33.サマーデイズ~立花 結城②~



「………………」



 カリカリカリカリカリ



「えーっと……レイちゃん?」


 パキンッ


「あーっ!? もう少しだったのにーっ!」


 ピンク色の板を画鋲で突っついていたレイちゃんが悲鳴を上げる。

 いわゆる型抜き遊びに夢中になっていた彼女に、僕――立花たちばな 結城ゆうきは苦笑しつつ、彼女の肩に手を置いた。


「あはは、残念だったね」

「ユ、ユウくん、もう一回! もう一回だけやらせてっ」


 茎の部分でポッキリ折れてしまったチューリップ型の板菓子を、悔し紛れに口に放り込むレイちゃんに、フユキくんが指でペケ印を作る。


「型抜きなんて時間かかる遊びを、初っ端からやってんじゃねえよ。俺ら商店街の入口からまだ10mも進んでねえぞ」

「来島くんもこう言ってるし、型抜きはまた後でしよ、レイちゃん?」

「うぅ、ユリちゃんがそう言うなら……」


 みんなから宥め賺されて、レイちゃんは未練がましそうに型抜き屋台を後にする。


「はぁ、ここで軍資金を増やしておきたかったんだけどなぁ」

「よせよせ、あの屋台のおっちゃん異常に細けえから、1枚2枚なら素直に賞金と交換してくれるけど、それ以上は難癖つけて不合格にしてくるぞ」

「あはは、僕とフユキくんも昔はよく痛い目に遭わされたもんね……」


 そんな訳で、僕とフユキくんは最初の1枚だけ型抜きを成功させて、小銭の獲得に成功していた。

 白瀬さんは手先の器用さが壊滅的なので、レイちゃんの応援に回っていたが、そのレイちゃんも高額配当狙いで高難易度の型に突撃した結果、惨敗を喫した為に女子組はリターンゼロである。あとで何か御馳走してあげよう。


「さて、どうすっかな。飯にはちょっと早いし、とりあえず端から見て回るか?」

「そうだね。道すがら美味しそうな屋台に目星を付けといて、あとで買い出しに行こうか」


 フユキくんの提案に、僕達は賛成すると祭りの喧騒の中を歩き始める。

 過ぎゆく夏を惜しむ人が多いのか、商店街は結構な人混みが形成されている為、油断すると普通にはぐれそうだ。


「ユリちゃん、人すごいから手つなごっか?」

「う、うん。ありがとう、レイちゃん」


 レイちゃんの言葉に、白瀬さんは素直に頷くと彼女の手を取った。その様子に、レイちゃんは満足そうに笑みを浮かべると、僕に意地の悪い笑顔を向ける。


「ふふ、ユリちゃんは本当に素直でかわいいな~。ユウくんはマセちゃって、私と手を繋ぐの嫌がるんだもの」

「べ、別に嫌っていう訳では……」


 僕がごにょごにょと言い訳をすると、レイちゃんは満足したのかパッと無邪気な笑みを浮かべる。


「あはっ、冗談冗談。ユリちゃんは男の子と手を繋ぐのは抵抗あるだろうし、流石に3人で手を繋ぐのは歩きづらいから仕方ないよね」


 そんな僕達の様子を見て、フユキくんが少し考えるように顎に指を当てる。


「まあ、確かにこの人混みではぐれたら厄介だな。スマホも電波状況あんま良くないし、一応緊急時の集合場所決めとくか」


 そんな風に雑談やら、お互いの夏休み課題の進行状況等を話しながら、僕達は夏祭りを堪能するのだった。



 ***



 当たりが付いていないと評判の紐付きクジやら、金魚すくいやら射的やらを堪能しつつ、一時間程度の時間をかけて僕達は、祭りで賑わう通りを歩き回った。


「――さてと、歩き回って腹もこなれてきたし、そろそろ飯でも買うか?」

「さんせーい。ちょうど休憩所もそこだし、席取ろっか」


 フユキくんの言葉にレイちゃんが賛同し、僕達はパイプテントに椅子とテーブルが並ぶ休憩所へと向かう。

 運良く4人分のスペースを確保出来た僕達は一息吐くと、レイちゃんが道中にスマホで撮っていた飲食系の屋台の写真を表示する。


「何食べよっか? やっぱり、たこ焼きと焼きそばは外せないよねー」

フユキはケバブの屋台も気になるなー」

「レイちゃん、さっきそこでタピオカのお店も見かけたよ」

「えっ、ほんと!?」


 わいわい騒ぎながら、予算と相談しつつ買い出しのメニューを決めていく。


「ま、こんなところか? それじゃあ、フユキとユウキで買い出し行ってくるから、女子はここで席を取っておいて――」

「ちょい待ちフユキくん。買い出しは私とユウくんで行くから、フユキくんはユリちゃんとここで待ってて」


 レイちゃんの言葉に、僕達はキョトンとした顔をすると、レイちゃんは人選の理由を説明する。


「女子二人でボーっとしてて、変な人に声かけられたら面倒でしょ? ユリちゃんも歩き回って、ちょっと疲れてるみたいだし、フユキくんはここでナイトをやってて欲しいな」

「ん、まあ別にいいけどよ……」

「うん、お願いね? それじゃ、行こっかユウくん」

「え、ああ、うん」


 そう言うと、立ち上がったレイちゃんが僕の手を取って、そのまま人混みの中を歩き出した。

 ――ほんの少しだけ、その動きに妙な強引さを感じた僕だったが、楽しそうに笑うレイちゃんの顔に、小さな違和感はすぐに溶けて消えていった。




「…………」

「来島くん?」

「――ん、ああ、わり。少しボーっとしてた。どうした白瀬?」

「え、えっと、何って訳じゃないんだけど、ちょっと怖い顔してたから、気になって……」

「うん? 俺、そんな顔してたか? わり、別に機嫌が悪いとかじゃないんだが――」




 背後で、フユキくんと白瀬さんが何か話していたが、会話の内容は活気と喧騒に掻き消されて、僕の耳に届くことは無かった。





 ――――――ニチャッ


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