40.友情は成長の遅い植物である



「ぜぇ……はぁ……し、しんど……」

「レ、レイちゃ……大丈夫……?」

「ユ、ユリちゃんこそ……あー、布ならそこまで重くないでしょって甘く見てたよぉ……」



 ショッピングモールでの買い出しから帰還後、教室の隅でくたばっているレイと白瀬に、俺――来島くるしま 冬木ふゆきは苦笑しながら下敷きを団扇にして扇いでやる。


「あ゛ぁ~~きもち~~……」

「レ、レイちゃん……もうちょっと声抑えて……」

「おっと、んんっ……ありがと、フユキくん。もう10月なのに、まだまだ暑いね~」

「……だな。ま、無理すんな」


 無防備にシャツの胸元をパタパタさせているレイから目を逸らしていると、自販機から4人分のドリンクを買ってきたユウキが戻ってきた(買い出し班への報酬らしい)。


「はい、レイちゃん。白瀬さんとフユキくんも」

「おっ、サンキュー」

「ありがとう、立花くん」

「ありがとー、ユウくん。……ふぅ、やっと落ち着いたかも」


 無糖の紅茶を一口含み、レイの顔色がようやくマシになる。俺も炭酸飲料のペットボトルを傾けながら、何気なく買い出しリストを眺めた。

 布。ペンキ。木材。ダンボール。etc……

 ……うん、四人で買いに行く量じゃないな、これ。いや、一応俺達以外にも別動の買い出し班は居るんだが、分担してもこれか。

 まあ、そういう見通しの甘さ含めて文化祭か、なんて大人ぶった考え方をしてみたりする。


「白瀬の言う通り、台車借りといて正解だったな。ってか、レイも白瀬も荷物持ちは俺とユウキに任せりゃ良かったのに」

「つまらないこと言わないの。一緒に苦労するのも文化祭の醍醐味でしょう?」

「そんなもんかねぇ」


 グッと紅茶を飲み干すと、汗の引いたレイが元気よく立ち上がった。


「――よしっ、復活! みんなー、何か手伝うことあるー?」

「おっ、それじゃあ音虎さんは、向こうで山田と一緒にダンボールバラして一枚板にしといてー」

「りょーかーい。山田くーんっ」


 平時よりも二割増しぐらいでテンション高いレイが、クラスメイトの山田に引っ付いているのを苦笑しながら見守る。

 あれでレイは結構イベント好きだ。企画するのも参加するのも大好きなので、俺とユウキも小学生の頃から色々と連れ回されたものである。


 ……思えば、あの頃小学生から何をするにしても3人一緒だったなあ。

 レイだって、ユウキと二人きりで居たい時も有っただろうに。彼女は頑なに3人で居ることに拘っていた気がする。今なら白瀬も入れて4人か。

 それはまるで、自分の恋心よりも友情を大切にしているようで。


 そんなレイの姿を見る度に俺は――ユウキ達との友情よりも、レイへの恋心を優先しようとしている己の醜さを否応なく自覚してしまう。




 それでも、俺はレイのことが諦めきれない。

 ……いざとなれば、ユウキ親友から奪ってでも――




「フユキくん?」

「――ん、ああ、わり。ちょっとボーッとしてた。何の話だっけ?」


 ――俺は今、何を考えていた? 

 黒い思考が脳を満たしそうになったところで、ユウキからの声に俺は我に返った。


「僕達もそろそろ何か手伝いに行こうかって、白瀬さんと話してたところ。フユキくんも行こうよ」

「おう、りょーかい。白瀬も大丈夫なのか?」

「うん。水分取ったら大分楽になったから、心配しないで」

「うっし。いいんちょー、何か仕事回してくれー」



 ……ユウキは、友達だ。気の合う親友だ。


 でも、それは間にレイが居るからじゃないのか? 

 彼女が居るから、俺はユウキと友達を続けているんじゃないのか? 

 レイを手に入れたいという下心から――



 ……違う。違うと、信じたい。


 そして、俺は今日も醜く汚れた腹の中を隠して笑う。

 ――どうか、レイやユウキに己の穢らわしい本性が悟られないようにと願いながら。



 ***




 ――とか思ってんだろうなー。



 山田くんと肩が触れ合う距離でダンボールをぶった切りながら、私――音虎ねとら 玲子れいこは友情と恋心の狭間で苦悶するフユキくんを愛でていた。

 クソビッチ特有の洞察能力により、私は直接手を出さずとも、間男達の負の感情を美味しくいただけるのだ。あ~~うめぇうめぇ。


「――音虎さん、どうかしたの?」


 確かに私の脳はどうかしているが、流石に失礼だぞ山田くん。

 まあ、そういう事を言ってるんじゃないのは分かっているが。


 ニッチャリしそうな表情筋を堪えて夜神月みたいになっている私に、山田くんが怪訝そうな顔をしている。

 いかんいかん、キラは五秒前まで勝利宣言を我慢したが、私の寝取られはまだ3年以上先の話なのだ。こんなつまらない事で本性バレをしてはNTRチャート走者の名折れである。


「ん? 私、何か変だった?」


 とりあえず顔の良さでゴリ押しして誤魔化そう。私はキョトンとした顔で小首を傾げて山田くんを見つめる。


「あー……い、いや。俺の気の所為だったみたい。気にしないで」

「え~、なにそれ気になるよー。絶対何か有ったでしょー」

「ね、音虎さんっ。俺、カッター持ってるからあんまりくっつかないで……!」


 クラスの気になるあの子に密着されて、山田くんはあっさりと疑心を流してくれた。ちょろいぜ。


 やはり素のスペックが高いなら、下手に策を弄するよりも力技で押し通す方が色々と上手くいくものである。

 BLEACHの藍染惣右介も完全催眠のチート能力にばかり目が行ってしまうが、アイツそんなことしなくてもゴリラみたいな霊圧でぶん殴ってた方が、原作でも色々と上手く行っていたと私は思うね。変に知略キャラを気取って策を弄するから足元を掬われるのだ。


 ……ちょっと待った。この言い方だと私はヨン様の同類になってしまう。あんな手のひらの上で人をコロコロ転がして楽しんでる性悪と一緒にされるのは心外である。私は光側の存在なのに。

 控えめに言っても十刃エスパーダで例えるなら私はハリベルかスタークだろ。

 今、ザエルアポロとか言った奴の顔覚えたからな。私は見えない誰かと喧嘩した。

 どうやら私は自分で思っている以上に、千年血戦篇のアニメを楽しみにしているようである。かんきゅー(閑話休題)。



 さて、文化祭の準備も結構だが、当日の予定や仕込みも色々と考えておかないとな。やることは山積みである。

 私は教室の端で、仲良くペイントブラシを振るっているユウくんとフユキくんを見つめてニチャッとした。


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