38.早く大人になりたい
「――文化祭?」
「そう! もうすぐ学校でやるんだぁ。楽しみだなー」
そう言ってガキみたいにはしゃぐ
「たまにはチーちゃんの顔が見たい」なんて事を言うレイの要望で、俺はこうして滅多に使わないビデオ通話機能で、月に数回はレイと顔を合わせている。
まあ、正直こちらとしては、内心憎からず思っている少女と顔を見て話せるのは、かなり嬉しいのだが……相変わらずこの女は無防備過ぎる。
「それでね、本当は喫茶店とかやってみたかったんだけど、飲食系は一年生はやっちゃ駄目って決まりになってて――」
風呂上がりなのか、薄手のシャツに足がかなり露出しているショートパンツ姿のレイは、童貞には本当に目に毒である。
いくら俺が従兄弟とは言え、一つしか歳が違わない男に何故こうまで無防備なのか?
まさか学校でも男に対して、こんな有様なのではないかと、絶賛遠距離片思い中のこちらとしては気が気でない。
その内、本当に悪い男に食い物にされるぞ。
***
『チーちゃん、紹介するねっ! この人が私の恋人のマーくんです!』
『ちぃーっす。レイのカレシでぇーす』
***
――チャラチャラした如何にもろくでなしと言った風体の男に、レイが丸め込まれている姿を想像してしまい、「オ゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛」と名状し難い声が漏れそうになる。
「――もうっ、ちゃんと聞いてる? チーちゃん?」
「え、ああ、聞いてる聞いてる」
心ここにあらずといった様子の俺に、レイがスマホ越しに怒ったような顔を寄せてくる。
すこしゆったりとしたシャツの胸元から、色々と見えている様に視線が吸い寄せられてしまうが、スマホのカメラ越しなら目線を悟られないので、俺は思いっきりガン見してしまう。
『情けない奴』と俺を笑うのは、美人の従姉妹に下心を持ったことが無い奴しか許さんぞ。
身内にこんなエロ漫画みたいな女が居て、情緒を破壊されている此方の身にもなってみろ。
……正直、役得と思わないことも無いが、このままじゃ俺は清楚系お姉さんでしか興奮出来ない身体にされそうで、内心恐怖に震えているからな。
「はぁ……チーちゃんのお家が近ければ、一緒に文化祭デートしたかったんだけどなぁ」
アーーッ!! もう、お前! 本当にそういう所だぞ! お前っ!!
からかわれているという事が分かっていても、その言葉にドキッとしてしまう。
俺の性癖に小悪魔系お姉さんまで追加して、人の性癖を玩具とでも思っているのかこの女は。
心の内でゴロゴロと18回転ぐらいした後、それを一切表情に出さずに俺は呆れたような顔を作る。
「わざわざレイのお守りをしに新幹線乗るとか、何の罰ゲームだっての」
「ひ、ひどいっ! チーちゃん、私お姉さんだからっ! 年上だからっ!」
そんなレイとのじゃれ合いを、本当に心から楽しんでいた俺だったが、楽しい時間というのは本当にあっという間だ。レイとビデオ通話をする度に痛いほど実感する。
「――あっ、もうこんな時間だ。それじゃあ、そろそろ寝るね」
「お前、本当に寝るの早いよな。まだ9時だぞ?」
「睡眠不足はお肌の大敵ですから。これでも乙女ですもの」
「あっそ。んじゃ、また今度な」
オホホと笑うレイに、俺は苦笑しながらスマホの通話を切ろうとする。
「……チーちゃんがご近所さんだったら、良かったのにな」
「――――――ッ」
ぽつり、と寂しげな声がスピーカー越しに届く。
そんな事、俺が一番思っている。
もっとレイの近くに居られたなら――いや、仮に離れていても、気軽にレイに会いに行けるような力が有ったなら、どれ程良かったか。
新幹線のチケットすら自腹で買うことも出来ない子供の自分が、心底恨めしかった。
早く大人になりたい。
レイに子供ではなく、"男"として見てもらえる存在になりたい。
歯を食いしばるような俺の表情を見て、レイが何を思ったのかは知らないが、彼女は作り笑いのような明るい表情を浮かべた。
「――なーんてね。ごめんね、チーちゃん。変なこと言って。かわいい従兄弟を困らせてたら、お姉さん失格だもんね」
「……ッ! お、俺はっ!」
――せめて、意地だけは張りたい。少しでも早く彼女に追いつけるように。
「俺はレイのこと"お姉さん"だなんて思ったこと一度も無いからなっ!」
「うええっ!? な、なんで突然ディスって来たの!?」
「毎回毎回、人のこと子供扱いしやがって! ……身長だって何だって、すぐにレイを追い抜いてやるからな! 覚悟して待ってろよっ!」
「チ、チーちゃん?」
困惑するレイを後目に、俺は一方的に通話を切った。
「……あ~~、クソッ。顔があっちぃ……こんなんじゃ寝れねえよ……」
火照る顔を隠すように、俺は枕に顔を沈めた。
明日も早いのに、寝付けるか心配だ……
***
その日、俺はカマキリの雌に捕食されるという訳の分からない悪夢を見た。
何故かBGMがレイの笑い声だったような気がするが、大半の夢がそうであるように、目覚めて数分後には悪夢の詳細は思い出せなくなっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます