49.オタクに優しいカス
俺――
「あっ、山田くんだ」
「……へっ? あ、ね、音虎さん?」
「はい、音虎さんですよー。おはよっ、山田くん」
朝の通学路。
朗らかに笑いながら、俺の隣に駆け寄ってきた彼女の名前は
学内でも五指に入ると評判の美少女であり、そして俺の分不相応な片思い相手でもある。
「まだまだ寒いねー。早く暖かくならないかなー」
「……ん、そうだね」
……もうちょっと気の利いた返しが出来ないのか俺は。
コミュ障丸出しの己を恥じる俺だったが、音虎さんは気にした様子もなく楽しそうに会話を繋げる。
「――でね、最近は紙パックのジュースにハマってて」
「ああ、音虎さん最近どこ向いてるのか分からない謎ジュースよく飲んでるもんね」
「ペットボトルよりもチャレンジしてる商品が多くて楽しいよー。ハズレを引いたらシェアして皆を道連れにするのも楽しいし」
彼女と隣り合って歩き始めてから数分後。
気がつけば、彼女に乗せられるように、俺は饒舌に舌を回していた。
こういうのをコミュ強って言うのだろうな。
俺みたいなスクールカースト下位の人間を、ただ悪ふざけのようにイジッて遊ぶでもなく、こちらも会話を楽しめるように拾いやすい話題を投げてくる彼女に、俺は内心で感嘆の声を上げていた。
「そういえば、前に山田くんが読んでたラノベの映画見たよー。ほら、あの学園モノのやつ」
「うえっ。あ、あれを見たの音虎さん?」
「なによ、その反応。ちゃんと面白かったよ? ……まあ、少し過激な話だったけど……」
「い、一応言っとくけど、あんなのばっか読んでる訳じゃないからね、俺」
「分かってるよぉ」
音虎さんは複雑そうな表情をしながらも、最後には照れくさそうにはにかむ。
彼女はビックリするぐらい偏見の無い人だった。
所謂オタク趣味な作品やら、同年代の女子なら顔を顰めそうなコンテンツでも、人に薦められたり、興味を持てば色眼鏡なしにそれを楽しもうとする。
女子とろくに接点の無い陰キャオタクの俺にも、彼女は気にせずによく話しかけてくるし、話に聞くと、クラスメイトの悩み相談や恋愛相談なんかもよく受けているらしい。
噂によると、彼女の仲介でバレンタイン後に成立したカップルはかなりの数になったそうな。
『人に余計なお節介をしちゃう悪い癖なの』なんて照れくさそうに笑う姿を見たこともあるぐらい、彼女は利他を良しとする人格だった。
一体どうしたら、こんな善意の塊のような女の子が産まれるのか。
この世界がゲームだったなら、間違いなく音虎さんは光属性のキャラクターになるんだろうな、なんてオタクらしい陳腐な例えをしてしまう程度には、彼女は俺にとって眩しい存在だった。
……だから、勘違いしてはいけない。
彼女はクラスメイトの友人として、俺に良くしてくれているのであって、それは決して恋愛感情などでは無いのだ。
「……そういえば、今日は立花くんと一緒じゃないんだね」
「ん、ユウくん?」
「うん。音虎さんと立花くんって、大体いつも一緒に登校してくるけど、今日はどうして一人なの?」
俺のクラスメイトであり、イケメンだがそれを鼻に掛けず、誰に対しても礼儀正しい優しい男子である。
……そして、恐らくは音虎さんが恋している相手だ。
「うん……ユウくんなんだけど、どうも風邪を引いちゃったみたいでね。今日は学校お休みするんだって」
「えっ、そうなの?」
「うん。だから、放課後にお見舞いに行くんだ」
心配そうな表情をしつつも、そこには明らかに友愛以上の感情を覗かせる声色と感情が宿っていた。
……そんな彼女を見ているだけで、俺は心臓を縄で縛られるような圧迫感を覚えてしまう。
やっぱり、彼女は立花くんのことが――
「あーあ、せっかくの"ホワイトデー"なのになぁ……ユウくんには、元気になったら利子付けてお返ししてもらわなきゃっ」
そんな音虎さんの言葉に、俺は我に返ると、意を決してカバンの中に手を入れる。
「あっ、あのっ、音虎さんっ!」
「ん、なぁに?」
「こ、これ! バレンタインのお返しっ」
そう言って、袋にラッピングしたクッキーを彼女に手渡す。
透明な袋に入った焼き菓子を見て、音虎さんは目を丸くした。
「えっ、これって……もしかして手作り!?」
「あ、う、うん。音虎さんも手作りのチョコくれたし、既製品じゃ悪いかなって……」
……渡してから思ったが、恋人でもない男から手作りの菓子を贈られるってどうなんだ?
普通にキモくないか?
今更ながら、そんな恐怖に襲われ始めた俺を無視するように、目の前の彼女を歓声を上げて小さく飛び跳ねた。
「ウワーッ! すっごく嬉しいっ! ありがとう山田くん!」
「え、あー、その……アレだったら捨ててくれても構わないから、ほんと」
「ええっ!? 何言ってるの? 捨てる訳無いでしょっ」
「いや、ほんと気にしなくていいから。よく考えたら、ただのクラスメイトから手作り菓子とか普通にキモいし……」
「――山田くん」
見苦しい言い訳を重ねようとする俺の手を、音虎さんの柔らかい両手がギュッと包み込んだ。
「あぇっ……ね、音虎、さん?」
「勘違いだったらごめんだけど……山田くんって、女子と話すの苦手でしょ?」
「え、あー……まあ、得意では無いかな……お恥ずかしながら」
彼女の瞳にまっすぐ見つめられて、俺はそんな情けない言葉を吐く。
女子と話すのが得意だったなら、こんなに陰キャオタクをこじらせていないだろうしな。
すると、彼女は優しげに微笑んで、俺の手を握る力を少し強くした。
「……でも、女子と話すのも苦手なのに、私の為に頑張ってクッキー作ってくれたんでしょ? そんなことされて、嬉しくない女の子なんて普通はいないからね?」
「ね、音虎さん……」
ああ、やめてくれ。
そんな風に肯定されてしまったら、諦めている筈なのに夢見てしまうではないか。
お願いだから、傷つくだけの恋心なんて、未練なく捨てさせてくれ。
そんな俺の気持ちも知らずに、彼女は俺の不出来なクッキーを大事そうに抱きしめると、慈しむように微笑みを浮かべた。
「……ありがとう山田くん。すっごく嬉しいよ。
本当に、本当に……
……彼女のそんな言葉に、俺は何とか笑顔を返す。
声が震えないように腹に力を入れる。
「……どういたしまして。俺も、音虎さんの気持ちが嬉しかったんだ。だから、気にしないで?」
初恋の味は、想像の数倍は苦く、そして重かった。
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