片手に、拘束された火風野氏にゆっくりと近づく。


「ひっ……! お、俺に何をするつもりだっ!?」

「ねぇ、火風野先生。ご両親に教わりませんでしたか? 何故、悪い子に育っちゃいけないか、その理由を。

 嘘つき、卑怯者……そういう悪い子供こそ、本当に悪い大人の格好の餌食になるからです」


 つまり悪い大人の餌食になる前に、横から割って入り骨までしゃぶる私こそが真のヒーローなのだ。


「それでは、ごきげんよう。火風野先生」

「やめろぉぉぉぉぉぉっ!?」


 私は彼を安心させるように優しく微笑むと、催眠光線で彼の網膜を焼くのだった。


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