46.神は見ている
「こんちわー、明けましておめでとうございます。おばさん」
元日の朝。
近くの神社まで、
玄関でユウキの母がフユキを出迎える。
「あら、フユキ君。明けましておめでとう。ユウキと約束?」
「ええ、神社まで初詣に行く約束をしてまして」
「そうなの? やだわあの子ったら。フユキくんと約束してるのに、まだ寝てるみたい。良ければ上がってちょうだい」
「ありがとうございます。それじゃ、ちょっとアイツ起こして来ますわ」
フユキはそう応えて立花家に上がり込むと、勝手知ったるとばかりにユウキの部屋の扉を開ける。
「ユウキー、起きろー」
「……んむ、フユキくん……?」
フユキの声に、ユウキが寝ぼけ眼でベッドから起き上がる。
「……あれ、もうこんな時間? ごめん、完全に寝過ごしてた……」
「別に急ぎじゃねえからいいって。待ってるから顔洗ってきな」
「ん~……」
イマイチ覚醒しきっていないユウキの様子に苦笑しつつ、フユキはスマートフォンを取り出す。
メッセージアプリを開くと、そこには
【reiko:フユキくん、あけましておめでとう! 今年も一年、仲良くしてくれたら嬉しいです!】
【fuyuki:あけおめー。また一年よろしく頼むわー】
【reiko:(よく分からない猫っぽい生き物のスタンプ)】
【fuyuki:(よく分からない犬っぽい生き物のスタンプ)】
日付が変わると同時に送られてきたメッセージのログを眺めつつ、フユキは落ち着かない内心をガリガリと頭を掻きむしって誤魔化す。
「……こっちから初詣に誘うのってガッツキ過ぎか? いつもなら初詣もレイの方から誘ってくるし、それが無いのにこっちから誘うのって下心ある感じがして、キモがられそうでなー……」
ぶつぶつと呟きながら、誘いのメッセージを書いては消しを繰り返す。
クラス内で女子人気のあるイケメンとはいえ、そこは思春期のデリケートな少年である。
羞恥心やら自尊心やらで、複雑に絡まってしまった自意識から一歩踏み出すのは並大抵のことでは無かった。
結局、レイコへのメッセージは送られることなく、身だしなみを整えたユウキが戻ってきたので、男子二人で初詣へと向かうのだった。
「――なあ、ユウキ」
「ん、どうしたのフユキくん?」
「レイの奴は初詣に誘わなかったのか?」
神社へと向かう道中、フユキはユウキに尋ねる。
するとユウキは微妙に苦い表情を浮かべながら応えた。
「あー……うん、その、誘おうかとは思ってたんだけど……」
「けど?」
「男子の方から女子を誘うのってちょっとハードル高くない? ……あと、もしもレイちゃんに断られたら、ショックで寝込みそうで勇気が出せなかった。新年早々そんな博打したくない」
「――分かる」
お互いに苦笑いを向け合う美少年二人。
いくら容姿が優れていても、ついこの間まで小学生だった彼らにスマートな女子の誘い方を求めるのは些か酷というものだった。
***
「明けましておめでとう、ユリちゃん!」
「お、おめでとう。レイちゃん」
参拝客で賑わう神社の入口で、二人の少女――レイコとユリが新年の挨拶を交わす。
「その、誘ってくれてありがとうレイちゃん。私、友達と初詣って初めて」
「あはっ、そんなのいいよぉ。私がユリちゃんと初詣に来たかっただけなんだから」
するりと自然に腕を組んでくるレイコに、ユリは露骨に身を固くする。
「ふ、ふひっ、良い匂い……ごほん、あの、レイちゃん? ちょっと気になってたんだけど……」
「ん、なぁに?」
「その、立花くんや来島くんは誘わなくて良かったの?」
ユリは動揺を誤魔化すように、レイコに尋ねた。
実際、いつも4人組で動くことに固執していた空気が有ったレイコが、初詣のようなイベントに二人きりで動こうとするのは、少し疑問に思っていたのだ。
「……
少し悲しそうに上目遣いで問い掛けるレイコに、ユリは慌てて否定をする。
「えっ!? あ、いや、そ、そんなことは全然! む、むしろ、私としては嬉しいというか……」
「ふふ、たまには女子だけっていうのも良いでしょ? ほら、早く行こっ」
誤魔化されていることを感じつつも、ユリはレイコの天真爛漫な笑顔に流されてしまう。
実際、レイコが男子達よりも自分を選んでくれたという事実に、ほんの少しだけ薄暗い優越感を抱いていたユリとしては、この状況は歓迎こそすれど、無理に否定することも無いのは事実だった。
***
「ユリちゃん。おみくじ、どうだった?」
お賽銭を済ませた後、二人でおみくじを引いたレイコがユリに尋ねた。
「えーっと……あっ、大吉だ」
「おお~、幸先良いねっ」
「うん、ありがとう。レイちゃんは?」
「ふふふ……じゃーん」
【大凶】
満面の笑顔で最低のクジを差し出したレイコに、ユリは思わず声を上げてしまう。
「うええっ!? だ、大凶っ!? は、初めて見た……」
「あはは、書いてあることも凄いよ? 『悔い改めないと天罰が下る』って」
「ひ、酷いっ! レ、レイちゃんが改めないといけないことなんて何も無いもんっ!」
友人が謂われない中傷を受けていることに、ユリは思わず憤慨する。
「うふふ、ありがと。ユリちゃん。――まあ、当たるも当たらぬもって言うし、今年は気をつけて過ごしなさいっていう神様からの忠告だと思うことにするよ」
大凶を引いた本人がそんなのほほんとした様子なので、ユリとしてもそれ以上突っ込むことは出来ない。
「それに、ユリちゃんが隣に居るんだもの。こんな可愛い女の子と初詣デートしてるんだから、今日の私は大凶どころか町内一のラッキーガールに決まっているじゃない」
「レ、レイちゃん……」
陽の光に美しい黒髪をキラキラと輝かせて、そんな風に笑うレイコの姿に、ユリはどうしようもないほどに胸を締め付けられた。
――ああ、レイちゃんとヤりたい……
そんな割と最低なことを神聖な場でしみじみと考えるメガネっ娘美少女――
忘れられがちだが、割とイイ性格してるし、結構欲望に忠実な女である。
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