41.美味しいのは……



「――よっと。いいんちょー、これでベニヤ全部かー?」

「サンキュー来島ー。まだ設置準備してる最中だから、とりあえず隅に置いといてくれ~」

「あいよー」


 お化け屋敷の通路に使用するベニヤ板を、教室の隅まで持っていくと俺――来島くるしま 冬木ふゆきは僅かに汗ばんだ額を手で拭った。

 暦は既に10月だが、大物を運搬しているとやはり暑い。手で団扇を作って扇いでいると、段ボール箱を抱えたユウキがこちらへやってきた。


「フユキくん、この工具って何処から持ってきたやつか知ってる?」

「ん? ……わり、見覚えないな。委員長に聞いて――」




「ばぁ~~」

「「うわあぁぁっ!?」」


 にゅっ、と段ボール箱で死角になっていた方向から、白装束と三角巾というベタベタな格好の女――女幽霊に扮したレイが、俺達の間に挟まってきた。


「びっくりした?」

「レ、レイちゃん……荷物持ってる人を脅かさないでよ」

「うーわ、髪長えから似合ってんなーお前」


 ディスカウントショップで買ったみたいな、安っぽい白装束(実際安い。1000円也)だが、レイの顔がなまじ整っているせいで結構迫力がある。もっとも、言われた本人は少し不服そうであった。


「むぅ、幽霊姿が似合ってるってちょっと複雑。あ、ユウくん。その箱は理科室から持ってきたやつだよ」

「あっ、そうなんだ。ありがとレイちゃん、ちょっと届けてくるね」

「気をつけてね~」


 段ボール箱を抱えたユウキが去っていくのを見送ると、レイはくるりと俺の方へ振り返る。


「フユキくんもお疲れ様。でも、ちょっと働きすぎだから"少し休め"って委員長が言ってたよ」

「ん、そうかぁ? 部活に比べれば体力有り余ってるぐらいなんだが……ま、お言葉に甘えて、ちょっと一服入れるか」


 そう言って軽く伸びをする俺に、レイが芝居がかった仕草で挙手をする。


「はいはーいっ、そんなフユキくんに朗報。今、家庭科室で飲食系のお店出す人達が試作品配ってるんだ。ちょっと顔出してこよーよ」

「ああ、どうりで廊下になんか甘い匂いすると思った。……というか、お前はサボってていいのかよ」

「サボりじゃありませーん。私だってちゃんと働いてるし、ついでにこの格好でウロついて宣伝してこいって指令をいただきました」


 レイはそう言うと、俺の背中をグイグイと押してくる。

 俺はその様子に苦笑しつつ、背を押す細い腕にされるがままに家庭科室へ歩みを進める。


「そういえば、白瀬は? こういうのに行く時はいつも声かけてるじゃん」

「あー……ほら、ユリちゃんも幽霊役でしょ? 一緒にこれ白装束で校内練り歩いて宣伝しようって誘ってはみたんだけど……コスプレ徘徊は恥ずかしくて無理って言われちゃって……」

「あ~、確かに白瀬のキャラじゃねえわな」

「まあね。ユリちゃん美人なんだから、もっと自信持てばいいのに。ユウくんも忙しそうだったし、二人には悪いけど、私達だけでおやつタイムということで」




 ――そうだ。

 今、俺とレイは二人きりだ。

 そう考えた瞬間、ユウキに対して罪悪感を感じつつも、俺はレイに対して一歩踏み出す言葉を投げかけていた。


「……その、レイ」

「ん? なぁに、フユキくん」

「……ぶ、文化祭。二人で回らないか?」


 俺の言葉に、レイはきょとんとした顔を浮かべる。


「ほ、ほら! 白瀬とユウキって、俺達と当番の時間が分かれちゃっただろ? いつもの4人で集まれない時間帯は、二人で見て回るのも悪くないかなーってさ!」


 ……情けない俺は、咄嗟にいくつも予防線を張ってしまう。

 ここで素直に『レイと一緒に居たい』と言える性格だったなら、どれほど良かったか。


「……そ、それとも、もう他の奴と予定とか、あったり……?」



「え……いや、私、特に言ってなかったけど、普通にフユキくんと見て回るつもりだったんだけど……」

「――へぁ?」


 そんな彼女の言葉に、俺の口から間抜けなうめき声が漏れる。

 レイはレイで、俺の言葉に動揺したように、自分の長い黒髪を手先で弄り始めた。


「あー……そ、そっか。ごめんね、フユキくん……私、フユキくんは親友だし、何も言わなくても一緒に遊んでくれると思いこんでて……そ、そっかぁ。フユキくんの中で私の立ち位置って、そんな感じかぁ……」


