34.サマーデイズ~立花 結城③~



「ユウくん、見て見てイチゴ色」



『べっ』とかき氷のシロップで赤くなった舌を見せてくるレイちゃんに僕――立花たちばな 結城ゆうきはムラムラ……間違えた。ムラムラ……間違えた。ムラ――ドキッとしながらも、彼女の頭を軽く小突く。


「あいたっ」

「お行儀悪いよ、レイちゃん」

「むぅ、縁日の食べ物にテーブルマナーも無いと思うけどなー」


 食料の買い出しを済ませて、休憩所で4人揃っての食事中。

 お腹も膨れて、みんなまったりムードである。


「花火の時間まで、あとどれぐらいかな?」


 レイちゃんが夏祭りの締めに打ち上げられる花火までの時間を尋ねると、フユキくんがスマートフォンを点灯させる。


「んー、あと15分ぐらいか。場所変えるか?」

「流石に良い場所はみんな取られてるよ。ここからでも見えるし、のんびりしようよ」


 少しばかり遊び疲れていた僕達は、その言葉に同意すると、花火が打ち上がるまでの僅かな時間に雑談を交わす。


「いがーい、皆しっかり夏休みの課題終わらせてたんだね」

「普段から計画的にやれって、誰かレイコさんに口うるさく言われてたからなー」

「まあ、中学生にもなって夏休みの宿題で先生に怒られるのは、ちょっと恥ずかしいからね」




「――夏休み、終わっちゃうのかぁ」


 少し寂しげにレイちゃんが呟く。

 その言葉に、白瀬さんが意外そうな顔をする。


「レイちゃんなら、『また皆と毎日会えて嬉しい』って言うかと思ったけど?」

「それはそうなんだけど、こういう大きいイベントが終わっちゃうと、また一つ"子供"でいられる時間が終わっちゃったんだな……って、何だか寂しくなってね」

「レイちゃん……?」


 その物憂げな視線と意味深な言葉に、僕は少しだけ不安な気持ちになった。

 彼女になんて声をかけようか、僅かに逡巡していると、夜空に空気の抜けるような気の抜けた音が響き渡る。



「――あっ」



 爆音。

 空気が揺れるような感覚と共に、暗闇に光の華が咲く。


「わあ……」

「やっぱ、夏はこれだよなぁ」


 花火大会のそれほど本格的なものでは無かったが、それでも夜空を照らす炎の華は溜息が出る程に美しかった。



「――綺麗だね、ユウくん」


 そっと、テーブルの下で彼女の手が、僕の手を握った。


 普段の僕を先導するような力強い握り方ではなく、おっかなびっくりに指と指を絡めるような弱々しい握り方に、僕は思わず花火から目を逸らしてレイちゃんを見つめてしまう。



「レイちゃん……?」

「……花火の間だけでいいから」



 穏やかなようで、悲しそうでもある彼女の儚げな微笑みに、僕はそれ以上何も言えずに花火を見上げることしか出来なかった。


 そうして、一際大きな花火が打ち上がったのを最後に、少しヒビ割れたような音声で花火終了のアナウンスが聞こえてくる。

 僕の指に絡んでいたレイちゃんの指が、まるで夢幻だったかのようにスッと離れる。



「あーあ、名残惜しいけど終わっちゃったねー」



 そこに居たのは、いつもの元気で優しい彼女だった。



 ***



「――それじゃ、次に会うのは多分学校かな?」

「おう、レイもユウキも暗いから気をつけて帰れよ」


 夏祭りからの帰り道。

 白瀬さんを送り、フユキくんと別れ、僕とレイちゃんは二人で帰り道を歩いていた。


「楽しかったね! ユウくんっ」

「うん、また来年も皆で来ようね」


 花火の時に見せた、影のある彼女はすっかり鳴りを潜めている。

 僕の見間違いか何かだったんじゃないかと思うほどに。


「…………」


 それでも、手に残る彼女の指先の感触が、アレは幻などでは無かったと訴えていた。



「――ユウくん、送ってくれてありがとう」

「ん、ああ、うん……」


 気がつけば、僕達はレイちゃんの自宅に到着していた。

 僕は彼女に夏祭りに誘ってくれたお礼を告げると、その場を後にしようとする。


「……ねえ、ユウくん。まだ時間、大丈夫?」

「えっ?」


 引き止めるような彼女の声に、僕は立ち止まる。

 彼女は慌ただしく玄関をくぐると、少ししてから僕の前に戻ってきた。


「少しだけ、延長戦。しない?」


 彼女の手には柄の長い使い切りライターと、袋に入った線香花火が握られていた。


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