35.サマーデイズ~立花 結城④~



 レイちゃんからの提案を承諾した僕――立花たちばな 結城ゆうきは、線香花火を片手に彼女の家から歩いて数分程度の小さな公園にやってきていた。


「ここに来るのも久しぶりだなぁ」

「幼稚園児の頃にユウくんと、この公園でよく遊んだよね」


 小さな砂場と、ほんの少しの遊具だけがある寂れた公園は、その貧相な佇まい通りに、当時の子供たちからは不人気であった。

 しかし、それだけに遊びに来るのは僕とレイちゃんぐらいだったので、二人だけの貸し切りで彼女と遊べるこの公園が、当時の僕は嫌いではなかった。


「それじゃ、花火は半分こね」


 レイちゃんの家から持ち込んだ小さなバケツで、公園の水道から水を汲むと、僕達は花火の準備を整える。


「はい、レイちゃん」

「ん、ありがと。ユウくん」


 僕は柄付きのライターで、彼女の持った線香花火に火をつける。

 ぱちぱちと小さな火花が爆ぜ始めたのを確認してから、自分の線香花火にも着火。

 先程の夏祭りで打ち上げられた花火とは、比べるのも馬鹿らしい程に小さな花火ではあったが、それはそれで趣があって悪くはなかった。


「……ねえ、ユウくん」


 花火の僅かな明かりと、頼りない街灯がレイちゃんの顔を朧気に照らす。


「私ね、中学生になったら、『もっとユウくんと仲良くなりたいな』って思ってたの」

「それは……」


 それは僕も同じだ。

 レイちゃんともっと仲良くなりたい。

 ……叶うのならば、友達以上に。

 僕がそんな内心を吐露する前に、彼女は言葉を繋げる。


「……でもね、ユリちゃんと友達になって、フユキくんとも前より仲良くなって……それで、いつもユウくんが隣に居る。今とっても毎日が楽しい。幸せだなって、いつも思ってる」


 レイちゃんの手にある線香花火の勢いが少しづつ弱くなっていく。それは彼女の心境を現すかのようだった。


「ユウくんと、もっと仲良くなりたい。……でも、今が幸せ過ぎて、皆と一緒に居るのが、泣きたいぐらい楽しくて……私が何かしたらソレが終わってしまいそうで、怖いの……」

「レイちゃん……」


 寿命を終えた線香花火が黒く沈黙し、ぼとりと先端が地面に落ちた。


「……怖い。怖いよぉ、ユウくん……変わるのが、怖い……っ」




「レイちゃん」


 俯いて震えるレイちゃんを、僕は抱きしめた。


「ユウくん……?」

「……変わらなくていい、なんて言えない。僕は君のおかげで変われたから」


 劣等感と諦観に溺れていた昔の僕を変えてくれたのは――救い出してくれたのは彼女だった。

 だから、今度は僕が彼女を引っ張り上げる。


 ――かつて彼女が僕にそうしてくれたように! 


「――君は、僕にとって何よりも大切な、掛け替えのない女の子なんだ。初めて出会った日から、ずっとずっと……」

「ユ、ウくん……」

「一緒に変わろう、レイちゃん。きっと、その先はもっと楽しくて素敵な日々になる筈だから」




 少しだけ、彼女を抱きしめる腕に力を籠める。



「僕が――僕達がついてる」


 ……ここで『僕がついてる』と言い切れないのが、僕の悪いところだよなぁ。

 でも、きっとフユキくんも白瀬さんも、僕と同じ気持ちの筈だ。

 いつまでも子供ではいられない。

 なら、一緒に変わろう。もっと良い明日へ。もっと楽しい未来へ。


「……ユウくんの癖に生意気」

「いつもレイちゃんにいいようにやられてるからね。たまにはいいでしょ?」


 レイちゃんを挑発するように、僕は意地の悪い笑みを浮かべる。

 あまりにも見え透いた演技だったが、それでも彼女は僕の意を汲むように乗っかってくれた。


「ほんっとうに可愛くないっ! いつからそんな悪い男の子になっちゃったの!」

「あはは、それだけ元気ならもう大丈夫だね。さっ、花火の続きをやろうか」


 怒ったような喜んでるような、少し複雑な表情をしたレイちゃんと一緒に、残りの線香花火を片付ける。

 月明かりと花火の閃光に照らされた彼女の横顔は、本当に美しかった。


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