中学2年生編

52.新たなる犠牲者!留まる所を知らないクズ野郎!



 自分の素行が悪くなったことに、大して理由など無かった。



 それなりに裕福な家に産まれ、欲しがった物は大抵与えられたし、これといった苦労もせずに、恵まれた幼少期を過ごしていた自覚は有る。

 しかし、それは自分が両親から愛されているからではなく、道徳だの我慢だのを子供に教え込むのが面倒だったが故に、適当にあしらわれているからだというのは、幼心に何となく察していた。


 ネグレクトとまでは言わないが、息子にあまり関心を持たない両親。

 最初は、彼らに対する反抗心のようなものが有ったかもしれない。


 ……しかし、今となってはそういった心すら消え失せ、気がつけば"なんとなく"で授業をサボタージュするようになっていた。

 出席日数を計算し、定期テストでは平均以上の点は取る。教師に呼び出されて、注意を受けることは有っても、致命的な大事にはならない範囲でアウトローを気取る。

 根が小心者だった自覚は有った為、万引きや恐喝といった今後の人生に大きな傷跡が残るような無法は働かなかったし、そういった馬鹿をするような連中とツルむこともしなかった。

 思春期特有の倦怠感や無力感を、無頼を気取ることでほんの少しだけ刺激的に味付けする。言ってしまえばファッションヤンキーである。



 中学二年生になってからも、その生き方に大きな変化は無かった。

 流石に自分のクラスすら知らないのは不味いと思い、始業式には出席する。

 制服を着崩し、校門付近に張り出されたクラス発表の紙を眺める。




「やった! ユリちゃんっ、また同じクラスだよっ!」

「う、うん。また一年よろしくね、レイちゃん」




 同じくクラス発表を眺めていた女子生徒達が、きゃいきゃいと姦しく抱き合って喜びを表現しているのを横目に、自分のクラスを確認する。


 ……俺のクラスは2-Bか。同じクラスに知り合いは……


「――おっ、光一こういち。へぇ~、流石のお前も始業式には来るんだな」

「ん、冬木ふゆきか。まあ、自分のクラスも知らないのは流石にな」


 振り返ると、そこには知り合いの来島くるしま 冬木ふゆきが人好きのする笑みを浮かべて立っていた。

 社交的な男で、それなりに周囲から煙たがられている俺にも、気さくに話しかけてくる奇特な男でもある。


「おー、光一こういちも2-Bか。ふゆきと同じクラスだな。これから一年間よろしく頼むぜ」

「ああ。……まあ、俺はそんなに学校来ないと思うけどな」

「おいおい、新学期の初日からそれかよ。まあ、お前は出席日数とか計算してるし、留年とかは無いとは思うけどよ」


 会話もそこそこに、冬木は別の知り合いを見つけると、俺の前から離れていった。




「すげえな。またふゆきとユウキとレイで同じクラスかよ。これで何年連続だ?」

「なによー。こんな可愛い女の子と同じクラスなんだから、もっと喜んでもいいのよ?」

「あはは、ユウキは嬉しいよ? また皆と同じクラスになれて――」




 ……とりあえず、クラスに知っている奴が居るようで一安心である。

 俺は生徒でごった返す校門から離れて、新しい教室へと向かった。



 ***



 体育館に集められての退屈なスピーチを聞き流し、他の学生達と一緒に教室へと戻る。

 俺のクラスでの座席は窓際の最後尾。中々悪くないじゃないか。

 四月の穏やかな日差しが、俺の身体を程よく暖めてくれる。


「くぁっ……」


 昨日も夜更かしをしていた為、強烈な睡魔に襲われた俺は、思わず大欠伸をする。



「……ふふっ」

「――ッ」


 間抜けに大口を開けていた俺を見ていたのか、隣の席の女子が鈴を転がすように笑った。


「おっきな欠伸。窓際って眠くなっちゃうよね」


 悪びれる様子も無くそう言う少女は、明らかに同年代の中でも一段――二段は上の美貌を輝かせていた。

 そんな美少女に間抜けな姿を見られていた事実に、俺は思わずしかめっ面を作る。


「……見てんじゃねぇよ」


 羞恥心を誤魔化すように、多少低くした声で返す。

 しかし、隣の女子は怯んだ様子もなく、微笑みを浮かべる。


「ふふ、ごめんね? ……それと、これから一年間よろしくね。神田かんだ 光一こういちくん」

「あん? 何で俺の名前……」


 知り合いでもない女子に、一方的に名前を知られていたことに疑問符を浮かべていると、彼女は黒板を指差した。


「ん? だって座席表に名前書いてあるもん」

「……そーだね」


 少女が言う至極当たり前の事実に、自意識過剰にも程があると、俺は耳に熱が籠もるのを感じた。


「……って言いたい所だけど、実は君のことは前から知ってたんだ」

「あぁ? どういう……ああ、そういうことか」


 キッチリと着こなしたセーラー服に、整然とした佇まい。

 如何にも優等生然とした女子が、俺のことを事前に知っている理由なんて、そう多くない。


「教師か知り合いか、誰かから言われたか? 関わらない方が良いロクでなしが居るってな」


 自分の評判がどんなものか知っていた俺は、威嚇するように如何にもといった悪どい笑みを浮かべる。

 しかし、少女は一瞬きょとんとした顔を浮かべると、またすぐに微笑みを浮かべた。


「あはは、違うよぉ。神田かんだくんって、結構自意識過剰?」

「…………チッ、じゃあ何だってんだよ」


 男子にも女子にも、それなりに恐れられていた自負を真っ向から否定してくる女子に、俺は多少イラつきながら答えを求める。



「ん~……一年生の時から、ちょっと気になってたんだ。

 ……何だか、いつも寂しそう・・・・にしてる男の子が居るなーって」

「…………ッ」


 自身さえも気づかず隠していた内心を見抜いたような言葉に、俺は思わず勢いよく立ち上がった。

 椅子が後ろに倒れ、そんなつもりは無かったのだが、大きく響いた物音に教室の視線が集中する。


「…………チッ」

「――あっ、神田かんだくんっ!」


 居心地の悪い空気に、いたたまれなくなった俺はカバンを担いで教室を後にする。

 ……まるで全てを見抜いているような少女の澄んだ瞳から、逃げ出したかった気持ちを押し隠して。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る