42.文化祭①



 ――文化祭当日。

 1-B『お化け屋敷』にて。



「――ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛」

「「ぎゃああああっ!?」」


 井戸から奇声とともに湧き出してきた長い黒髪の女に、カップルらしき男女が悲鳴を上げて逃げていく。

 その様子を眺めながら、女幽霊に扮していた音虎ねとら 玲子れいこはほくそ笑んだ。


「ふむ、前世で遊園地デートをしているカップルを寝取る為に経験した、お化け屋敷のバイト歴がこんな所で活きるとは」


『人間万事塞翁が馬ね』と、前世でのゴミのような経歴を感慨深げに思い返していると、彼女の背後から交代の女幽霊役――白瀬しらせ 由利ゆりが小声でレイコに話しかける。


「レイちゃん、お疲れ様。交代の時間だよ」

「うん、ありがとうユリちゃん。後はお願いね?」


 レイコは持ち場をユリに任せると、スタッフ用のバックヤードに引っ込む。

 彼女は手早く白装束姿から、プリーツスカートにクラスTシャツという文化祭スタイルに着替えると、廊下でソワソワと落ち着きない様子で待ちぼうけをしていた来島くるしま 冬木ふゆきに声をかけた。


「フユキくん、お待たせっ」

「お、おう。俺も裏方終わったところだから、大して待っちゃいないけどな」


 女子と二人で文化祭――それも相手が想い人という、思春期の男子には些か刺激が強い状況に、フユキは舞い上がりそうになる内心を抑えつけて、平静を装う。

 レイコはそんな彼の手を握ると、先導するように活気に湧く廊下を歩き出した。


「いっぱい回ろうね、フユキくん!」

「あ、ああ」


 スベスベと心地よい感触の手に握られ、花が咲くような笑顔を無防備に向けられて、気の利いた返しが出来るほどフユキは大人では無かった。

 つい、ぶっきらぼうな返事を返してしまった自身に舌打ちしたくなるが、レイコは気にした様子も見せずニコニコと微笑んでいる。その微笑みが、一層彼の鼓動を高鳴らせた。


(……あー、クソ。やっぱ可愛いな、こいつ……)


 叫びだしたくなるような幸福感に耐えつつ、フユキはレイコを少しでも楽しませようと、前日まで考えに考え抜いたプランを脳内で反芻する。その様子は初デートに浮かれる初々しい男子そのものであった。


 もっとも、残念ながら隣にいる女が初々しさとは無縁の、人間性がサービス終了して久しいゴミゴミの実を食った全身ゴミ人間(幻獣種モデル"カス")であるのが唯一にして最大の問題点ではあったが、それをこの場で彼に教えるのはあまりにも残酷というものだろう。

 何事も知らない方が幸せなことも有るという良い例である。



 ***



「あっ、試食で味見したベビーカステラ! 美味しかったし買っておこうか!」



「フユキくんのたこ焼き美味しそうだね。一個ちょーだい。……あ、ごめん。両手塞がってるから食べさせてくれる?」



「天気良いから、歩いてると結構あっついねー。はい、さっきたこ焼き貰ったから、私のドリンクお裾分け(飲みかけ)」



 今どき、漫画でも見ないようなコテコテなラブコメムーブを浴びせられた結果、フユキは身体中の穴という穴から砂糖が出そうになっていた。ついでに不整脈を起こしそうになっていた。


「うーん、食べ過ぎかなー」


 ひっそりと体力ゲージが赤くなっているフユキの気も知らずに(嘘。完全にコントロール下に置いている)、レイコは満足そうにお腹を擦る。


「食道楽もいいが、他にも色々出し物は有るんだし、少しは覗いてみようぜ?」

「そうだねー。この辺りで何か面白いのあるかな?」

「あー……それじゃ、アレ・・とかどうだ?」


 レイコの言葉に、フユキは事前に調べていた出し物の中から、デートプランの候補に入れていた一角へレイコを誘導する。


「へー、コスプレ写真を撮ってくれるんだ」

「演劇部と写真部の合同コーナーだな。背景とかも色々用意してるらしいぜ」

「面白そう! 行こっ、フユキくん!」


 予想通り食いついてくれたレイコに、フユキは内心ガッツポーズをしつつ、写真撮影コーナーへと足を踏み入れる。


「お好きな背景と衣装を選んで下さーい」


 受付に案内されて、フユキとレイコは貸衣装が並ぶコーナーを眺める。

 演劇部が使用している衣装を貸し出しているおかげか、衣装の質は案外悪くない。


「あっ、これ面白そう」


 レイコが選んだのは黒いマントと簡易的なドレスのセットだった。説明書きを見てみると、吸血鬼をモチーフにした衣装らしい。


「ふーん。いいんじゃねーの?」

「でしょ? それじゃ、フユキくんはこれねー」


 当然のように黒いタキシードとマントがセットになった男吸血鬼セットを渡してくるレイコに、フユキは何とも言えない表情を浮かべる。


「……俺の選択権は?」

「せっかく2ショットで撮るんだから、コンセプト合わせなくてどうするのよ。さあさあ、着替えて着替えて」

「わーったよ。押すな押すな」


 その後、室内に設置された着替えスペースで衣装を身に着けたフユキとレイコは、古城がモチーフになった背景を背にして写真を撮影する。



「……ってか、ドレスとタキシードって……」

「ん? どうしたの、フユキくん?」



『結婚式みたいだな』等とは当然口に出せず、フユキは口を噤む。


 もっとも、ゴミのような人格以外は総じてハイスペックなレイコに、その青臭く可愛らしい内心は筒抜けであった。

 自らの間男ダービースタリオンが順調に進んでいることを確認出来た彼女は、非常に上機嫌に「吸血鬼カップルっぽい感じで撮影しよう」とフユキに自らの腰を抱かせるようなポーズを要求し、うぶな青少年の情緒を破壊するのだった。


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