36.サマーデイズ・ダーク~音虎 玲子~
「……怖い。怖いよぉ、ユウくん……変わるのが、怖い……っ」
火の消えた線香花火を持ったまま、私――
これは演技でも何でもない私の偽らざる本心である。
――私はどうしようもなく"変わること"に怯えていた。
そう、今現在ユウくんにフユキくん、ユリちゃんと非常に高品質なNTRアクターを用意出来ている現状で、ここから更に間男候補を増やしてしまったら、チャートがガバってしまうんじゃないかと怖くて怖くて仕方ないのだ。
確かに、当初の予定よりも間男候補の選別は進んでいない。
あと不良と変態陰キャと筋肉ゴリラとか欲しい。マシュを頼めそうなチャラ男さんだって確保出来ていない。
……だが、フユキくんとユリちゃんだけでも十分なのでは無いか?
無理に手を広げて、全てが台無しになってしまうぐらいなら、現状維持に徹した方が確実なのは間違いない。
リスクを減らし、ミスを無くし、"完璧"を目指すことが間違いである筈がない。
これはゲームでも無ければ遊びでもない。私の人生をチップにした一大事業なのだ。
遊びでやってんじゃないんだよッ!!
私の中のカミーユ・ビダンがピンク色に光って吠えている。
そうだ。鬼滅の無惨様だって変化とは殆どの場合が"劣化"だと言っていた。
ならば半天狗系女子の私としては、無惨様の言うことに従うべきなのではないだろうか?
そんなことを私が葛藤していると、ユウくんが不意に私を抱きしめてきた。
「……変わらなくていい、なんて言えない。僕は君のおかげで変われたから」
ごめん、ユウくん。ちょっと今考え事してるから後にしてくれる?
だが、私はTPOを弁えることが出来る女。
空気を読んで神妙な顔でユウくんの話を聞くことにした。お利口さんだね。私は自画自賛した。
「――君は、僕にとって何よりも大切な、掛け替えのない女の子なんだ。初めて出会った日から、ずっとずっと……」
「――――――ッ」
その言葉は、かつての私の言葉を引用したソレだった。
そう。失敗なんて恐れず、夢に向かってただひたすらに我武者羅だった頃の――
「ユ、ウくん……」
私は震える唇で、喘ぐように彼の名を呼ぶ。
「一緒に変わろう、レイちゃん。きっと、その先はもっと楽しくて素敵な日々になる筈だから」
――嗚呼、そうだ。
未来の可能性を信じているユウくんの言葉に、私は自分の誤りを悟った。
現状維持の"完璧"に意味など無いのだ。
"完璧"であれば、それ以上は無い。そこに"創造"の余地は無く、それは知恵も才能も立ち入る隙が無いという事だ。
これはBLEACHの涅マユリがザエルアポロを倒した時の言葉だが、マユリ様の言う通り、今の私に必要なのは"完璧"などでは無かったのだ。
昨日よりも良い
今よりも素晴らしい
現状よりも輝かしい
これが人の夢! 人の望みッ!! 人の業ッッ!!!
私は自分の性癖を人類全体の問題にすり替えた。
なんて酷い奴なんだ人類。
やはり私も犠牲者だったのだ。だから私に同情しろ。もっと私を可哀想だと思え。弱いものいじめをするな!!
半天狗とラウ・ル・クルーゼの狭間を高速で反復横跳びしていることを、おくびにも出さずに私はユウくんと線香花火を楽しんだ後に、彼に自宅まで送ってもらった。
「え、えっと、その、ユウくん……」
「う、うん」
「その、嬉しかった。私が大切だって言ってくれて。……わ、私も、ユウくんのこと――」
「レイー? 帰ったのー?」
「「!?」」
いい感じのタイミングで母から声がかかったので、これにてユウくんとの夏祭りイベントは終了とすることにした。
半ば告白めいたシチュエーションを有耶無耶にする神インターセプトに、私はご満悦である。ニッチャリ。
「そ、それじゃあ、ユウくんおやすみっ! 遅くまでありがとねっ!」
「え、あ、うん! お、おやすみっ!」
私は血流操作で頬を赤らめると、強引に会話を打ち切ってユウくんの前から立ち去った。
ありがとうユウくん。君のおかげで私は原点に立ち返ることが出来たよ。
ホントはダメだけど!
ひでえ事だけど……!
間男をあと5人! ――10人ぐらい欲しい!!
たくさん脳を破壊したいいいい!!
ふぅ、スッキリした。
それじゃ、二学期も頑張っていきますかね。
私はスッキリしたので二学期も頑張ることにした。夏休みが終わった。
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