44.文化祭③



「おー、燃えてる燃えてるー」


 薄暗くなり始めた校庭の中心で、煌々と燃えるキャンプファイヤーを楽しそうに眺めているレイちゃんの隣で、僕――立花たちばな 結城ゆうきは同じくキャンプファイヤーの炎の揺らめきを見つめていた。


「今時はキャンプファイヤーをやってくれる学校って珍しいらしいね」

「まあ安全面を考えたらねー。でも、やっぱり後夜祭にキャンプファイヤーは鉄板だよ。……あ~~、フユキくんとユリちゃんも一緒だったらなぁ~」



 ――そう、キャンプファイヤーをこうして眺めている僕達の隣に、フユキくんと白瀬さんの姿は無かった。


 白瀬さんはあの後で体調は回復したものの、やはり疲労が抜けきらなかった為に、後夜祭に関してはレイちゃんとフォークダンスを少しだけ踊って早退した。

 フユキくんは運動部の役割担当として、キャンプファイヤーの設営に駆り出された後に、そのまま体育会系な人たちの打ち上げに取り込まれてしまったのだ。


「仕方ないよ。みんな色々事情が有ったんだから」

「そうだけどぉ……あーもうっ! ユウくん、もう一回踊るよっ」


 そう言うとレイちゃんは僕の手を掴み、フォークダンスの輪に潜り込む。


「タフだなぁレイちゃん」

「皆と踊り狂うつもりでステップを覚えたんだもの。今夜はユウくんに三人分付き合って貰うから覚悟してよね?」


 僕は苦笑しつつも、幸福感にはち切れそうな心臓を抑え込んで、彼女の手を取った。


 ――♪ ――♪ ――♪ 


 定番の音楽に合わせて簡単なステップを踏む。

 くるりと艷やかな黒髪を舞い上げながら、ターンしたレイちゃんの瞳が僕を見つめた。


「……ユウくん」

「うん」

「夏祭りの日のこと、覚えてる? 一緒に変わろうって言ってくれたこと」

「もちろん」

「私ね、本当に嬉しかったの。ユウくんの言葉で、絡まってた糸が解れたみたいな気分で。自分自身の本当の気持ちと向き合えた気がした」


 ぐいっと、不意に女の子とは思えないほどの力強さで、レイちゃんの腕が僕を引き寄せる。

 バランスを崩し、思わず彼女の腰を強く抱いてしまった僕は慌てそうになるが、レイちゃんは優しく微笑むばかりだった。


「文化祭の間……本番だけじゃなくて準備中も、私ずっと楽しかった。内装の手伝いをするのも。お化けの仮装をするのも。皆と文化祭を回るのも全部、全部……楽しすぎて、泣き出しそうになるぐらいに」

「……そっか。よかったね、レイちゃん」

「うん……ありがとう、ユウくん。あの夜、私のことを引き止めてくれて。変わろうって言ってくれて。

 見ててね。私、きっとユウくんが驚くぐらい変わってみせるから」



 ――ちゅっ、と微かに彼女の唇が僕の頬に触れた。



「――ッ!? レ、レイちゃん!?」


 突然の感触に、僕が頬を押さえて後ずさる。

 彼女の頬はキャンプファイヤーの炎に負けないぐらい、朱に染まっていた。


「……え、えっと、でも、ここキスから先に進むのは、もう少しだけ待ってて? その、もうちょっと二人が大人になるまで……」

「う、うん……」


 喘ぐように絞り出した僕の返事に、レイちゃんは照れくさそうに笑う。

 炎に照らされたその姿はとても幻想的で、息を呑むような美しさだった。


「見ててね、ユウくん。私、もっともっと綺麗になるから。貴方の隣で」

「……うん」



 音楽が止まる。

 後夜祭の終わりだ。

 スピーカーから、少しヒビ割れた音声で閉会のアナウンスが流れる。


 彼女は握っていた僕の手を離すと、ほんの少しだけ駆けてから此方に笑顔で振り返った。




「――変わる私を、一番近くで……


     ?」




 ――一瞬、その笑顔が歪んで見えた。


「……っ??」


 夜の暗闇と、キャンプファイヤーの不規則な揺らめきが錯覚を見せたのか。

 僕は目を擦ると、そこにはいつも通りの――いや、いつもよりも素敵なレイちゃんの笑顔があった。



「――それじゃ、フユキくんを迎えに行こっか。後夜祭ではあまり一緒に居られなかったし、帰りぐらいは一緒がいいもんね」

「……う、うん。そうだね……」



 こうして、僕の文化祭は大きな喜びと、僅かな違和感を残して終わりを迎えるのだった。


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