 レイは思ったより俺と仲良くなかったと誤解しているのか、幸薄げに自虐っぽく笑う。

 そんな彼女に対して、俺は慌ててフォローをしようとする。


「い、いや! 違っ……そ、そういう意味じゃ――」

「なーんてね。ちょっと意地悪だったかな?」

「はぁ!? お、お前なぁ……」


 ケロッと表情を変えて笑うレイに、俺は安堵するやら腹が立つやらで顔が赤くなりそうになる。

 前々から、手のひらで人を転がすのが上手い女だとは思っていたが、流石に少し意地が悪いぞ。そんな抗議を視線に籠めるが、彼女はコロコロと笑うばかりだった。


「ごめんごめん。でも、フユキくんと一緒に見て回るつもりだったのは本当だよ? ――それに、ちょっぴりショックだったのも嘘じゃないし」

「いや、それは……」

「ああ、ごめん。これも意地悪な言い方だったね。……駄目だなあ、私。フユキくんが優しいからって、甘えてばっかり。何も言わなくても、いつも一緒に居てくれると思ってるなんて……」


 そう言って、少し寂しそうに微笑むレイに、俺は胸が締め付けられるような心地になる。


 ……違うんだ。

 いつも一緒に――隣に居て欲しいと願っているのは彼女じゃない。俺の方なんだ。

 そう言葉にしたい。態度で示したい。

 衝動のままに、彼女の細い身体を抱きしめようと、俺は腕を伸ばしてしまう。


 しかし、その手が彼女に触れる前に、まるで本当の幽霊のように、彼女の身体がするりと俺の側から離れていく。


「あ~~駄目駄目っ。もうすぐ楽しい文化祭なのに辛気臭い顔してたら! 甘いもの食べて気合入れなきゃっ」


 ――気がつけば、いつの間にか俺達は家庭科室に辿り着いていたようだった。

 レイは軽やかな足取りで、試食を配っている生徒に近づくと、菓子の入った紙コップを二つ受け取って、俺の隣へと戻ってきた。


「はい、フユキくんの分。熱いかもだから、気をつけてね?」


 受け取った紙コップには、ピンポン玉程度の大きさの粉もの――ベビーカステラが入っていた。

 俺はぼんやりと爪楊枝に刺さったベビーカステラを口に入れる。

 ――チープな甘みが、苦々しい心の内を誤魔化してくれるように感じた俺は、思わず苦笑いを浮かべる。



「う~~ん、おいしいっ」


 隣でレイのそんな声が聞こえる。


「美味しいね、フユキくんっ」

「……ははっ、そうだな」


 レイが朗らかに笑いながら、俺の顔を見つめる。


 ――大丈夫だろうか。俺は、上手く笑えているだろうか? 

 先程のレイの寂しげな笑顔が脳裏を過る。彼女に要らぬ心配をかけたくはない。

 俺はレイの親友で、彼女が甘えられる存在で……

 今は、それでいい。彼女が居心地の良い関係を保つ為に……


 そんな俺の思いを知ってか知らずか、レイは一層笑みを深くする。




「うんうん、本当にとっても……


 と っ て も 美 味 し い よ 。 フ ユ キ く ん 」




 俺の顔をジッと見つめて、レイがベビーカステラの感想を言う。

 そんなに喜んでくれるのなら、作った奴も本望だろうよ。


「そんなに美味かったなら、作った奴に言ってやれよ。きっと喜ぶぜ」

「うん、そうだね。ちゃーんと御馳走してくれた人・・・・・・・・・にお礼を言わないとね?」

「……? ああ、そうだな」


 彼女の言葉に、俺はほんの少しだけ違和感を感じたが、目の前でコロコロと可愛らしく笑うレイの様子に、些細な引っ掛かりはすぐに霧散していった。

 それから少しして、ベビーカステラを平らげた俺とレイは、試食を配っていた生徒にお礼と味の感想を告げると、再び文化祭に向けて作業を進めるのだった。


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