51.中学1年生編・完



 ――卒業式。


 去りゆく3年生との別れを惜しみ……と言いたい所だったが、文芸部には幽霊部員の先輩方しか居なかったし、卒業する人達とは大して交流も無かったので、正直ピンとこないイベントだった。

 こんにちは、音虎ねとら 玲子れいこです。


 まあ、記念告白なのか、何人か少し会話した事がある程度の先輩達に告白されたりはした。

 無論、お断りはさせてもらったが。


「あちゃ、やっぱ駄目かー」

「そんな軽いノリで告白される身にもなってください。そんなだから、彼女出来てもすぐ別れちゃうんですよ?」

「あはは、音虎は厳しいなー」


 そんな風に、フラれたダメージをさして感じさせずに笑うのは、文化系部活動の会議で何回か顔を合わせていた軽音部のチャラ男先輩(仮称)である。

 甘いマスクに釣られた女の子をとっかえひっかえしている逸材ではあるのだが、出会いのタイミングが悪かった。

 高校時代に交流があれば、是非とも私の間男オールスターに加わって欲しかったのだが、流石に遠距離で二年間近くキープするのは管理面で無理がある。残念ながら今回は見送りである。


「ま、気が変わったら連絡ちょうだいよ。これ、俺のLINEアカウント」


 押し付けるように渡されたメモに、私は大げさに溜息を吐く。


「はぁ……仕方ないから受け取ってあげますけど、期待はしないでくださいよ?」

「うん、それで構わないよ。どれだけ細かろうと、かわいい子との縁は大事にしないとね」

「口の減らない人ですね……ご卒業、おめでとうございます。女の子で遊ぶのも程々にしてくださいね? いつか背中刺されますよ」


 まあ、刺さってるのは私のブーメランだが。


 私は客観的視点を持つ女。ユウくんの脳破壊を成し遂げた末には、誰かに背中をぶっ刺されるぐらいの事は無論、覚悟している。


 ……だが、それでいいのだ。

 ユウくんの脳を破壊出来たなら、その先など私には不要だ。

 私に辿り着く場所なんていらない。ただNTRに向けて進み続けるだけでいい。止まらない限り、道は続く。


 私は止まんねぇからよ、ユウくん達が止まんねぇ限り、その先に私はいるぞ! 

 だからよ……



 止まるんじゃねぇぞ……



 新しいガンダムも始まったというのに、未だインターネットのおもちゃとして止まる気配の無いオルガ団長に思いを馳せていると、チャラ男先輩が快活に笑った。


「あはは、貴重なご意見どーも。音虎も立花くんと上手く行くといいね」

「あぇっ……!? なっ、ど……どうして……!?」

「ふふ、最後に良いもん見れたよ。じゃあねー、音虎ー」

「せ、先輩っ! ……もうっ!」


 私の赤面顔を見れて満足したのか、チャラ男先輩はしてやったりと言った顔をして去っていった。



 さて、さっきから物陰でこっそりと私達を観察していたユウくん達の様子はどうかな? 


 私はギョロリと眼球を動かして校舎の一角へと視線を向ける。

 そこにはユウくんの他に、フユキくんとユリちゃんも物陰から顔を覗かせていた。

 私がギアセカンドで強化した眼球は視野角が広い。

 常人であれば、映っていても認識出来ない視界の端の光景でも、私ならば正面から注視しているレベルで確認することが可能なのだ。


 おお、顔を赤くしていた私を見て、どんな勘違いをしているのか。ユウくん達が顔を青くしている。

 自分達がまごまごしている間に、チャラ男先輩に先を越されたとでも誤解しているのだろう。思わぬボーナスである。うめぇ。


 おっと、うまがっている場合ではないな。

 ちゃんと誤解を解いておかないと、フユキくん辺りが先走って私を寝取りに来かねない。きちんとフォローしておかねば。


「――あーっ! ユ、ユウくん!? フユキくんにユリちゃんもっ! な、なんでここにっ!?」

「げっ、レイの奴にバレたぞ!」

「あっ、いや、これは、その……」


 私はあたかも偶然ユウくん達に気づいた体で、驚いた顔を作る。

 覗き見に気づかれて慌てている三人に、内心では微笑みを浮かべながらも『私、怒ってます!』という感じで彼らに近づくのだった。



 ***



「――えぇ~~、終業式も無事に終わり、明日から春休みです。こうして、1-Bの皆で打ち上げが出来るぐらい仲良くなることが出来て、私はとても嬉しく思っています」


 寿司焼肉等がお安く食べ放題のバイキングレストランにて、私はグラス片手に演説めいた事をしていた。

 クラス委員長主催の一年間お疲れ様会である。私の眼前には、一年間の苦楽を共にしたクラスメイト達が揃っていた。


「クラスメイトの皆でこうして集まるのも、きっとこれが最後になるでしょう。ですが、二年生になっても通学路で会ったら挨拶したり、抜き打ちテストの情報とかを共有したりしましょう。

