48.聖ネトラエル



 ウデマエがS+になった。



 間違えた。バレンタイン当日になった。音虎ねとら 玲子れいこです。


「ユリちゃん、ハッピーバレンタイン! はい、チョコどうぞ」

「ありがとうレイちゃん! はい、お返し」


 朝のHR前、私とユリちゃんは早速お互いに友チョコを交換した。


「わーい! ありがとうユリちゃん! ……と言っても、一緒に作ってるから手の内はバレバレなんだけどねー」

「あはは……でも、一緒にチョコ作るの楽しかったね。……その、また来年も一緒に作ってくれる?」

「もちろん! 来年はもっとかわいいやつ作ろうね!」


 きゃいきゃいと女子同士で騒いでいると、登校してきたクラスメイトの女子達も私とユリちゃんの周りに集まってきた。


「音虎さん、はい友チョコー」

「わっ、ありがとう! それじゃ、私もお返しねー」

「玲子ちゃん、私も私もー」

「ありがとー、それではこちらをお納めくださーい」


 流石にクラス全員分を手作りは厳しかったので、それなりに親しいぐらいのクラスメイトには既製品のチョコを返礼する。


「白瀬さんもチョコあげるー」

「あわわ、あ、ありがとう。こ、これ。お返しです」

「由利っちー、チョコ交換しよー」

「う、うん。既製品だけど、いいかな?」


 おっ、ユリちゃんもクラスメイトの女子達にもみくちゃにされている。

 入学当初は教室内でぼっちをやってたユリちゃんだったが、なんだかんだで私やユウくん達以外にも友達が出来たようで何よりである。

 私も鼻が高いよ。腕を組んでベガ立ちで後方彼氏面をした。


「――お、おはよう。レイちゃん」

「はよーっす、レイも白瀬も朝からテンションたけえな」


 友チョコ交換会で賑わう女子達に気圧されているのか、少し控えめなトーンでユウくんとフユキくんが挨拶をしてきた。


「あっ、ユウくん! フユキくんもおはようっ!」


 私は満面の笑みで二人に近づくと、可愛くラッピングした箱を二人に手渡した。


「はい、これ! ハッピーバレンタイン!」

「あ、ありがとうレイちゃん。その、すごく嬉しいよ」

「サンキュー、レイ。いつも悪いな」


 ユウくんは分かりやすく赤面して。フユキくんは微笑を浮かべてスマートに私からチョコを受け取る。

 まあ、外面はどうあれ二人とも好いている女からのチョコに、内心テンパっているのは私の白眼でお見通しである。うめえ。


「あっ、二人とも開けるのは家に帰ってからにしてね? 渡すぐらいなら先生も大目に見てくれるけど、学校で食べるのは多分アウトだから。先生に没収なんてされたら怒るよ?」


 私からの釘刺しに、二人が頷く。


 もちろん本当の理由は別である。

 二人に渡したチョコには、それぞれ手書きのメッセージカードで思わせぶりな言葉を添えているからだ。

 まあ無いとは思うが、仮に二人にこの仕込みが露見したとしても、書いてあるメッセージはあくまで"思わせぶり"なだけで直接的な文言は一切記載されていない。

 リスクはほぼゼロで、男子二人のリビドー値を稼げるなら、やらない理由は無いだろう。


 NTRは一日にしてならず。

 私は長期的計画性の有る女。毎日のコツコツとした積み重ねを厭わないのだ。



 おっと、のんびりしている場合ではない。

 折角のバレンタインなのだ。私も存分に楽しまなければ。


 チョコの入った手提げを持って、私は教室内をフラフラと徘徊する。

 行き先は、さっきからこちらをチラチラと盗み見ていた男子達の席だ。


「はい、佐藤くん」

「えっ、音虎チョコくれんの?」

「義理だけどねー。お返しとかいらないよー」

「うおー! サンキュー!」


 流石にクラスメイト全員に配るつもりは無いが、そこそこに話すぐらいの仲である男子には、義理チョコを配って回る。


「近藤くんもどーぞ」

「おおー! マジで嬉しいよ、ありがとな音虎!」

「ファミリーパックのチョコで喜び過ぎー。学校で食べちゃ駄目だからねー」


 ああっ、ユウくんとフユキくんがすげえ目でこっち見てる。たまらねえぜ!! 