 ……それと、クラス委員でもない私に、前フリなしで突然スピーチをやらせたこと、許していません。委員長は後で私にお酌しにくるように」

「だって、音虎の方が俺よりもクラスリーダーっぽいじゃん」


 私と委員長の漫才めいたやり取りに、和んだ様子で笑い声が上がる。


「いいんちょ、影薄かったもんなー」

「先生もたまに素でレイちゃんを委員長扱いしてたもんね……」

「フユキくんもユリちゃんも同意しないのっ! ……おほん。それでは、かんぱーい!」


「「「かんぱ~~いっ!」」」



 程々に場を暖めた私が座席に戻ると、ユウくんが労いの声をかけてくれた。


「レイちゃん、お疲れ様」

「ありがと、ユウくん」


 二人でウーロン茶の入ったグラスを軽くぶつけ合う。


「一年間、色々有ったね~」

「あはは、レイちゃんには色々お世話になりっぱなしだったね。本当にありがとうね」

「そんな大したことしてないよ~。私こそ、ユウくんのおかげで一年間とっても楽しかったよ!」


 グラスを軽く傾けて一呼吸置くと、私は少し照れたような顔で頬を掻いた。


「そ、その……二年生もユウくんと同じクラスになれたら、嬉しいな……」

「う、うんっ。そ、そうだね……」



「メシ取ってきたぞー。ユウキ、適当に並べてくれるか?」

「レイちゃん、取皿持ってきたよ。はい、立花くんも」

「う、うんっ。二人ともありがとうね……」


 私達が甘酸っぱい空気を醸し出していると、料理を取ってきたフユキくんとユリちゃんが割って入ってきた。

 うんうん、露骨に私とユウくんの邪魔をしているな? 

 いい感じに好感度と嫉妬心が発揮されているようで何よりである。

 私は密かにニッチャリ笑顔を浮かべながら、フユキくんの持ってきた肉を焼き始めるのだった。



 ***



「うぅ~~っ。やだぁ~~、ユリちゃんとクラス離れたくない~~」

「レ、レイちゃん? なんでそんなお酒入ってるみたいなテンションなの?」


 私は半泣きになりながら、ユリちゃんの豊かな胸に顔を埋めていた。

 そんな私の様子に、フユキくんが呆れたような表情を浮かべる。


「あー、気にすんな白瀬。レイの奴は小学生の頃から、死ぬほどクラス替えを嫌がる奴なんだよ」

「昔は僕やフユキくんに泣きついてたよね。まあ、その、情が深いというかなんというか……しばらく好きにさせてあげて?」

「わ、私は別に良いんだけど……フヒッ」


 ユリちゃんの私の背中を擦る手付きが微妙にいやらしいのを感じながら、私はどれぐらいでハグを切り上げるか計算を始める。

 私ぐらい人の心に寄り添った人格者だと、効果的なタイミングでの涙腺コントロールなど初歩の初歩である。技術とすら呼べないだろう。

 ユリちゃんの手が背中から、私の横乳に移り始めたタイミングで、私は涙を逆再生のようにヒュッと引っ込めて、ユリちゃんから離れた。


「ぐすっ、ごめんねユリちゃん。もう落ち着いたから大丈夫」

「あっ……う、うん。それは何より……」


 名残惜しそうに手をワキワキさせているユリちゃんが暴発しないように、私はニトログリセリンを扱うように繊細な対応を心がける。


 ……現状の好感度状況ならば、こんな綱渡りなどしなくとも、ユリちゃんNTRルートの構築は容易であることは私にも分かっている。万全を期すならば、もっと安全なチャートも有るだろう。

 だが、それは私の流儀に反する。

 リスク回避ばかりに注視した安定チャートなどクソ喰らえである。

 やるならば全力で。

 ハイリスク・ハイリターンの地雷原を全力疾走し、断崖の果てを飛翔した者だけに、寝取られ神は微笑むのだ。

 もっと私に困難と絶望をくれ。魂を震わせるアツさを。必ず乗り越えてみせる。私は決意を新たにした。



 太陽すらも凌駕する私の熱き魂の輝きが、ユウくん達の未来を白く塗りつぶす錯覚を感じながら、私の中学1年生編は終わりを迎えるのだった。


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