 背中に刺さる二人の視線に、私の全身に電撃のような快感が疾走る。それはまるでクリムゾンのエロ同人のようだった。



『悔い改めないと天罰が下る』



 ふと、初詣のおみくじの文言が脳裏を過った。


 忘れがちだが、私が今いるこの世界は前世と"よく似た"パラレルワールド。

 やりたい放題の悪漢外道に対して、神罰を下す存在が実在する可能性も考慮しておいた方が良いのかもしれない。

 つまり、カルマ値がナザリックみたいになることは避けなければならないということだ。



 だが、その点ならば私は何も問題無いだろう。

 私はこの世の誰よりも人間を愛する心優しき女。

 たとえニャオハが進化形態で立ち上がったとしても、大きな心で愛を注ぐことが出来る聖女である。


 そう、それはまるで人が犬を好いている感情と同じように、私は人を愛しているのだ。

 自分が心優しい光の存在だと説明したかったのに、なんかチェンソーマンのマキマみたいになってしまった。


 マキマさんのような詰めの甘い女と一緒にされるのは心外である。

 私ならばデンジをもっと上手にコントロール出来る。マキマでは叶わなかった「より良い世界」を創り上げ、新世界の神になれる自信が私には有った。

 喋れば喋るほど墓穴を掘っている気がした私は思考を打ち切った。



 うん、認めよう。私は人よりほんの少しだけ邪悪かもしれない。

 だが、カルマ値はまだ取り返しの付く範囲である筈。多分プラマイ0ぐらいの善にも悪にもなれる危うい無垢な存在が私なのだ。マイナスに振り切って見えるなら、それはスカウターの故障である。


 過去は変えられないが、未来は変えられる。

 私は真に光の存在として生まれ変わるのだ……! 



 あっ、山田くんが教室に入ってきた。生まれ変わるのは明日からでいいや。


「山田くん、おはよーっ!」

「あっ、音虎さん。おは――――」

「はい、これ。バレンタインチョコ!」


 私は山田くんに既製品ではなく、手作りチョコが入った小箱を渡した。


「えっ……あ、あの、これ、もしかして、音虎さんの手作り――」

「ふふ、山田くんには普段から仲良くして貰ってるから特別だよ?」


 私がパチッとウインクすると、山田くんは面白いぐらい赤面してくれた。


「あ、あの、マジでありがとう。その、なんというか……すげえ嬉しい」

「あはは、売ってる奴と違って日持ちしないから、出来れば今日中に食べてね?」


 そう言って小さく手を振ると、私は山田くんから離れた。

 返す刀でユウくんとイチャイチャするのを見せつけて、山田くんの脳を粉々にした。うめえうめえ。



 ***



「音虎ー、俺にはチョコねえのー?」

「田中くんにはありませーん。……でも、私の義理チョコよりも良いモノ貰えるかもね?」

「へっ?」


 私は思わせぶりに笑みを作ると、女子グループの一人に視線を飛ばした。


「……まあ、ちょーっと心の準備しといた方がいいよ? 身だしなみ、しっかりね?」

「えっ、あっ、おいっ」


 それだけ告げると、私は彼から離れて女子グループに混ざって密談を始める。


「れ、玲子。田中くん、どうだった?」

「脈あり。押せば絶対行けるよ」

「ウワーッ。あ、ありがと! 勇気出すねっ!」


 私に背中を押された女子が、ふんすと気合を入れて田中くんの席へと向かう。

 まあ、あの二人なら間違いなくカップル成立するだろうな。


 私は前世で散々カップルの人間関係をメチャクチャにしてきたので、人を見る目には絶対の自信があった。

 カップルの壊し方を知っているという事は、作り方も知っているということなのだ。ハガレンのドクターマルコーみたいなものである。


 という訳で今日の私は恋のキューピッド。

 言うなれば天使ネトラエルと言ったところか。


「ね、音虎ちゃん! 私と安田くんってどうかな?」

「実は小山くんのこと、ちょっと良いかなって思ってて……」

「二年生の先輩なんだけど――」


 先程の二人がカップル成立しそうな流れを見て、続々と女子からの恋愛相談が私に舞い込む。


 事前の調べで特に問題無さそうな組み合わせならば、女の子の背中を押してあげればいい。

 少し分の悪い勝負になりそうな場合は、私が相手の男子を精神誘導と洗脳で調教し、後日に場をセッティングしてあげることを約束する。


 女子は彼氏が出来て幸せ。

 私はユウくんに粉をかける可能性のある女子を排除出来て幸せ。

 まさに一石二鳥。良い事をすると気分が良いぜ。


 カルマ値が善に傾くのを感じながら、私は男子の意思を完全に無視したカップル作成に向けてプランを練るのだった。


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